第7話 高校での事件

 その生活が二か月ほど続いた頃、事件は起きた。

 夏休みのこの日、部長からメッセージが届いた。


『いつもより一時間早く部活に来てくれない?』


 私は理由もわからないが、言われるがまま部室に行った。部室には現部長、現副部長、次期部長、次期副部長の計四人がいた。真っ直ぐ射抜く四つの視線で、何か物々しい雰囲気を感じ取った。

 次期部長に座るように促され、私は四人に囲まれる形で座った。そして次期部長は自分のスマホを眺めながら、ぶっきらぼうに告げるのだった。


「○○(先輩の名前)が部活辞めたいって言いだしたの。あなたのせいで」


 私は耳を疑った。固まる私をよそに次期部長が淡々と説明を始める。

 自由な時間を奪われ、自分の勉強や部活の練習がまともにできないと言ってきた、と。私と過ごすのが苦痛で、べたべたされるのが嫌で仕方なかった、と。このまま私といるくらいなら部活を辞めたい、と。


「どう思う?」


 泣きそうになりながら、いろいろな思いを心に閉じ込め、私は俯くしかなかった。何か言いたいけれど、何も言えなかった。

 だんまりの私がその場にいても話にならないと、顧問の先生を呼ばれて二人で個室で話すことに。


「普通、勉強や部活の練習は一人でやるものでしょ? 先輩後輩の仲にしては近すぎるよ、友達じゃないんだし」


 みーちゃんの言葉に従っていればよかった。みーちゃんは正しかった。あの時もう少し距離をとれていればこんなことにはならなかった。私は先輩と距離が近すぎたのだ。

 もちろん言いたいことはたくさんあった。勉強も部活の練習も「教えてあげる」と最初に言ったのは先輩の方だったから。


 だが事実、私は一人の人間を傷つけた。


 その事実を理解した時、私は人と接することがとてつもなく怖くなってしまった。


 しばらく部活を休んだ。すると今度は母親が私の様子に違和感を覚える。


「あんた、部活は?」

「あー、今は休止期間なんだ」


 適当に嘘をついて誤魔化した。言えなかったのだ。親に心配かけたくなかったというのも一つの理由だろう。でも一番は自分の完璧主義が壊れてしまうような気がして、怖かったのだ。

 だがそんな嘘が長く続くはずもなく、すぐに母親が話を持ちかけてきた。


「なんかあったの?」


 また誤魔化そうとすると、今度はみーちゃんが私の背中を押す。


『もう、一人じゃ抱えられないでしょ。話して楽になって』


 私は一つ一つ説明をした。距離感を間違えてしまったこと。先輩を傷つけてしまったこと。


 ああ嫌だ。こんな自分をさらけ出したくない。泣きながら、本当の想いを伝える。


「もし同級生にも不快な思いをさせていたらどうしよう。みんな我慢して、最終的には拒絶されちゃうんだ。それが……怖いんだ」


 母親は「そっか、一人でつらかったね」と優しく言葉をかけた。

 人と接することに恐怖心を感じてしまった私は夏休みが終わっても学校に行くことができず、そのまま退学した。


 家でずっと泣いていた。今まで傷つけられたことは何度もあった。でもそれ以上に人を傷つけてしまった苦しみの方が強かった。何倍も何倍も、つらかった。

 静かに泣いている私にみーちゃんはずっと寄り添っていた。余計な口出しをして私を傷つけるのが怖かったのだろうか。


『大丈夫、大丈夫だよ』


 ただその言葉だけをかけていた。


 そしてお母さんの勧めで病院にかかり、検査をうけ約半年後。



 ――自閉スペクトラム症(ASD)と診断された

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