第5話 好き、嫌い

 努力をやめれば当然成績は下がる。勉強もしているフリだけをして、あとはなんとなく過ごした。


「最近がむしゃらに勉強しなくなったね。どうしたの?」


 友達にそう言われても、私は作り笑いでごまかす。


「だって勉強なんか楽しくないじゃん」


 嘘。途端に心がちくりと痛む。

 そのころからまたみーちゃんが戻ってきた。今までほど口を出すことはなかったけれど、たまに会話をするようになった。


『もう三年生だよ、勉強は……?』

(ゲームしてる方が楽しい)


 嘘。

 だんだんと麻痺していき、心の痛みすらも感じなくなった。


 受験勉強をロクにしていなかった私は志望していた高校こそ入れたものの、クラス分けテストでひどい結果に。母親から何度も叱責されたが、私は涼しい顔でいた。


『悔しく……ないの? 勉強したらもっと良いクラスに行けたのに……』


 みーちゃんの声に私はへらっと笑う。


「あのね、みーちゃん。どうせ勉強したって結果は変わらないの。悔しさってのは、自分の実力を過信していた時にしか感じないの。そもそも……」


 部屋でたった一人で言葉を紡いでいく。次第に饒舌になっていく自分が嫌で仕方なかった。


「そもそも、良いところに行ってどうするの? 良い大学行って、どうせやりたいことも……」


 自分が嫌で仕方なかった。


「できることもないんだし――」

『嘘つき!!』


 みーちゃんの叫びで思わず閉口した。

 目の前に、自分と同じくらいの背丈の影が揺れていた。時折、ぽたぽたと雫のようなものがこぼれていて、涙だと直感で感じ取った。


『ほんとは悔しいくせに! 自分の気持ちに蓋をして、見ないフリして! そんなんじゃ、こやりの心がかわいそうだよ!』


 一歩ずつ近づいてくる影。そして私の胸に寄りかかる。まるで子どもが泣いているように肩が大きく上下していた。


『叫びたい心が、あるんでしょ?』


 影がふっと消え、私の体に溶けていく。その瞬間、私の瞳が潤んだ。胸が苦しくなり、吐き気も感じた。まるで窓を開けた部屋にたくさんの風が入ってくるかのように、何もなかった空っぽの心にいろんな感情が一気に入り込む。そうして私はようやく気持ちを吐き出せた。


「勉強を……嫌いになんか、なりたくなかった……!」


 ずっと抱いていた気持ちだった。好きなものを嫌いになる時の苦しみ、一度嫌いになってしまったものをまた好きになることがどれほど難しいことなのか。

 齢十五で私は好き嫌いに対する辛さを味わった。

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