水銀の夢
junk16 c
黒い女はかく語りき
時計の音が鼓膜に響く。
秒針が揺れる音、長針が触れる音、短針が時を刻む音。無限と思える時の中、煩わしい音に意識が徐々に覚醒し、瞼を上げる。
「やぁ、やっと目を覚ましたかね。随分と深く眠っていたようだが、気持ち良く眠っていた故に、声を掛けるのも戸惑ってしまった」
小瓶に入っている水銀を眺めた女は、腰まで届く黒髪を掻き上げ、視線を俺に寄越す。
「夢を見ていると思ってくれても構わん。少々私の暇つぶしに付き合ってくれたまえよ。なに、退屈はさせん」
俺は腕を組み、何時の間にか座っていた椅子に腰を深く座り直す。
夢、そうか、俺は夢を見ているのか。夢ならばこんな不可思議な状況にも納得出来る。無意識に突っ込んでいたジャケットの懐から手を抜き、女を見据える。
「そう警戒しなくともよい。人を信用しない男だな、君は」
下らない話は止せ。
「下らないかどうかは君が判断するべき事であり、私の私見は不要と断じる。雨に濡れる犬のような瞳にして孤狼の如き心を持つ君よ、我等に名は不要。夢の中での関係故、共に夢を見ようではないか」
此処が夢なら、夢の中で夢を見るだと? 可笑しな事を言う女だが、夢であれば多少不可思議な出来事でも許容しよう。
「初めの話、それはアイデンティティの話だ。女と男、銃と弾丸、過去の因縁と現在の傷。君、水銀を通し、夢を見給えよ」
水銀が満たされた小瓶が俺の手元に投げ渡され、白い壁に向けて液体状の金属を見る。
「水銀の夢を、良き夢を。狼よ」
そうして、俺の意識は水銀に吸い込まれるように、落ちていった。
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