第6話 決闘しなきゃならないのか?
店を出ると世界がバグっていた。まずおかしいのは色だ。空は緑色で太陽は青みがかっている。街中に生える木は紫の樹皮に赤い葉で目をチカチカさせた。
しかし対照的に人工物は通常の色でこの世界から浮いているような気がした。
「あんなの浦瀬区にはない。」
イブキがつぶやいた先にあるのは大きな塔。
五重塔を肥大化させ現代建築の要素を追加したかのような塔である。
「あれはレブルタワー。各区に一個ずつあるの。表の政府がセコンドビルダーズ―――重機の付喪神の集団ね。めちゃくちゃ建築が早いんだけど―――そのセコンドビルダーズに頼んで作ってもらったの。」
セコンドビルダーズ?重機の付喪神?
建築のスペシャリストみたいな感じだろうか。そして国が依頼して作った塔。ということは...。
「市役所みたいな感じ?」
「似てるけど違う。レブルタワーを運営してるのは民間団体。高額な料金支払わせて金稼いでるの。」
「高額な料金―――。」
「レブルは身勝手なの。もちろん親切な人もいるわ。けどみんな自分の力に
「...。」
レブルは身勝手。確かに値段はバカ高いし街もなんだか汚い。納得である。
「じゃあレブルタワーにはポリスがいたり?」
イブキの疑問にハルカの目がキラリと光る。
ハルカはイブキにレブルの常識を教えるのを楽しんでいるように見える。
「ええと、ポリスは国の組織じゃない。民間の自警団ね。だからレブルタワーに必ずいるわけじゃない。けど、自分たちで正義の味方を気取ってるからレブルタワーをパトロールしてることがある。」
「正義を気取ってる?」
イブキの疑問にハルカが答える。
なんだか質問してばかりだな、とイブキは思ったがハルカも答えるのを楽しんでいるからいいか、と思い直した。
「ポリスは、フェロンがシビルに手を出した場合に捕まえに来るって言ったよね?」
「うん。」
「フェロン同士が戦ってるときは基本無介入。ただ、自分らが勝手に定めてる法令に違反したら加勢してくる。」
「え?勝手に定めてるなら法的効力はないんじゃないの?」
「そういうとこ含めて理不尽で身勝手でウザいの。」
ハルカはポリスにいい思い出がないらしい。
何があったのか聞こうとした瞬間ハルカが歩みを止めた。
「着いた。レブルタワー。」
「おお。」
どうやらハルカはレブルタワー目掛けて歩いていたことをイブキは初めて知った。
「さっきのお店で1,000,000円とか普通にあったでしょ。それはこのタワーのおかげ。」
タワーのおかげ、とは。まさか札束が湯水の如く湧いてくるわけじゃあるまい。
「レブルタワーは高額な料金で稼いでる、って言ったよね。」
「まさか強盗するなんて言わないよな?」
「私をなんだと思ってるの?」
しばしの沈黙。レブルタワーの前で立ち止まるイブキたちを見てレブルが疑いの目を向けながらタワー内に入る。
「そのお金を“依頼”の報酬に出してるの。例えば『一つ目小僧を十体狩る』とか。レブルは基本それで金を稼いでる。」
「へえ。じゃあ今日は依頼を受けに来たのか?」
「それは今度。」
ハルカはお茶目な眼差しをイブキに向け、1人でレブルタワーに入る。イブキはその後ろを慌てて追っていく。
● ○ ●
「地下の訓練場、空いてますか?」
ハルカが受付の中年男性に聞く。中年男性は顔も上げずに、無愛想にボソボソと呟く。
「100,000。2時間な。」
しかしハルカの体をチラリと見た中年男性は言葉を改める。
「俺と遊んでくれるならまけてやるぜ。」
「ちょ―――「なんてこと言うんだ」イブキ?」
ハルカが口を開く前にイブキは割り込む。下品な笑みを湛えた中年男性を睨みつけると、負けじと彼も言い返してくる。
「なんだ坊主。なんか文句でもあんのか。これは俺と姉ちゃんの問題だぜ?」
「なんてこと言うんだって言ってる。」
「もう一回行ってやろうか?姉ちゃんが俺と遊んだらまけてやるっていってんだ。」
「なんで―――そんな―――!」
「イブキ。もういいから。」
「いや、姉ちゃん。よくないぜ。こうなったら収拾がつかん。こいつと決闘する。訓練場でだ。坊主が勝ったらタダで使わせてやる。その代わり坊主が負けたら料金は倍だ。払えないなら体で支払ってもらうぜ。」
「その言葉、守れよ。」
「お前こそな。」
イブキと中年男性は互いに睨み合う。ハルカは頭を抱えた。
● ○ ●
「
訓練場につき、真ん中の線を境に数歩遠かった中年男性は高らかにそう宣言した。
「お前もやれよ。決闘のルールを知らないのか?」
知らないんだけどな、とイブキは困惑しつつ見よう見まねで繰り返す。
「
「相手が10カウント以内に立ち上がれなくなるか降参するかが勝利条件。」
ハルカの言葉に中年男性―――山崎は重々しく首肯する。イブキもコクンと首を動かした。
「3、2、1。始め!」
● ○ ●
イブキは眼を閉じて考えていた。自分自身の能力から、10秒以上立ち上がれないことはないだろう。でもこちらが相手を十秒以上意識を失わせる方法がない。
「棒立ちかよ。」
山崎は腕から刃を出現させ握る。
「俺はナイフの付喪神。体からナイフを生み出せる。神の加護があんだよ。」
なるほど、魔女や吸血鬼、人狼がいる一方でセコンドビルダーズのような重機の付喪神、山崎のようなナイフの付喪神もいる。
「恨むなよ、坊主。」
山崎は突進してイブキに切り掛かる。イブキは避けなかった。
「...これで終わりか?」
山崎は呆気ない幕切れに驚き、ナイフをイブキの体に刺したまま立ち上がる。
「んじゃ、ねーちゃん。倍額な。体で支払ってくれてもいいぜ。」
「1、2、3...。」
「カウントなんてしなくていいだろ。もう坊主は死んだぜ。心臓を一突きグサリだ。起き上がることはないよ。」
一瞬の幕切れが、山崎に油断を生んだ。
普段の彼なら凶器を刺したまま敵に背を向けなかったかもしれない。
まあ仕方がない。死体が動くわけないと思い込んでいるのだから。
「...んなわけねーだろ、おっさん。」
「ッ!」
背後からの声。山崎は背後からの圧に振り向かない。いや、振り向けない。
「大したことねえじゃねえか。たかがナイフで俺を殺せると?」
一歩イブキが山崎に近づいた。それだけで山崎はすくみ上がる。動けない。
「いつまで背ぇ向けてんだよ。」
ドオオォォォッッ!っと言う音がしたのを感じた山崎は、次の瞬間視界がブレたことに気づく。
「付喪神てのは頑丈だな。」
山崎は硬直して動かない体に鞭打ち立ち上がる。そして自分の目の前にいる少年が先ほどの少年とはもはや同一人物ではないことに戦慄する。
青白い肌に透き通る白髪。目が覚めるような赤い瞳。目に交差するように縦に走る赤い痣。目の下から生えた牙がイブキの鼻と口をマスクのように覆っている。先ほどまでイブキが来ていた学生服は角ばった大きな襟と外套に変化した。
「お前、
「誰に口聞いてんだ。」
再び鈍い音。崩れ落ちる山崎。ハルカはイブキの変わり果てた姿に驚きながらもカウントを始める。
そして十秒がたった。山崎は起き上がらなかった。
ハルカは十秒が経過したのをきちんと確認してから息を切らしているイブキに駆け寄る。
「イブキ?イブキだよね?」
「ああ。どう見ても安楽木イブキ様だぜ。」
「キャラおかしいでしょ。」
イブキは戦闘が終わってもなお白髪に牙マスク状態だ。ハルカは軽口を叩きながらとある可能性を思い浮かべる。
―――もし、黒羽クロバに人格を乗っ取られていたら。
違う。そんなわけない。イブキはイブキだ。
「やった、2時間タダじゃん。」
ハルカはくらい考えを頭の奥の方に押し込み無邪気に喜んだ。
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