第7話 安楽木イブキは検証するのか?
「すまん、血が...。動くと動いた分だけ貧血になっていく気がするんだ。燃費が悪すぎる。」
「そりゃあんだけ血ィ流したらねえ。―――『清めよ』」
ハルカが唱えるが何も起こらない。
「ありゃ。まだ半無詠唱無理か。練習してんのにな。イマイチコツが掴めんのよ。」
そのごまかしの言葉にイブキはああともうんともつかない相槌を打つ。真面目に受け答えができなかった。ただ、ただ血が欲しかった。脳内に残る理性を振り切ってハルカに飛びついて血を吸いたかった。
「う...。」
ハルカが魔法を使って床の血を清めた瞬間、イブキは我慢ができなくなった。
―――ダメだ!行くな!
イブキは残る理性でハルカに飛びつこうとする体を抑えて山崎の手の甲を切った。
「血だ...はは...。」
ナイフにつく血を啜る。ドブのような味がしたけど地獄のような空腹感よりはマシだった。
● ○ ●
「すいません、もう吸いません。」
「つまらない駄洒落を言わない。」
2時間無料となった訓練場。イブキとハルカは向かいあって話している。いつの間にかイブキの変身は解けていた。
「吸うなって言ってるんじゃないの。“裏世界喧嘩”でふっかけて勝った相手の血を吸う、なんてそのうちやりくり出来なくなるわ。あの変身のたびに貧血になるなんて。」
「確かに血を確保するために貧血になるのは本末転倒だわな。」
イブキは軽口を叩くが事態は深刻だと言うことに気づいていた。動くのにも再生するにも燃料が必要だ。
イブキは普通の食事では燃料に値するほどの動力を得られない。血なのだ。血を吸わなければ最大限のパフォーマンスを発揮できない。厄介な体質になったもんだ、とイブキは黒羽クロバを恨んだ。注射し吸血鬼になったのは自分なのだけれど。
「血のことは一旦後で考えよ。いざとなったら私の吸わせたげる。」
その言葉にイブキは目を輝かせる。吸血鬼の本能からして少女の生き血というのは唆られる。しかしケラケラと笑うハルカを見て揶揄われたのだと気づく。
「なんだよ。」
「だってイブキ、反応がわかりやすくて面白いんだもん」
この女子はサッカー部のエースでも野球部の主将でも区一番の喧嘩自慢でも、いくらでも相手はいるのにイブキを揶揄うのが楽しいらしい。ハルカと仲良くなれたのは感謝しなくちゃな、とイブキは実際には会ったこともない黒羽クロバに感謝した。
● ○ ●
「第一回!イブキの能力を解明しよう選手権〜!」
「第二回があるのか?選手権?」
「細かいことは気にしない。」
ビシッとハルカがイブキに突っ込む。
イブキの能力は不明瞭なところが多い。黒羽クロバしか比較対象がいない上、黒羽クロバ自身はあまり有名でなく能力を隠している、らしい。イブキは今の所判明している自らの能力を列挙してみる。
「不死身、変身能力って感じかな。変身したとき運動能力と筋力が上昇する。白髪になって牙マスクがつく、目付近に赤い紋様が浮かび上がる、服が変化してマントみたいになる、と言う見た目の変化もある。」
「あんた私の家で怪我治してなかった?ほら、紋様のやつ。」
ああ、あれは、とイブキは少し得意げに説明する。
「輸血中だったからなんだ。家で試したとき治らなくて...。」
怪我のオート再生まであったら最強だったのだが、イブキの能力は規格外だ。殺せないし運動神経は常人かと思いきや変身能力によって成人男性を蹴りで5m飛ばすほどの筋力を得る(少なくとも山崎は5m飛んだ)。
「デメリットは?」
「痛覚は普通にある、能力の維持に血が不可欠ってことくらい。血がなくなったら再生しなくなるのかは...試したくないな。」
「あんた痛覚あったのかよ...。」
仮に試して死んだらジ・エンドだ。
イブキは考察が好きだった。与えられた情報から考えて推察し謎を解き明かす、と言うのはなかなか快感がある。
そしてイブキは検証も好きだ。考察するために自ら実験し、その情報をもとに考える。
つまりイブキは、自分の能力を解明するために。
「死ぬか。」
● ○ ●
この2時間で実験した内容をハルカが読み上げる。ハルカは実験の結果を細かくメモし、イブキ自身の代わりにイブキを殺し、冷静にデータを採取した。
「ごめんね...殺させちゃって...。」
「フェロンとしていろんな人外殺してきたから慣れてるわ。大丈夫。」
「慣れてんのかよ...。」
イブキは申し訳なさを感じて謝ったが、その返答を受けてちょっと引いた。
まあ、訓練場に血飛沫が飛び散るために練習を兼ねて『清め』てくれたハルカには感謝しかないのだが。
「失血死の場合と呼吸困難の場合の再生スピード...同じ。」
イブキは腕を切り死んだ場合と首を吊って死んだ場合の死に方で生き返る速度を比べた。
再生スピードが同じと言うことはどこのケガも同じ深さなら同じスピードで再生する、と言うこと。つまり再生には優先度というものがない。頸動脈を切られれば一刻も早く治すはずなのに治すスピードは早くならなかった。
「手首を切り落とし失血死した場合...切り落とした側は数分かけて消滅して、新しい手が生えてくる...。」
これもいい発見だ。体(何をもって体とするのかはわからないが)から切り離された肉片は消滅して新しいものが生える。そして新しいものは切り落とされる寸前のものと全く同じだ。
「臓器売買には手を出せなそうだな。」
「自分の体でやるつもりだったの?」
金に困ったらやろうと思っていた、と言うことは黙っておく。引かれそうだし。
「手を切り落として再生の時間を与える前に頭を撃ち抜いて死んだ場合...。頭の怪我が治ると同時に腕も再生して復活。」
これもいい実験だ。体が怪我した状態で別の要因で死んだ場合は同時に修復しながら生き返る。つまり生き返ると体の傷がなくなると言うことだ。生き返っても腕がない、失血死するまで待つなんて勘弁だからな。
「ナイフを突き立てた場合...つまり生き返る際傷口を再生する時に障害物があった場合...障害物を弾いて再生する。」
この実験は胸に突き刺したナイフをどうするのか確かめる実験だった。ナイフを分解してボロボロにするのか、あるいはナイフを体内に残して再生するのか。結果は再生時に刺さったナイフを弾いて再生した。
文字通り刺さったナイフを弾き飛ばしたのだ。その後石などの異物でも試したが再生時に弾き飛ばされることがわかった。
「バラバラにされてコンクリ詰にされてもコンクリを弾いてくれるはずだ。」
「毎回思うけど痛くないの?」
「慣れた。」
そろそろ2時間が経過する。山崎のことだから2時間を過ぎたら料金を要求してくるだろう。と言うか
「じゃ、今日の検証は終わり。変身状態についても調べたかったけど今度にする。」
イブキは少し早口になってそう言う。実はイブキはまだやっていない実験があった。
その実験のことをハルカに言及されたくなかった。
『断頭』。
頭と体を切り離す行為である。
再生の核が脳なのか大きい方の肉片なのかはわからない。だが、仮に脳を中心に再生しなかった場合―――。脳は消滅して新しい脳が生えるだろう。そしてその脳はもはや『イブキではない』。体だけがイブキでありその脳が自らを安楽木イブキと自覚し15年間の記憶を持ち体を動かす権限を持っていたとしても―――それは『断頭』まで生きてきたイブキとは異なる。少なくともイブキはそう思う。
仮に脳を中心に再生する、と仮定しても脳が明らかな弱点になってしまう。
つまりイブキの不死身の能力には「断頭」という圧倒的な弱点がある。
「断頭されずに生き残れるといいなあ。」
イブキはボソッと断頭されるような相手と戦わないよう天に願った。
「? なんか言った?」
「なんでもないさ。」
バグったような緑色の空のもと、2人の影がどこまでも伸びていくような気がした。
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