はちゃめちゃ学生魔術師とのパートナーミッション
阿井 りいあ
はちゃめちゃに異世界へ
常日頃から、何かこの空白を埋めるような面白いことが起きないかな、と思っていたのだ――――
「……もしかして。俺のこと、見えてる?」
「っ!」
思ってはいたけれど、こんな刺激は求めていなかった。
転校初日。
ここは田舎ほど長閑でもなく、かといって都会とも呼べない地域。ずいぶんと目立つ格好をしているなぁ、くらいにしか思っていなかった。あと、随分カッコいい人だなぁ、と。
「目が合ったよな? 俺が見えてるよね?」
確かに目は合った。挨拶をするには少しだけ距離があったから、会釈もした。
たったそれだけのことだったのに、お兄さんはとても驚いた顔をしながらズンズンとこちらに向かってきたかと思うと、灯花の腕を急に摑んできたのだ。
何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。灯花は硬直してしまう。
いくら顔の良いお兄さんだとしても、急に知らない人から腕を摑まれただ恐怖しか感じない。
さっきまでは似合っていると思っていた赤い髪も、こうなっては怖い印象に変わってくる。
(不審者だ。どうしよう)
こういうことがあったらすぐに大声を出すとか、逃げるとか、頭ではわかっているのに身体が動いてくれなかった。
(そ、そうだ! 防犯ブザー!)
パニックになりながらも防犯ブザーのことを思い出した灯花は、すぐに鳴らそうと左手を動かした。
ランドセルにずっと付けっ放しのそれは、もはやただのキーホルダーと化していたが、今まさに本来の使い方をする時。
「あ、それ知ってる。ビービーうるさいヤツでしょ」
けれど、防犯ブザーが鳴ることはなかった。
お兄さんが少しだけ嫌そうに眉を寄せながらパチンと指を鳴らすと、防犯ブザーがポンと小さな音を立てて宝石みたいなキラキラした赤い石に変わってしまったのだ。
まるで、魔法のように。
「……え」
何が起きたのかわからず、灯花は呆然とすることしか出来なかった。手のひらの上には防犯ブザーだったはずの、キラキラとした赤い石が一つ。
「ふぅん。女だし、ちょっとチビだけど……ま、君が俺の運命の人間だね」
値踏みをするように灯花を上から下まで見ながら、赤い髪の少年は顎に手を当ててそんなことを言う。
本来なら失礼だと思うところなのかもしれないが、灯花はもう、何から何まで怖かった。
急に現れた赤い髪のお兄さん、摑まれたままの右腕、意味不明な言葉に、訳のわからない現象。
「とにかく一緒に来てよ。もう時間がないんだよね。さすがに入学早々に退学はしたくなくてさ」
グイグイと腕を引っ張って無邪気に笑うお兄さんに、危機感が増していく。
(やばい、やばい、やばい!)
このままではまずい、そう思った灯花は思い切ってお兄さんの手をペチンと叩いた。
そのことに驚いたのか、お兄さんは目を丸くしてようやく灯花と目を合わせた。金色の瞳は、カラーコンタクトレンズだろうか。
「ひ、人攫いーっ‼」
「げっ」
こんなにも大きな声が出せたのかと、自分でもビックリするくらいの声量で灯花は叫ぶ。赤い髪のお兄さんが怯んだのがわかった。
「いいから一緒に来てっ」
「いやぁっ!」
小脇に抱えられて悲鳴を上げる灯花だったが、次の瞬間に淡く眩しい光に包まれていく。
灯花の叫び声は、通学路に響くことなく消えた。
「え。ええええっ⁉」
気付いた時には、空にいた。辺りは暗く、月明かりが眼下の湖面に反射しているのが見える。
先ほどまでは間違いなく朝で、学校に行こうとしているところではなかったか。
「口は閉じときな。舌を嚙んでも知らないよ」
「う、ひゃ」
夢かとも思った。けれど、赤い髪のお兄さんがそう言うや否や急降下を始めたので、灯花は変な声を出した後に口も目もギュッと閉じることで精一杯。その際、噛んでしまった舌がヒリヒリと痛んだ。
おかげで夢ではないことはわかったけれど、これが現実とはとても思えない。
だって灯花は今、赤い髪のお兄さんに小脇に抱えられて空から落下中なのだから。
「よ、っと」
「っ!」
目もギュッと閉じていたから灯花には何が起きたのかわからない。けれど、どうやら無事に着地したのがわかった。命もまだあるらしい。怪我もしていなさそうだ。
昔、家族で行った遊園地で乗ったフリーフォール型のアトラクションを思い出す。灯花が絶叫系の乗り物大好き人間で助かったかもしれない。でも、安全ベルトがないのはごめんであった。
「んじゃ、学園に行こう!」
地面にへたり込んだ灯花に向かって、赤い髪のお兄さんはニッと笑いながら無邪気にそう言った。
言いたいことは山ほどある。その顔に悪意がないこともなんとなく察した。けれど、まだ色んな意味で放心状態の少女にかける言葉は、絶対にそれではないはずだ。
「っ、説明! してくださいっ‼」
見たこともない虹色の花が咲く野原の真ん中で、灯花はようやく大事な質問を口にすることが出来たのである。
話は移動しながら、と赤い髪のお兄さんが言うので、灯花は渋々それに従った。ここがどこかもわからない以上、彼から離れたらまずいと思うからだ。
まず、赤い髪のお兄さんの名前はディルウィン・ディレスター。日本人ではないとは思っていたが、そもそも地球の人間でもないと聞いた時は灯花の開いた口が塞がらなかった。
「ディーでいい。みんなそう呼ぶから」
「ディーさん?」
「さん、とかもいらないよ」
年上のお兄さんを呼び捨てにすることに抵抗はあったが、文化の違いというやつかもしれないと灯花は受け入れることにした。
変わった髪や瞳の色も、生まれつきのものらしい。しかも、この世界では珍しいわけでもないと聞いてさらに灯花は驚いた。
「わ、私は、
「トモカ? 変わった名前だな」
異世界人の基準はよくわからない。そう思ったが、こちらとて赤い髪や金の瞳は変わっていると思ったのでおあいこなのだろう。灯花は黙って曖昧に笑った。
「んで、説明だったね。今は学園に向かってるところだよ」
「学園?」
このディーという人物は、おそらく人に何かを説明するということが下手だ。一つ一つこちらから質問をしていかないと、知りたいことの半分もわからないままになりそうである。
しかし、問題はない。伊達に灯花は幼い頃から引っ越しばかり経験してきたわけではないのだ。新しい学校、近所のこと。一から知っていく作業を嫌というほど繰り返してきた。
そのため、必要なことを教えてくれない友達から必要なことを聞き出すのは得意なのである。
こうして根気強く話を聞きだしたことで、だいぶ彼の事情がわかってきた。
ディーはこの世界(オレオルドというらしい)にある魔術学園の新入生で、入学したばかり。
かなりの難関校らしく、入学条件の一つに「魔力を持たない地球の人間を三年間パートナーにする」というものがあるのだという。そのパートナーと共にひと月に一度、学園から出される課題をこなさなければ落第、パートナーがいなければ退学になってしまうらしい。
「どうして私がパートナーに選ばれたの?」
「は? それは当たり前でしょ」
灯花としては意味不明なことも、ディーにとっては一般常識であったりするので、時々こうして嫌そうな顔をされるが灯花はめげなかった。
「ディーの当たり前は私には当たり前じゃないもの。教えてくれないとわからないよ」
「あー……そういえば年取ったじーさんが当たり前だ、って言うことが俺にはわかんなかったりするね。そういうヤツか」
なんだか自分がお年寄りと同じ扱いをされているようで複雑な気持ちになった灯花だが、伝わったのならそれでいい。
なにはともあれ、おかげでこの先は灯花の質問には素直に答えてくれるようになったのだから。
この世界に住む人にとって、魔法は当たり前のように存在する。ただし、使えるレベルは人によって大きく違うという。
勉強がすごく出来る人と苦手な人、算数が得意な人がいれば国語が得意な人がいる、みたいな感じだろうかと灯花は解釈した。
そしてディーの通う学園は魔法のエリート校。入学が決まると、普通なら手に入らない特別な魔法の道具を渡される。それを使って日本に転移し、パートナーを見つけるという。
その見つけ方というのが「自分の姿を見ることの出来る異世界人」なのだそうだ。
ディーが初めて灯花と目が合った時、自分の相手だとすぐに認識した理由がようやくわかった。
最低限のことがわかってスッキリしたのも束の間。ついに学園に到着した。
大きな門扉の前で、灯花は建物を見上げながら口をあんぐりと開ける。
「着いたよ。ここが俺の通うリングス魔術学園だ」
大きな校舎が十メートルほど上空に浮かんでいる。校舎の下はだだっ広い草原が広がっていて、無数のアーチが光輝いていた。
どうやって校舎に入るのだろうと灯花が呟くと、あちらこちらにある光のアーチを通るのだとディーは言う。
よく見るとアーチの上部には文字が書いてあるので、そこに教室名などが書かれているのかもしれない。
あまりにもファンタジーな光景に、少しだけ灯花の胸が高鳴った。灯花だって、普通の小学生の女の子。魔法などのファンタジーな光景にときめく心を持っているのだ。
しかし、続けられたディーの言葉は灯花の眉間にシワを刻む。
「ちなみにここ、男子校な。普通だったら女は入れないから」
「え」
短時間で驚きすぎた灯花はもはや文句の言葉も出ない。結果として、ため息と共に「えぇ……?」と漏らすことしか出来なかった。
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