はちゃめちゃに事情を知る

 転校が多い灯花は、友達作りが得意だ。得意になった、といった方が正しいかもしれない。


 灯花は一人ぼっちになるのは嫌だったから、頑張った。そうしたら自然と、友達の輪に入って行くのが上手くなっていった、というだけの話だ。


 人懐っこい性格もあって、周囲の人たちからも「灯花ちゃんはいつも笑顔でいいね」と言われるほどだし、人当たりも良い。


 だからといって、寂しくないわけなどないのに。


 せっかく仲良くなったと思ったら、また引っ越し。最長で三年だ。同じ場所にい続けられたのは。


 日本全国、各地に友達が増えていくのはいいことかもしれない。

 でも灯花はまだ小学生。同じ友達とずっと仲良しでいたかった。いつでも会える距離で、他愛のない無駄話を毎日していられたらそれで良かった。


 大人になったら解決するのかもしれない。


 でも、今の寂しさはどうしたら埋まるのだろう。


 灯花は平凡で幸せな日々を送りながらも、こうした心の空白を持て余して過ごしていた。

 だから、何か面白いことはないかと思っていたのだ。そして今、求めていたはずの非現実的なことが起きている。


 魔法という不思議な現象には心が躍るし、楽しめたらどれだけいいだろうとも思う。

 しかし異世界の、しかも男子校に放り込まれるというこの状況には、さしもの灯花でも心が折れそうだった。


「ディー、どこに行ったのぉ……?」


 しかも自分を異世界へと連れてきた張本人であるディーは、学園長先生に灯花を紹介して退学を免れた後、「あとは好きにしていいから」とだけ言い捨てて、あろうことか灯花を置いてどこかへ行ってしまった。


 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。


 ランチタイムに男子校を一人トボトボと歩くあまりにも場違いな女の子を心配して、一人の男子生徒が声をかけてくれたのだ。


 綺麗な銀髪をした青い目のお兄さんは、真面目そうで少しだけ威圧感があったが、昼食を分けてくれたり、親切に話を聞いてくれたりと灯花に親切にしてくれる。

 ジャン・ジャスティンという名前からして、なんとなく正義感も強そうだと灯花は思った。


「さすがに酷いと思うよ。僕たちでそのディーって人を見付けてあげるね。だから灯花ちゃんは言いたいことをハッキリ言うといいよ。あ、難しかったらそれも僕が言おうか?」


 ジャンのパートナーである日本人の雪間ゆきま幸斗ゆきとも、とても優しそうな大学生のお兄さんだ。灯花の事情を聞いて、すぐに協力を申し出てくれた。

 背が高いので、わざわざ膝をついて灯花に目線を合わせてくれる。彼には妹と弟がいるらしく、面倒見も良いので灯花もすぐに懐いた。


「ありがとうございます、幸斗さん。でも、言いたいことは自分で言おうと思います」

「へぇ、トモカはまだ小さいのにしっかりしているのですね。はぁ、どうしてこんなに良い子が、あの問題児ディーのパートナーになってしまったのでしょう」


 真面目なジャンは、ディーという問題児には思うところがあるようだった。これは心強い味方になりそうだ、と灯花は思う。


 灯花は、意外と強かな女の子なのである。

 でも、やっぱり小学生の女の子に過ぎないのだ。


 もうじき夜になってしまう。灯花の胸は、不安で破裂しそうだった。


 ジャンと幸斗の協力によりディーを捕まえることが出来たのは、空の色がオレンジから闇色に変わろうとしている時だった。


「どうして私を放ったらかしにするの?」


 ディーは校舎の屋根で昼寝をしていたらしく、今はジャンの魔法によって拘束されて地面に転がっていた。


 繋いでくれていた幸斗の手を離し、灯花はディーの目の前に立つ。言ってやろう、そう思って大きく息を吸い込んだ。


「私をここに連れてきたのはディーでしょ? どうして私を一人にするの? どうして、どうして……」


 言ってやりたいことはたくさんあったのに、言葉の代わりに目から大粒の涙が溢れ出した。不安の滴は、灯花の頬を伝って地面に落ちていく。


「……おうちに、帰りたい」


 グスグスと鼻を啜りながら静かに泣き始めた灯花に、さすがのディーもギョッとして目を丸くする。


「ちょ、泣くなよ……」

「だって、これから、どうしたらいいのか、わからないんだもの。うぅ……っ」


 珍しく焦った様子のディーを見て、ジャンがようやく拘束を解いた。幸斗とともに、少し様子を見るようだ。


 ディーは少しだけ恨みがましげにジャンを見た後、すぐに胡坐をかいて座り直すと、目の前で泣く灯花の顔を見上げた。


「好きに過ごせばいいじゃん。次の満月の夜には一度帰してやるよ?」

「帰れるの!?」


 思ってもみなかった言葉を聞いて、灯花は俯いていた顔を勢いよく上げた。泣き腫らした目と鼻が赤くなっている。


「そりゃ、そうでしょ。課題がない期間は他のパートナーたちも元の世界に戻って普通に生活するわけだし」

「待ってください、ディー。貴方、まさかその説明もしていなかったのですか?」

「いや、だって常識じゃん?」

「異世界からの人間が! こちらの世界の常識を知っているわけがないでしょう!?」


 ジャンがディーを叱る叫び声が、暗くなった中庭に響き渡る。側では幸斗が呆れたように肩をすくめた後、灯花に向き直った。


「灯花ちゃん。この世界では満月の夜に特別な魔法の道具を使うと、元の世界に戻れるんだって。しかもこの世界にいる間は、日本での時間は止まっているみたいなんだ。だから心配しなくても大丈夫だよ」


 いつまでも説教を続けるジャンとディーを横目で見ながら、幸斗が灯花に教えてくれた。


 つまり、家族に心配をかけることなくちゃんと家に帰れるということだ。しかも、この学園にはパートナーが生活出来るような居住区も用意されているという。


 それを知った灯花は、今度は安心して再び泣いた。

 幸斗はそんな灯花を見ても慌てることなく背中を撫でてくれ、居住区へと案内してくれた。


 本当に何も教えてもらっていない灯花に危機感を覚えたジャンと幸斗が、庇護欲を掻き立てられたのは言うまでもない。




 迎えた次の満月の夜。灯花は約束通り一度日本へと戻った。なぜか、ディーも一緒に。


 それは別に構わない。せっかくだし、これを機に少しでもディーのことを知って、あわよくば仲良くなれたら、と灯花は思った。常識の違いなんかも知ってもらえたらと思ったのだ。


 しかし、そう簡単にはいかないものだ。


 再びオレオルドに戻って来た灯花は、親しくなったジャンや幸斗、それから新たに仲良くなったアルノルト・アルフィオンという生徒とパートナーの水原みずはら瑞貴みずきを相手に愚痴を溢していた。


「またどこかに行っちゃったみたいなの」


 アルノルト、通称アルは明るく無邪気で、ディーと少しだけ仲が良い。その関係で灯花に話しかけてくれたのだ。

 彼のパートナーである瑞貴は、空手の天才。無口で少し怖い印象があったが、小柄でかわいらしい容姿に十四歳と年も近く、行動で灯花を守ろうとしてくれているのがわかる。仲良くなれたのは当然の流れであった。


「ディーったら、日本ではイタズラばっかりだったの。本当に私よりお兄さんなの? やることが同級生の男子と同じレベルだよ、もうっ」


 灯花はいつだったか母親が言っていた「男っていうのは、いつまでたっても子どもなのよ」という言葉の意味を思い出し、噛みしめた。


「それは大変だったねぇ。ふふっ、でもごめん。想像したら笑っちゃう」

「アルさんも男の人だもんねっ」

「ああ、ごめんってばぁ。僕はそんなことしないよぉ」


 ヘラヘラと笑うアルノルトは、女の子に優しい。だが、どこか適当なところが見え隠れするのだ。


 けれど、時々ドキリとするくらいの正論を言う。


「あのねぇ、パートナーっていうのはどちらからでも解消出来るんだよぉ。ま、学生は退学になっちゃうから僕らから切り出すことはないけどねぇ。つまり、トモカが嫌ならディーとのパートナーを解消出来るよぉ?」


 パートナーの解消。その単語を聞いた時、灯花はちょっとだけ胸が痛んだ。


 ディーには迷惑をかけられっぱなしだ。今のところ、良いところなんてどこにもない。


 それでも、なぜだかこのまま灯花が諦めてはいけないような気がしたのだ。


「で、でも。もうすぐ課題があるんですよね? それを受ける時、私がいなかったらディーは……」


 恐る恐る訊ねると、アルノルトはヘラヘラと笑いながら、ジャンは厳しい顔つきでそれぞれ答えてくれた。


「落第決定。下手したら退学だねぇ」

「あんな問題児、退学でもいいのですよ」

「性格はダメダメだけどぉ、ディーの魔法はプロ級だよぉ?」

「魔法の腕がプロ級なだけでは立派な魔術師にはなれません」

「あはは、それはそうだねぇ!」


 二人の言っていることは正しい。けれど、ディーが退学になろうがどうでもいい、と言っているように聞こえて、灯花はなぜだか胸がモヤモヤした。


「一度その課題を受けてから決めようと思います」


 灯花は、まだディーのことをほとんど知らない。それに、中途半端に何かを投げ出すのは嫌なのだ。


「トモカは優しいねぇ。それにかわいいし……って痛っ。ちょっと、ミズキやめてよぉ。わ、わかった、トモカから離れるからぁ!」


 灯花に抱きつこうとするアルノルトを、瑞貴が瞬時に蹴り飛ばす。ボディーガードとして瑞貴はとても有能だった。


「あの、だから課題について、私に教えてもらえませんか?」


 やると決めた灯花は、もう迷わない。

 前向きで真面目な灯花を、好ましいと思わない者はこの場にいなかった。

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