第7話 お見合い練習?本番?(ヴィクター編【後編】)
控室に運び込まれたシアは、メアリ妃殿下の手で元のアルフの恰好に戻ることになった。アルフの姿に戻る間にシアはレオノーラ王妹殿下から何があったのか事情聴取された。
故意でないとは言え、令嬢にとんでもない恥をかかせたヴィクターはひとまず控室の外で待たせることにした。彼は誇り高き白銀の騎士団の団員であるから、逃げ出すようなことはしない。
シアの事情聴取を終えたレオノーラ王妹殿下が通信用魔導具でトムを呼び出した。彼は老人とは思えぬ速さで駆け付け、王妹殿下から、ことの次第を聞いた。そして、シアの身に何が起きたか理解したトムは一瞬のうちにどす黒いオーラに包まれた。
「お嬢様、申し訳ありません。このトムが近くにいながらこのようなことに…せめてこの男と刺し違えてでも…」
トムはよく手入れした剪定鋏をヴィクターによく見えるように持ち直す。トムの恐ろしい姿を見たヴィクターは青ざめる。騎士として精神的にも肉体的にも鍛えているはずであるが、トムの濃縮された殺気に圧されてしまった。
「ま、待ちなさい!それだけはなりません」
レオノーラ王妹殿下がぴしゃりと言い放つ。だが、内心はトムの殺気に震えが止まらないが必死に悟られないように振舞った。
「勝手なことをしてはダメ!ライオネル王太子たちと相談して処罰を決めるのよ」
控室の扉を挟んで反対側からただならぬ気配を感じたメアリ妃殿下が駆け付けた。
「左様でございますか」
王族二人に反対されてしまっては、ただの庭師であるトムにはどうしようもない。どうやってこの男を殺してやろうかと考えを巡らせていたが、諦めることにする。トムはどす黒いオーラを抑え込み、この後の処罰のためにヴィクターの身柄を拘束するだけにとどめた。
トムの手でヴィクターは厳重に縄で縛られ、外側からしか開けられない部屋に押し込まれた。トムに連行されたヴィクターの様子はまるで罪人のようであった。
事情聴取を終えたシアは、従騎士であるコリンの迎えを待って帰ることとなった。
いつもは泰然自若とした雰囲気のレオノーラ王妹殿下が慌ただしく部屋を行き来し、通信用魔導具で何度も連絡を飛ばしている姿が見える。
「メアリ妃殿下、私、とんでもないことをしてしまったのでは」
「あなたは何も心配いらないわ」
メアリ妃殿下は、微笑んでいるが有無を言わさない圧力を感じさせた。
「……でも、兄様の見合い練習を中止させてしまいましたし」
その圧力に押されて、シアは喋りながらも顔がうつむきがちになる。
「シアの要望は最大限尊重することになっているから、大丈夫よ」
ヴィクターへの処断は、『白銀の乙女の幸せを願う会』が判断することになるが、シアの意見が尊重される。
シア自身は、そんな団体があることは知らないので、レティシア王女との見合いは王家にとって重要な案件であるから、その練習で起きた事故についても国王か、それに近い権力を持つ者の判断が必要になるのかもしれないと思う程度である。
シアの意見としては、単なる事故であり、自分に大いに非があるため、何事もなかったようにして欲しい、ヴィクターとの関係はできることならば今まで通りでいたい、ということだった。
事情聴取の間、シアは「ヴィクター兄様に貧相なものを見せて申し訳ない」とか、「万が一、多分、絶対ないと思いますが、もしヴィクター兄様が責任を取って私と結婚するなんて言わないようにしてほしい」とか、「兄様の練習の機会を台無しにしてごめんなさい」とか、「粗相をしてしまったので、来週の見合い練習を辞退したい」とか、「自分は見合いの練習相手としてふさわしくない」とか何度も言っていたが、メアリ妃殿下はさらりと聞き流した。
メアリ妃殿下としても今日の出来事でシアの心が傷ついて見合いを続けられる気力が湧かないということであれば、しばらく中止するか、他の方法を考えるべきであるが、シアが大きく傷ついた様子はない。
「確定じゃないけど、来週も見合い練習はあると思うわよ」
「そうですか。…これでお役御免になれるかと思ったのですが」
残念ながら、その要望だけは叶えることはできない。この見合いはシアのためのものだからだ。
「申し訳ないないけど、それだけはこちらとしても大変困るのよねぇ。あら、迎えが来たようね」
控室の扉をノックする音が聞こえた。その音は、遠慮がちな、ためらいがちな、まばらな音だった。
メアリ妃殿下がすぐに扉を開ける。やはりノックをしたのはコリンであった。
メアリ妃殿下の姿を見るやいなや、コリンはペコペコと頭を下げる。
彼自身、亡国の王族であるからここまでへつらう必要はないが、生まれてからずっと庭師の息子として生きてきたせいか王侯貴族を敬う癖がついてしまっている。
「アルフ様、お疲れ様でした。予定より随分と早かったですね」
「そうなんだよ、ちょっとした事故があってね」
シアは、アルフの姿に戻ったせいか、アルフの口調で返事をした。
「それは大変でしたね。お怪我はされませんでしたか?」
「それは大丈夫なんだが、ヴィクター兄様に僕の一糸まとわぬ姿をうっかり晒してしまってね。誤解のないように言っておくけど全身を晒してしまったわけではないよ」
シアとしては、敢えて明るい口調で大したことない雰囲気を出したつもりだった。
しかし、彼女の言葉を受けてコリンからどす黒いオーラが溢れ出てきた。コリンが何かぶつぶつと呟いていたが、シアがはっきり聞き取れたのは「あの女殺し」、「お色気2世」、「ぶっ殺してやる」の3つだった。
「オラ、ちょっと用事ができましたのでお嬢は少し待っていていただけますか?」
コリンの瞳が真っ赤に変化する。いつもであれば、目を閉じて誰にも見られないようにするが、今回は隠す気がないようだ。
「ちょっと待ってくれよ。コリンは何もしなくていいんだよ」
シアは嫌な予感がして、コリンを押し止める。
「大変失礼しました。お嬢に迷惑を掛けてはいけないですね」
そう言いながら、コリンの目は赤いままだ。それに、どす黒いオーラはどんどん濃くなっている。
「…コリン?」
「お嬢、今すぐオラを解任してください」
コリンはシアの従騎士としての地位を捨てて、シアに災いが降りかからないようにしようとしている。今、この場で解任したら、すぐにでもヴィクターのところに行きそうな勢いだ。
「待って、待って!王族預かりの案件になったみたいだから、コリンは動いちゃ駄目だよ!」
シアはさらに嫌な予感がしたため、コリンの両手首をそっと掴む。
「お嬢??」
「いいから聞いてくれ!ヴィクター兄様もコリンも大切なんだ。だから、二人の間に何かあったら僕は生きていけない」
シアはコリンの赤い瞳をじっと見つめる。シアに見つめられてコリンの殺気を帯びた表情はだんだん和らぎ、どす黒いオーラも消えていく。
「分かりました。お嬢の言う通りにします」
コリンは小さくため息をついた。
「良かった!僕なんかのために馬鹿なことをしちゃ駄目だ」
シアはコリンをぎゅっと抱きしめた。まるで、幼子をあやすかのように。
「お、、、、、、、お嬢ぅぅぅ……」
シアのたった一人の従騎士は情けない声を上げた後、頭から湯気を出し、その場に崩れ落ちた。
外から開錠する音が聞こえる。扉が開けられて、燃えるような真っ赤な髪をした男が入ってきた。『白銀の乙女の幸せを願う会』の代表者であるライオネル王太子だ。
「やぁ、ヴィクター。君は自分が何をしたか分かっているな」
王太子は完璧すぎて、もはや畏怖すら感じさせる笑顔をヴィクターに見せつける。
ヴィクターは、トムの手により何重にも縄で縛られた情けない姿で応対する。父親同様、数多の令嬢、貴婦人を虜にする美男子が形無しである。
「はい。申し訳ありませんでした。私のことはどのようになさっても構いません」
ヴィクターは、シアの婚約者候補から外されることは当然のこととして、騎士の資格や貴族の資格もはく奪されることも覚悟している。事故であったとは言え、自分がしでかしたことは貴族令嬢を辱める行為だ。それに、あのドレスはマクシミリアン王子が隠し持っていたデザインを取り上げてヴィクター自身が選んだものだ。自分で引き起こした事故と言っても過言ではない。
「君の処分について『白銀の乙女の幸せを願う会』で話し合ったのだが、意見がいろいろ対立した。それで結局どうしたかというと、やっぱりみんなの頭にあるのはシアの幸せなんだ」
ライオネル王太子は、ヴィクターから視線を外して遠くを眺めた。しばらくの間、静寂な空気が流れる。
『白銀の乙女の幸せを願う会』のメンバーで、ヴィクターの処罰をどうするかは紛糾した。
ヴィクターの行為は、1つ目の禁止行為の『アレクシア嬢の身体的自由を奪うこと』に当たる。また、3つ目の禁止行為の『アレクシア嬢の同意なく性的な接触を行うこと』に直接該当しないが、シアのドレスを半分脱がせることになってしまったため、同意のない性的な行為であり、精神的な損害を与えていることは間違いない。
ただし、ヴィクターの行為は、慣れないハイヒールで転びそうになったシアを救うためにしたこと、シア自身が不用意に暴れたためにドレスを留めていた首の後ろの金具が外れてしまい、裸体を晒してしまったという問題がある。
一番過激な意見を言っていたのはトムだ。
婚約者候補から除外するだけでは生ぬるい、あの色男をこの老いぼれの手で抹殺させてほしい、それが叶わぬのなら、あの男の局部を切り取るか、自慢の顔に傷を入れさせてほしいと意見を曲げなかった。
次に厳しい意見を言ったのは、ヴィクターの兄デリックだ。
トムと同じく、婚約者候補から外すだけで済む問題ではない。弟の行為は決して許されることではない。騎士と貴族の資格をはく奪して辺境の魔獣頻発地域に一兵士として放逐すべきだと強く主張した。
レオノーラ王妹殿下は、ヴィクターを婚約者候補から除外するのは当然として、男娼館に放りこめと冷たく言い放つ。
メアリ妃殿下は、この中でシアの事故前後の様子を身近に見てきたために、どうすべきか判断に迷っていた。
厳罰は止む無しという空気が流れる中、流れを変える一言を放つ者がいた。
――みんな過激なことを言ってるけど、この処分でシア姉ちゃんは喜ぶかなぁ――
末弟のザカリーの言葉に全員がはっとした。シアを大事に思うが故に、ここにいるほぼ全員が興奮して我を忘れていた。
我々は『白銀の乙女の幸せを願う会』であった。
わざとシアを裸にしたのであれば、候補から除外し、相応の処罰を下すべきである。だが、シアを助ける際に起きた事故であり、その後の対応も適切であった。何より、シア本人が処罰を望んでいない。婚約者候補から彼を除外した場合、シアの選択肢を狭めることになりはしないかと思い至った。
彼らは、妥当な処罰は何かを冷静に検討することになった。
「それで君の処罰なんだけど、一週間の謹慎だ。謹慎というと白銀の騎士団の評判に影響が出るから表向きは私の仕事の手伝いだ」
謹慎?それもたった一週間?身分のはく奪は?さすがに、シアの婚約者候補からは外されていると思うが。ヴィクターは目を瞬いた。
「あの、他には…?」
「それだけだ」
王太子のあっさりとした物言いに、ヴィクターは何も言えない。
「え………」
「身分については今まで通りだ。シアに感謝するんだな。何事もなかったことにして欲しいと彼女が言ったんだ。」
被害者であるシアが?昔から優しい女の子であることは分かっていたが、好きでもない男に裸を見られて、何事もなかったことして良いのか。
「シアに感謝します。でも、婚約者候補から外れてしまいましたし、もう彼女に関わらない方が」
「ああ、それなんだが、シアの婚約者候補について、今回は特例として君を外さないことにした。ただし、見合いは終了したことにする。せっかくの機会を失ったことになるから、君にとってこれは大きな痛手だ」
シアの婚約者候補から外れるものと思っていたのだから、この措置は優しい。あまりにも優し過ぎる。本当にシアは何事もなかったことにするつもりだ。
「ヴィクター、安心するのはまだ早い。私の仕事の手伝いは謹慎に相当するよ。ほぼ寝る時間はないと思ってくれ。いやぁ、ちょうど良かった。人手が足りなくて困っていたところだったんだ。いくらでもこき使える」
王太子は不敵に笑う。ヴィクターはこれから起こるであろう、災難に思いをはせて天を仰いだ。
翌朝、シアはメアリ妃殿下の私室に呼び出された。部屋の中にいたのは、メアリ妃殿下とライオネル王太子とヴィクターだった。
「シア、本当にすまなかった!!」
部屋の扉が厳重に閉められたのを確認するや否や、ヴィクターはシアに謝罪する。
「ヴィクター兄様、そんなに謝らなくても」
シアはヴィクターの勢いに中てられて、後退りする。
「俺のしたことは最低なことだ!シアの心を傷つける行為だ。殴るなり、蹴るなり、シアの好きにしてくれ!」
「兄様、そこまで追い詰めなくても…。あれは事故ですし。むしろ、貧相なものを見せてごめんなさいというか…」
「……、そんなことはない!確かに大きくはないが、きれいな形の…あっ!」
ヴィクターは、手で口を押さえた。
彼の言葉を聞いて、シアはすーっと移動してメアリ妃殿下の後ろに隠れた。
「兄様ガ私ヲ女性ダト認識シテイルコトハ理解シマシタ」
シアはメアリ妃殿下の後ろから、ひょこっと顔を出す。シアから向けられた視線が若干冷たい。
「一応、謝罪も済んだことだし、ヴィクター、私の執務室に来てもらおう。私のために存分に働いてもらうからな」
「いえ、ちょっと待ってください、まだ…」
王太子は、有無を言わせぬ圧力を感じさせる笑顔を見せながら、ヴィクターの肩に腕を回す。
「今夜は、いや明日も明後日も寝かさないよ。覚悟しておくんだな」
王太子は、周囲に誤解を与えそうな発言をしながらヴィクターを引きずって部屋を出ていった。
そんな二人の姿を見たメアリ妃殿下は、ライオネル✕ヴィクターという薄い本でも書いたら売れるんじゃないかと頭の隅によぎったが、次の瞬間にさすがにその発想は不敬が過ぎるかと思い直し、記憶から消した。
後日、ヴィクターからシアに謝罪の品として魔石のついたブレスレットが送られた。このブレスレットは、見合いの最後にヴィクターが見合いに付き合ってくれたお礼としてシアに渡すつもりで用意したものだった。
まさかこのブレスレットが謝罪の品に変化することになるとは、工房で注文した時点では一つも想像していなかった。
せめて謝罪の場でシアに直接渡すつもりであったが、王太子によって連行され、その後も泊り込みで働かされ、城からほど近い白銀の騎士団の寮にすら移動する余裕すらなかったため、使いをやってシアに渡すことにした。
ブレスレットは、シアの瞳とよく似た深い青色の魔石を白銀で縁取り、その縁取りは植物の蔓をモチーフにしたもの、ベルト部分は丈夫な魔獣の革を使用し、焦げ茶色で染め上げられていた。革の色としては、よくある色ではあるがヴィクターの髪の色と大変よく似ていた。
「兄様、そこまで思いつめなくてもいいのに」
シアは、ブレスレットを手に取った。材料が明らかに高いのは間違いない。また、この装飾も相当手が込んでいる。シア自身、王族の教育係を務めた父から教育を受けているため、宝石や魔石、装飾品に関しても決して無知ではない。
「あのお色気2世、転んでもただでは起きないですね」
コリンは、ブレスレットの値段についてはよくわからないが、色の組み合わせに怪訝な表情を浮かべた。
シアの瞳の色の魔石と髪の色のフレームを贈り主の髪の色のベルトで包むということは、ヴィクターがシアを包み込むという意思表明だとコリンは解釈した。
「コリン、そう言ってやるなよ。兄様だって反省しているんだから。おぉ!これは魔力増幅効果のある魔石だね。魔石から強力な魔力を感じるから、効果も高そうだ。それに、このベルトも耐久性に優れていて実用的だ」
シアは、工房の説明書を読んでブレスレットの効能に声を弾ませる。
シアは贈り主の意図に全く気がついていないようだが、鼻歌を歌いながらブレスレットをつけたり外したりしているため、まんざらでもない様子であった。
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