第24話 新たなる試練

 羽瀬川氏から貰った手紙を読み、腕を上げる為、RCドリフトを走らせる日々は続く。


「それにしても楓ってなんなんだ? 偽名? 別人? 何処まで嘘をついているんだ? わからない、本当の事が知りたい……」


 考えながらGRSで走らせていると、真奈ちゃんが現れ勝負を挑んで来る。


「群城さん、今日も勝負です!」

「よっしゃ〜やるか〜」


 今までなら、めんどくさいとか、やりたく無いと拒んでいたが、より上手くなりたいと言う気持ちが俺を突き動かせ、躍起になっていた。


「最近、群城くんはやる気満々だなぁ〜何かあったのかなぁ〜?」


 俺と真奈ちゃんを遠くで見守る神来社さんと宇賀真さんは、2人のやる気に感銘を受けていた。


「きっと何か、目標が出来たんじゃないですか? いい事です」

「おい、おい、オレ達こんな会話してたらオジさんじゃないか〜」

「実際オッサンでは?」


 じじ臭い会話をして2人の若者を見守っていた。


「おっと、そうだ忘れてた、手紙を渡さないと! お〜い、群城く〜ん!」

「ええ〜っ! 登さん居るの〜?」


 いつも通りに真奈ちゃんのA90スープラは神来社さんの声が聞こえた瞬間、コースアウトして行く。


「いや〜私のスーちゃんが〜」

「あちゃ〜また、やっちゃったよ〜」

「今のは不可抗力だから……狙った訳じゃ〜ないんだよ」


 神来社さんは宇賀真さんに、こんなはずでは無いのだと弁解していた。


『勝負、群城の勝ち〜!』


「イェ〜い、俺の勝ち〜」


 俺もこの勝ちパターンに慣れ、片腕を挙げて挑発気味に喜んでいた。


「ぬぬぬっ……次回こそ勝ちますからね〜」

「もうこの2人の対決は漫才にしか見えんなぁ〜」

「その原因を作ってるのはお前だからな!」


 などとGRC全体が和気藹々と賑わっていた。


「そうそう、本題に入らないと! 群城く〜ん、本当に手紙が来てるんだよ。こっちに来てくれないかなぁ〜?」

「あ、はい、はい、今、行きます」


 俺は神来社さんの所に行き、手紙を貰おうとする。


「この手紙、宛名は誰からです?」

「いや〜俺も知らなくてさ〜店長経由で貰ったんだよ」

「誰だろう?」


 表には群城様と書かれているが、裏には宛名はなかった。

 俺はその手紙を無造作に封を切り、内容を読み始める。


『挑戦状! 群城勇様。羽瀬川様の命により、貴方様に2対2の勝負を挑ませて頂きます。付きましては準備が出来次第、teamチームリトラクタブル5のHPへご連絡ください。差出人 teamリトラクタブル5 花塚姉妹』


「群城くん、これって……」


 俺への挑戦状を神来社さんと宇賀真さんも一緒に覗き込み、読んでいた。


「ご覧の通り、挑戦状です」

「おい、おい、おい、群城くん! 挑戦状ってこんなご時世にそんな事あるのかい?」

「それより、群城くん! 君、リトラクタブル5に何をしたんだい?」

「細い事は言えませんが……まぁ〜とある成り行きで、こうなっちゃったんですね」


 流石に皆んなの目の前で、楓の事を相談する訳には行かないので当たらず触らずの間で話をする事にした。


「そうだよな〜人には言えない事だってあるもんなぁ〜それよりも、この挑戦状。2対2ってあるけど群城くんと後、誰を一緒に連れて行くんだい?」


 俺は悩んだ、1番短かなのは楓だが彼女の正体を知るための勝負なので、それは出来ない。神来社さんは勝負と言う物に興味は無いと言っていたので皆無だった。


「う〜ん、そうですよね〜? 誰かRCドリフトが上手くて身近な人が居ればいいんですが……」


 悩んでいると神来社さんの口が開く。


「真奈ちゃん、手伝ってあげてよ」

「え〜! 私ですか〜?」


 いきなり、神来社さんに指名されて真奈ちゃんは驚く。


「でも〜、でも〜、群城さんとはライバルだし〜」


 真奈ちゃんは俺が好きでは無いので身体をイヤだ、イヤだと左右に振り、嫌がる仕草をする。


「わかった! それじゃ〜こうしよう、真奈ちゃんが群城くんの手伝いをしてくれたら一緒にTDLに連れてってやろう。これでどうかな?」

「やります!」

「はやっ!」


 神来社さんが最後まで言い終わるか終わらない間に、真奈ちゃんは返事をしていた。


「神来社さん、そんな事言っていいんですかぁ〜?」

「ん! なんで?」 


 神来社さんと宇賀真さんがヒソヒソ声の内緒話で真奈ちゃんに聞こえないよう話す。


「彼女、神来社さんと2人でデートする気でいますよ!」

「うんな馬鹿な、俺はそんな気で誘ってはいないぞ〜あちらの奥さんと家の嫁も含め、2家族一緒で行くつもりだからな〜」

「そうだといいんですけどねぇ〜」


 そう言いながら宇賀真さんは真奈ちゃんの方を見ると、彼女は目がハートマークになって浮かれていた。


「デート! デート! 登さんとデート♡」

「これりゃ〜勘違いしてるなぁ〜2人とも……」


 左の手を目で覆い、ダメだこりゃ〜と言うジェスチャーをする宇賀真さんだった。


「それじゃ〜早速、練習をしよう」

「はい、その前に質問!」

「群城くん、何かな?」

「花塚姉妹ってどう言う方なんですか?」


 俺は花塚姉妹をI市の24ランドで羽瀬川氏と一緒に見掛けてはいるが、許嫁問題のインパクトが高く忘れていた。


「彼女達は基本が忠実なんだ、だから定常円旋回とか基本的な技術が凄く高く、2人の息の合った走りは芸術に近い程だ」

「そんなにうまいんですか〜勝てるか心配だなぁ〜」

「何言ってるんですか、勝つに決まってるじゃないですか!」


 (登さんとデート、登さんとデート♡)


 挑戦状を貰った俺が不安を露わにしてるのに対し、真奈ちゃんは勝負に勝ってデートをする事しか考えておらず、余裕を見せていた。


「それで、その花塚姉妹って、どんなシャーシとボディを使うんですか?」

「ん〜確か、両姉妹共シバタのGRKだったかなぁ〜? ボディは姉がRX-7のFDで妹がFCだったかなぁ〜?」

「けっ、やっぱりアレだよ。峠レースアニメに影響されたイケメン兄弟が使うRX-7だよ。これだからミーハー女は……」

「群城くん、君もあのアニメに影響されてAE86なんでは? それにどう聞いても僻みにしか聞こえないよ〜」


 モテない俺はイケメンと聞くと、すぐにケチを付けたくなるのだった。


「モテ無い男は辛いねぇ〜」

「大きなお世話ですよ、それで対策か何かあるんですか?」

「おそらくだけど、相手が提示してくる勝負なら間違いなく定常円旋回勝負だろうね。だからそれに対応した練習をするしかないね」

「定常円旋回ですか〜あれ今だに慣れないんだよなぁ〜」

「後は2人って事はコンビネーション系での勝負も考えられるから、そう言う練習も必要だし、時間も必要だから最低1ヶ月は時間が欲しいなぁ〜」

「向こうは準備が整い次第って言ってますから時間は平気かと、問題はコンビネーションですが何の練習をしていいのかわかりませんね〜」


 真奈ちゃん以外の3人は頭を捻り考えたが、それらしい勝負が浮かばなかったので対策にならなかった。


「仕方がない、群城くん。とりあえず定常円旋回をひたすらやろう」

「わかりました、そうします」


 返事をした後、俺は時間が許す限り、GRCの端を借りてひたすら定常円旋回の練習をしていた。


「ぬあ〜っ、疲れた〜遊びとしてのRCドリフトじゃないから疲れる〜」


泣き言を言いながらアパートに戻ると、また明かりが付いている。


「えっ? ま、まさか……」


 2階に上がりドアの扉も開く、部屋の中に入ると。


「お帰り、遅かったわね」

「……楓、なんで人の家に勝手に上がってるんだよ」

「ここの鍵を持ってるからに決まってるでしょ〜」

「……」


 (ダメだ、こいつに一般常識は効かないや)


 諦め、部屋の居間に座る。


「お腹空いてるでしょ? 夕飯作ってあげる♪」

「本当かよ!」


 喜ぶ俺は女性の手作り料理が食べれると思い、期待する。


「ちょっと待ってね。よいしょっとはい、召し上がれ♡」

「楓さんや……」

「何?」

「これは何かな?」

「見ての通りよ」


 俺の前に置かれたその夕飯は超、超、超、GIGA MAX焼きそばと書かれた、カップ焼きそばだった。


「お腹空いてるんでしょ、3分経ったらお湯を捨てて食べてね」

「お湯を入れて3分でお湯切りしてソースを掛けたのが手作りってか?」


 イメージとだいぶ違う夕食を見て、ガッカリする。


「あっ、冷蔵に入ってるプリンは私のだから食べちゃダメだからね」

「俺は冷蔵庫のそれを食べる前に、この焼きそばで撃沈するよ」


 押し掛けではあるが、これが初めてアパートに来た女性で有り、カップ焼きそばを手作りと証す、このお嬢様に俺は頭を抱えていた。


 (これで本当にお嬢様かよ……)


「ねぇ? 美味しい? 美味しい?」


 誰が作っても失敗する事が無い、この味なのだが。

 満面の笑顔で聞かれると、あのフレーズを言うしかなかった。


「美味いよ!」

「そう〜沢山食べてね♪」


 沢山と言われるが、GIGA MAXなど挑戦した事が無い俺には、この量は多過ぎだった。


「楓さんや、沢山はいいけど栄養も必要なのでは?」

「そんな事あろうかっと思って、これも買っておいたわ」


 ダンっ!


 テーブルの上に置かれたのは、栄養バランス飲料だった。


「えっ! この焼きそば食べて、これ飲んだら胃が膨張し過ぎて逝けるのでは?」


 流石にやばいと思い俺は栄養バランス飲料を避け焼きそばに徹した。


「いや〜俺、この焼きそばで手一杯だからこの飲み物は後で頂くわ」

「そう? 遠慮しなくていいのよ」


 怖いことを平然と言う楓を避ける為に、バグバグと腹が膨らむまで食べ、ギブアップをする。


「もうダメだ! もう食えね〜!」

「だらしないわね〜もう終わりなの? まだこんなに沢山あるわよ」


 彼女の基準がおかしいのだろう〜GIGA MAXの消費カロリーは成人の大人が取る1日以上の摂取量なのだ。

 一般の成人では食べれる訳がなかった。


「じゃ〜勿体無いから明日にでも食べるよ……ウップ!」

「じゃ〜そうして」


 俺のテーブルの反対に座り、プリンを美味しそうに食べながら言った。


「う〜ん、美味しい♪」


 少しすると俺のスマホのアラームが鳴る。


「やべ〜ナッツンのLive配信だよ」

「観ましょ」


 急いでノートPCをテーブルの上に置き、楓と一緒に配信を視聴する。


「皆さ〜ん、こんばんは〜♪ youtubeアイドルの奈津美ことナッツンで〜す。なんかチャンネル登録者数を見たら、いつの間にか2万人を超えてナッツンびっくりです。登録してくれた人、ありがとうございます」


 オープニングの挨拶をすると、コメントチャットが凄い勢いで流れ始める。


『ナッツン、こんばんは〜』

『ナッツツ、今日も可愛いね〜』

『ナッツン、登録者数2万超えおめでとう〜』


 などと、コメントスレが早すぎて見えない程だった。


「みんなコメントありがとうね。でも早すぎて見えない方も居るから拾えない人、ごめんなさいね」


 両手を合わせ、ごめんなさいと言う仕草して謝っていた。


『ナッツン、なんて優しんだ』

『本気で天使、そして最強!』

『ナッツン、結婚してください!』


 などと言いたい放題言うリスナーに少し困惑しながらも配信を続けていた。


「ねぇ〜イサムもコメント送ってあげなさいよ、喜ぶから」

「……」

「イサム?」


 横を振り向くと俺は疲れと満腹感で寝てしまっていた。


「寝ちゃったのね……」


 楓は近くにある上着を俺に掛け、独り言を呟く。


「貴方、私の事を詮索してるでしょう。知ってるんだからね……でも教えてあげない、貴方があの事を思い出すまでは……あの人の勝負に勝って本当の私を見つけてね。それじゃ〜ね、好きよイサムおやすみ」


 チュッ! と頬にキスをして楓は帰ってしまった。

 何も知らない俺は手足が痺れるまで座りながらナッツンの配信を聴き、寝続けていた。


 第25話に続く……

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