第3話 白銀の乙女の幸せを願う会
「さて、候補者の諸君。諸君らはアレクシア嬢に異性として意識されていない」
国王陛下に言われるまでもなく、大昔から分かっている。分かりきっていることではあるが、面と向かって現実を突きつけられると辛いものがある。
「諸君らがするべきことはただ一つ!アレクシア嬢を全力で口説くことだ!」
そんなことができたら、とっくにしている。
「其方らはシア嬢を奪い合う競争相手だ!勝負は今から始まっている!言っておくが来月行う見合いは、第1段階に過ぎない。その後にもいくつか場を用意している。そして、半年後にプロポーズを行い、シア嬢に誰と結婚したいか決めてもらうことになる」
シアにプロポーズ??
友人か、良くても仲の良い兄弟にしか見られてない自分たちがそんなことをしても、シアが選んでくれるのだろうか。
「色恋に関心がないシア嬢の心を掴むことは並大抵のことではない。だが、其方らには頑張ってもらいたい!国王としてではなく、私個人として、シア嬢に恋をする喜びと幸せを知ってもらいたいのだ!」
国王陛下の言うことはもっともだ。有り余る美貌も才能も持ち合わせているはずなのに、家のために犠牲となって自由を失い、自己を殺し、家のために消えていくと決めているシア。
誰よりも幸せになるべきは彼女である。
その彼女に隣にいるのはできれば自分であってほしいと4人の若者は思い描いた。
「私の言いたいことは以上だが、グレアム、何か言いたいことはあるか?」
国王陛下がグレアムに顔を向けると、グレアムが何かを言いかけ言葉に詰まっていた。
「どうした?言いたいことがあるなら言え」
「アレクシアの親として、こんなにありがたいことはありません。おそらく、そんなことはないと思うが…。これを言っても良いものか。一人の父親としては…一つ心配が…。勝負に焦って娘の意に反して淫らな…特に手籠めにするような…」
「滅相もありませんっ!」
4人の若者は一斉に首を高速で左右に振った。
そんな恐ろしいこと誰ができるかっ。
『竜殺しのアルフ』と言われるシアを手籠めにできるはずもない。そんなことをしたら逆に殺されるのはこちらの方だ。
「ふむ。では、この後の説明は彼らに委ねることとしよう」
国王陛下はバサリとマントを翻して会議室を去った。
国王陛下と入れ替わりに、4人の人間が入ってきた。
一人目は、この国の次期国王、ライオネル・フレドリック・ヴィオンフォード、燃えるような赤い髪と弟と同じ青緑色の瞳の青年だ。来年の25歳の誕生日に王位継承を予定している。もちろん、シアのことは幼少期からずっと知っており、シアがアルフの代わりとして生きていくことを聞かされたとき、シアの置かれた環境を嘆いた。
二人目は、国王の妹、レオノーラ・マーゴット・ヴィオンフォード、一度は同盟国の国王と婚姻したものの、その数年後に夫が急死し、夫との間に子がなく、婚家との折り合いが悪かったことから王室に戻ってきた。シアのことは、彼女が幼いころからずっと可愛がっていた。
三人目と四人目は、バロウズ伯爵家の長男デリックと四男のザカリーだ。デリックは、シアのことは可愛い妹分として愛でており、ザカリーは姉のような存在として敬愛している。この二人としては、ヴィクターとトーマスのどちらかがシアと結婚してシアが本当の家族になってほしいと昔から思っていた。
「さきほど、メアリ妃からアレクシア嬢がレティシア王女の役として見合いをすると返事があった。見合い日程や今後のことについて、『白銀の乙女の幸せを願う会』の会長である私から説明しよう」
ライオネル王太子は完璧な王太子然とした笑顔で周囲の面々に顔を向ける。
顔の造作としては、弟のマクシミリアン王子の方が整っているが、ライオネル王太子は表情の作り方が非常に上手い。だからこそ、魅力的な王太子という印象を与えている。
「兄上?その団体名はなんでしょうか?」
「白銀の乙女とはアレクシア嬢のことに決まっているだろう。私達は、アレクシア嬢の幸せを願っているからこの名称に決めた」
弟の質問に、王太子は堂々と答える。
『白銀の乙女の幸せを願う会』、ひねりが聞いているような安直なような微妙な団体名である。
「多忙な父上の代わりに、私がアレクシア嬢の伴侶選びの件を任された。私では、公平性に少々欠けるということで、あえて候補者の身内を会員に引き入れた。ここにはいないが、コリンの身内も会員に入っている」
王太子だけでは弟王子に肩入れしていると邪推される。男性だけでは、問題が起きたときにどうしても男性目線で判断してしまう。
そこで、候補者の身内を会員に入れ、それぞれの陣営の均衡を保ち、女性も引き入れて男性本位の競争にならないように牽制している。
「父上もおっしゃっていたと思うが、君たちは、今日からアレクシア嬢の伴侶の座を奪い合う立場にある。ただし、グレアムが心配するようにアレクシア嬢の嫌がるようなことをしてはいけない。そうは言っても、勝負には多少の強引さも必要だ。そこで、一定のルールを設けることにした。一つ、アレクシア嬢の身体的自由を奪うこと、二つ、アレクシア嬢の正体を周囲に明かしてしまうこと、三つ、アレクシア嬢の同意なく性的な接触を行うこと、この三つの行為をしたものは候補から強制的に外れてもらう」
王太子からの説明に一定の理解をするが、実際にどこまでが禁止行為なのか考えどころだ。
「もちろん、これ以外にもアレクシア嬢が苦情を申し述べた場合は、失格になりますのでご注意くださいませ。私とメアリ様がアレクシア嬢の苦情窓口になっております」
レオノーラは、すっと王太子の前に出て澄んだ声で補足する。
「どこまでが大丈夫なのか、不安に思うかもしれないが、基本的には今までどおりの付き合いだ。少しずつ、シアとの関係性を発展させればいい。言っておくが、騎士の三人はシアと訓練をすることがあるが、訓練の範囲内ならシアの身体的自由を奪っても禁止行為に当たらないからな」
デリックの説明に、騎士の三人はほっと胸を撫でおろす。
「それじゃあ、シア姉ちゃんのお見合いをする順番をくじで決めまーす!」
ザカリーが元気良く箱を候補者の前に差し出した。どんなときでも明るいバロウズ伯爵家の末っ子だ。
見合いの日程は来月の第1週の日曜日の午前・午後とその次の週の日曜日の午前・午後だ。
候補者4人はそれぞれくじを引いた。
「一番か。運がいいのか、悪いのか」
王子がくじの紙をひらひらとさせる。
バロウズ伯爵家の兄弟は、静かにくじに目を落とした。
「お、オラ最後?みんなと話が終わった後だから、お嬢も疲れているかも」
見合いの順番は以下の通りとなった。
1 マクシミリアン王子
2 ヴィクター
3 トーマス
4 コリン
「場所は、私の屋敷で行います。天気が良ければ庭園の東屋、天気が悪ければ温室で」
国王陛下から与えられた、王都のはずれにあるレオノーラの屋敷だ。ここなら人の出入りもなく静かなところだ。
「言っておくが、見合いの間、トムが庭園か温室でそれとなく目を光らせているから気をつけるように」
グレアムは、どういう意味はわかるだろう?と候補者に目配せをする。
そんなグレアムの顔を見た候補者の面々は一斉に顔を曇らせた。
トムは、スプリングフィールド家の庭師でコリンの祖父である。
昔、近所の悪ガキがシアにちょっかいを出したら、トムが一瞬のうちに悪ガキが縄で縛りあげた現場をコリンは見たことがある。
悪ガキはそのままグレアムに突き出され、グレアムの魔法で記憶を消された。しかし、別の日に悪ガキがトムの姿を見かけると、悪ガキの体が震えていた。どうやら記憶は消えても体に染みついた恐怖心までは消えなかったようである。
この事件、コリンは直接目撃し、他の候補者たちはシアからこの話を聞かされている。
見合いの日に、うっかりシアに下手なことをしたらトムから剪定用はさみでも打ち込まれかねない。しかし、シアに異性として意識してもらえるように努力をしなければならない。『白銀の乙女の幸せを考える会』は、自分たちに何をさせたいのかと候補者の面々は毒づきたくなる。
「トムは仕事柄気配を消すのが上手い。見合いの間、トムが気になるということはないから安心しろ」
トムの雇い主のグレアムは事も無げに言うが、ただの庭師が気配を消せるわけがない。トムは庭師をしている傍ら、諜報活動をしていたからできる芸当だ。
コリンは幼いころに祖父の過去を耳にし、興味本位で「じーちゃんはコロシ?をやったことはあるの?」と聞いたことがあるが、トムが「殺しをするのは三流の仕事だ」とボソリと答えたのを覚えている。その当時は、よく分からなかったがコリンは従騎士になって、その意味が少し分かった気がする。
証拠隠滅のために死体を作ると、むしろ、死体から自分の痕跡を辿られてしまうおそれがある。また、知らない土地で死体を隠すには、必要以上に労力がいる。最もいいのは、するりと街に溶け込んで、人々の意識からいつの間にか消えてしまうことである。そういった意味で諜報活動している者が殺しするのは三流の仕事なのだ。
「あの庭師のお爺さん、トムとおっしゃるのね。とてもいい腕ね。うちで雇いたいわ」
「レオノーラ様、スプリングフィールド家が存続している限りは、手放せませんな」
「あら、意地がわるい」
レオノーラとグレアムが不敵に笑いながら、互いに腹の探り合いをしている。レオノーラが『白銀の乙女の幸せを願う会』に名を連ねている以上、スプリングフィールド家を消滅させるのは、自身の行動原理が矛盾することになる。
「今日のところはこれで解散とするが、もう戦いは始まっている。決して気を抜くなよ」
王太子は、非の打ち所がない笑顔から、すごみのある顔に変化した。
「これからどうすればいいんだ?」
会議室を出たヴィクターはポツリと呟く。別に誰かに答えてもらいたかったわけではないが、言葉にしたくなった。
「とりあえず、いつも通りに仕事をすればいいんじゃないですかね?ね?」
コリンが背中を丸めながら他の候補者たちの顔を順番に伺う。
「そうですね。私は騎士団の仕事も当然ですが、もう一つの仕事も続けさせていただきます」
トーマスはいつも通りの固い表情でコリンを見る。
「意外だな。お前のことだから、そっちの仕事はやめるかと思った」
ヴィクターは少し眉を上げた。
トーマスが言う、もう一つの仕事とはシア親衛隊のことだ。真面目な弟なら、シアを守るべき人間がシアを口説く立場になったから親衛隊をやめると思った。
「ヴィクター兄、仕事は仕事として割り切ります。あの人を守る人間を減らすべきではありません」
「それもそうか。俺もやめないことにする」
今後、ドレスを纏ったシアを見る者が増えるかもしれない。そうなると、アルフの正体を知られてしまう危険性がさらに上がる。シアの見合い相手になったからと言って、ここにいるシア親衛隊三人が抜けるのは得策ではない。
「ふむ。お前たちが言っている仕事とはなんだ?」
「王子殿下には秘密です」
トーマスはきっぱりと言い放つ。トーマスの横でコリンはすまなさそうな顔をする。
「ぐぬううう!」
王子は歯をむき出しにして唸った。
「王子殿下、ヴィクター兄様、トーマス、コリン、お疲れ様」
4人の若者の前に、シアが待ち構えていた。
「どうしてここに?」
「んー、さっき、メアリ妃殿下から、兄様たちが疲れているだろうから労ってくれと言われたんだ」
シアは自分たちのことについて本当に何も聞かされていないらしい。
「ちょっと厄介な任務を国王陛下から言い渡されてな」
「そっか、それは大変だね。それでどんな任務?」
「すなまい、アルフ。それは言えない。ごめんな」
ヴィクターはシアの後ろ頭をくしゃくしゃと撫でた。子供のころからたまにやっているので、このくらい大丈夫だろう。
「あはは、兄様。気にしないでくれていいよ。何だか随分疲れているみたいだね」
やはり、シアは特に気にしていないようだ。なら、もう少し畳みかけるか。
「そうなんだ、任務の内容を聞かされただけでも体力が奪われた」
ヴィクターは、シアの背後から腕を回し、肩を組むような形にした。この程度なら仲のいい男同士でもやらないことはない。本当は腰に手を回して抱き寄せたいがそこまでの勇気はない。
「何だか今日の兄様、大分参っているね」
シアは純粋にヴィクターを心配する。
大丈夫だ、まだシアは違和感を抱いていない。だが、それだけ自分を男として意識していないという証拠でもあるがとヴィクターは一抹の寂しさを感じた。
「き、貴様!ペタペタとくっつくでない!」
王子がヴィクターを無理矢理引きはがそうとした。王子だけならこの体勢を維持しようかと思ったが、どさくさ紛れにコリンとトーマスもヴィクターを引きはがしに来た。
「ん?王子殿下、どうかなさいましたか?さては、僕と兄様が本当の兄弟みたいに仲がいいから嫉妬しているのですかぁ?」
必死な表情の王子を相手にシアが挑発した。
「いや、そんなのではない!」
「素直じゃないですね、王子殿下。寂しいなら、僕の胸を貸してあげますよ」
「だ、誰が男の胸なんか!」
うっかり拒絶してしまった。こんなことを言わなければ昔みたいに優しく抱きしめてもらえたのに。王子は後悔で頭がいっぱいになる。
「ええい、もう。俺は帰る!」
顔を真っ赤にした王子は自室へと帰っていった。
「あー、王子殿下は最大の好機を逃しましたね」
「全くですね。しかし、私達も何も動けていません」
コリンとトーマスはこそこそと内緒話をする。
「そうだ、コリン、トーマス。昔みたいに手をつないで帰ろうよ」
「え、アルフ様。どうしたのですか?」
コリンは飛び上がるほど嬉しいが、それをおくびにも出さないようにする。
「いや、何か。僕もちょっと困った任務を言いつけられて。疲れているのかも」
「そうですか。たまには悪くありませんね」
トーマスは少しだけ勇気を出してシアの手をつなぐ。コリンも置いて行かれてはたまらないとばかりに、反対側の手を取った。
「当たり前だけど、二人とも昔より手が大きくなってる」
シアが屈託のない笑顔を向けた。
「それはそうだろう。何もかも、昔のままってわけにはいかない」
ヴィクターは目を細めて、今度は正面からシアの髪を撫でる。
ただの幼馴染で満足していたのになぁ。
自分を含めた、シアを取り巻く関係がこれから大きく変わってしまうのが、ヴィクターは怖かった。
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