はちゃめちゃなパートナー
ついに最初の課題、通称「パートナーミッション」の日がやって来た。
生徒たちは一週間前にどんな課題が出されるのかを知らされる。初回の課題は「サイクロプスの討伐」だという。
サイクロプスというのは一つ目の巨人で、普通は山奥や岩場などの人のいない場所に生息している怪物らしい。
生徒たちが戦うのは、サイクロプスを魔法で再現した存在だ。実体はあるが本物ではない。
それを聞いた幸斗が精巧な人形かロボットのようなものだろうか、と言っていたが、学生たちはほぼ本物と同じだと顔を蒼褪めさせていた。
ともあれ、その巨人を魔力のない人間と協力して討伐しなければならない。課題前の一週間は、通常パートナー同士で話し合って対策を練るのだが。
「結局、一度も相談しないまま当日になっちゃったよぉ……」
ディーとは、一度も話し合いをすることなく当日を迎えてしまった。
それによって困るのはディー本人ではないのか。そうは思うものの、自分も参加するのだから灯花だって気が気ではない。
「トモカは悪くないからさぁ、逃げちゃってもいいんだよぉ?」
「これに関してはアルに同意ですね。トモカ、辞退しても良いのですよ」
アルノルトやジャンはそう言ってくれたが、せっかくこの一週間、課題を乗り越えるために色々と教わってきたのだ。灯花は少しだけ意地になっていた。
「大丈夫です。だって、本当に危険な時は先生が助けてくれるんですよね? 弱点も教えてもらったし。ディーだって、いざとなったら何か言ってくれますよ! ……きっと」
自信はない。これは灯花の願望だった。
調べるのに協力をしてくれたお兄さんたちは揃って心配そうにしていたが、灯花はにっこりと笑ってみせる。
「それよりも! 皆さんのこと、応援していますね!」
「良い子だなぁ、灯花ちゃん。ありがとうね」
「灯花も、気を付けて」
幸斗と、普段は無口な瑞貴も灯花の頭を撫でてくれる。応援してくれる存在がいるのはとてもありがたい。
それののに、灯花はうっかり涙が出そうだった。
本当は、パートナーであるディーにその言葉をかけられたかったな、と。そう思って。
いよいよパートナーミッションが始まった。
学園にある大きな光の輪を潜り抜けた先にはとても広い闘技場があり、そこで課題が行われるようだ。
観客席も設置されており、生徒たちで埋め尽くされている。
スポーツ観戦でもするかのような盛り上がりを見せているのは、巨人が魔法で作られた存在であり、危険はあっても生徒たちの安全が約束されているからだろう。
灯花も、自分の番が来るまで観客席で様子を見させてもらった。
初めて見るサイクロプスという巨人は、思っていたよりずっと大きい。一つ目もギョロっとしているし、足踏みをするだけで地響きが観客席にまで伝わってくる。
もうこの時点で、灯花はとても怖かった。
それなのに、課題を成功させる者が大半だ。みんな怖くないのだろうかと不思議で仕方ない。
もちろん、失敗する者もチラホラ見受けられる。自分もその中の一人になりそうで、灯花は胃が痛んだ。
ちなみに、ジャンは幸斗の指示に従いながら武器を魔法で操って倒し、アルノルトは瑞貴に強力な身体強化の魔法をかけて瑞貴が撃破した。
二組とも見ていて不安になるところのない完璧な勝利で、灯花は大きな拍手を送った。
「お、いたいた。トモカ、そろそろ行こう」
「ディー! どこにいたの!?」
順番が近付くにつれて不安に襲われていた灯花の背後から、ディーがひょっこりと現れる。
ホッとしたような、怒りたいような。そんな複雑な気持ちのままに叫んだが、ディーは顔を真っ赤にして怒る灯花をひょいっと片腕で抱き上げた。
「わぁっ! 自分で歩けるよ! ああ、それよりも! ねぇ、課題はどうするの? 私たち、何にも相談してないっ」
「ん? 問題ないよ」
抱き上げられながらも文句を言う灯花だったが、ディーはどこ吹く風だ。その余裕は一体どこからくるのか。自分にも分けてほしいと灯花は切実に思う。
「トモカには、迷惑かけないからさ」
続けて、とても小さな声でディーが言った。あまりにも今さらな発言に、灯花は暫しぽかんとしてしまう。
むしろ迷惑しかかけられていないのだが、灯花はどういうわけか妙にその言葉が気になった。
闘技場は、観客席から見るとなんてことはなかったが、自分がその場に立つと驚くほど広く感じる。
そして、同じ場所に立つサイクロプスは、観客席で見た時の数百倍も迫力があって恐ろしい。
弱点が目だとか、そんなことは頭の中から抜け落ちてしまう。そういう問題ではない。絶対に勝てない。
灯花は、自分の身体がガタガタと震えていることに気付く。こんな状態では、危険を感じて逃げることだってままならないではないか。
そんな時、自分を片腕で抱き上げていたディーが反対の手でポンと背中を軽く叩くのを感じた。まるで、大丈夫だと励ましているかのように。心なしか、灯花を抱く腕にも力が込められた気がする。
『始め!』
これまでに何度も聞いた合図が、闘技場に響く。そこからは、本当にあっという間の出来事だった。
「はい、おーわりっ!」
グンッと身体が浮上する感覚がしたかと思ったら、足下の方でものすごい爆発音が聞こえ、煙が晴れた頃にはサイクロプスが倒れていたのだ。
恐らく、最短記録だろう。ディーは、灯花を抱えたまま一瞬で勝ってしまったのだ。
会場からはざわめきが起こった。良い方の声ではない。
教師たちからは「協力したとはいえない」「独りよがりな行動だ」などの批判的な声が上がっている。
けれど、ディーはそれを受けても余裕の笑みを崩さない。にんまりと笑いながら片手を大きく広げて声を上げた。
「あははっ! なんで? 協力したよ?」
その声は会場中に響く。恐らく、拡声の魔法か何かを使っているのだろう。
「トモカというパートナーがいたから、守らなきゃって力が沸いたんだ。ちゃんと協力してくれてる。でしょ?」
「適当なことを……っ!」
「どうして? 適当なことだなんて決めつけないでよ。俺の心は俺にしかわからない。俺はトモカがいたからサイクロプスを倒せた。これが全てさ」
その後も、ああ言えばこう言うディーの話術によって、今回の課題はギリギリでクリアとみなされた。
しかし教師はもちろん、見ていた学生たちからも疑惑の眼差しを向けられることとなる。
初めてのパートナーミッションは、後味の悪いなんとも言えない結果となったのだった。
「これで良かったの?」
その日は、珍しくディーが灯花を居住区に連れて行ってくれた。
少しだけ前を歩くディーに、灯花はいてもたってもいられずそんな風に声をかける。
「何が? 課題はクリアした。何の問題もないよ」
どうやらディーにとっては、周囲の反応など全く気にならないものらしい。
けれど、灯花は気になる。ディーのように鋼の心臓を持っているわけではないのだ。
「もう少し、協力している姿を見せた方が良かったんじゃないかなって。その、私には何も出来なかったかもしれないけど……」
気付けば、灯花の足は止まっていた。俯き、自分のつま先を見つめていると涙がこぼれてしまいそうだ。
しかし、その前に視界いっぱいにディーの顔がにゅっと現れたので、驚きにより涙は引っ込んでしまう。
「なんでさ。トモカ、怖かったろ? 一瞬で終わらせた方がいいに決まってるじゃん」
さらに続けられたその言葉に、灯花はハッと目を見開く。
課題の前に、ディーが言った言葉の意味がようやくわかったのだ。
灯花は小学生の女の子だ。あまりにも無力で弱い。
てっきり、ディーはそんな自分を役に立たないからと放置しているのだと思っていた。けれど違ったのだ。
ディーは、灯花を出来るだけ巻き込まないようにしてくれていた。
協力しなければならない課題なのに、本末転倒である。もしかすると、ディーは周囲から自分がどう思われているのかという自覚があるからこそ、灯花と距離を取っていた可能性もありそうだった。
「……なぁんだ」
灯花は、今日だけですっかりディーへの認識が変わった。
友達になりたい。心から、そう思うくらいに。
「私ね。実はパートナーになるの、断ろうかって考えていたの」
「はっ!? それは困る! 課題はこなせても、パートナーがいなきゃ退学になるっ」
みんなから不満をぶつけられても飄々としていたディーが、灯花のその言葉を聞いただけで大慌てになるのがなんだか面白い。退学だけはどうしても嫌なようだ。
灯花はクスッと笑いながら続きを口にする。
「けどね、決めた。私、ディーのパートナーになるよ」
「お、おぉ! そうか。なら……」
「その代わり!」
またしても話を聞かなくなりそうだったのを遮って、灯花はディーの目の前にズイッと指を三本立てた。
「三つ、守ってほしいことがある! これを守ってくれなかったら、パートナー辞めるから!」
フンと鼻息を荒くして告げる灯花に、ディーは目をパチクリとさせて一つ頷いた。
オレオルドにいる間は灯花の側にいること。
嘘は吐かないこと。
ちゃんと説明や相談をすること。
たったこれだけだ。当たり前のことだが、こうでも言わないとディーには伝わらないのだから。
それを聞いたディーは面倒くさそうに頭を掻いたが、小さな声でわかったよ、と呟く。
「トモカは弱いからな。仕方ないから側にいてやるよ。俺といたら妙なヤツに絡まれるかもしれないしね。それも俺が守ってあげる。三つの約束も守る。どう? これで三年間、俺のパートナーになってくれる?」
「ふふっ、いいよ。よろしくね、ディー」
オレンジ色の空が、今日は綺麗だと感じる。
最初のパートナーミッションは、なんだかんだいって大成功だったと言えるのかもしれない。
五月の連休が終わる頃。
出会った時にディーが魔法をかけた、防犯ブザーだった赤い石を眺めながら、灯花はあの夢のような日々を思って少しだけ寂しい気持ちになっていた。
「よっ!」
それを見計らっていたのかのようなタイミングで、ディーはやっぱり登校時に突然やってきた。
恐らく、次の課題が近付いてきたのだろう。ちょうどあの日から一カ月ほどが日本でも経過している。
相変わらず、必要なことは何にも話してくれないようだ。それでも灯花は嬉しくて、一カ月ぶりのワクワクした気持ちを思い出す。
「行こう、トモカ!」
ディーがニッと歯を見せて笑いながら手を差し出してきた。
だから灯花は、迷うことなくにっこり笑いながら自分の手を重ねるのだ。
次のパートナーミッションこそは、少しでも役に立とうという気持ちも込めて。
はちゃめちゃ学生魔術師とのパートナーミッション 阿井 りいあ @airia
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