第21話 最大の壁

 S市のとある駐車場に身を伏せ、様子を伺う3人は、追いかけて来る車がいないか辺りを見渡たしていた。


「ナツ、どう? 追いかけて来てる車はいる?」

「たぶん、大丈夫だと思うわ」

「そう……」


 安堵する3人は何処の駐車場か、わからず停車していた。


「とにかくこれで一安心ね。少し疲れちゃったわ、ここで少し休んでいきましょ」


 駐車場で休む3人だが後部座席に居る俺は何もしていなかったので飽きてしまい、外へ出ようとする。


「なぁ〜? 楓、外に出ていいか?」

「追いかけて来る車もいないし、別に構わないわよ」

「そんじゃ〜」


 車から降りた俺は外を見渡すと、S市24ランドの駐車場である事を知る。


「あれ、ここS市の24ランドじゃないか〜なんでこんな所なんだ?」


 不思議がりながら楓の所に行き、聞いてみる事にする。


「なぁ〜ここ24ランドなんだけど、なんでここに停まったんだ?」

「!」


 無意識とは怖いもので、楓は以前ここに入り浸っていたので癖で駐車してしまっていたのだ。


「ぐ、偶然ここに止めただけよ? たまたまじゃない? あ、そうだ! イサム、ここRCドリフトが出来るのよ。私達が休んでる間に遊んで来たら?」


 何かを誤魔化すかの様に喋り出し、俺にRCドリフトを勧める。


「んぁ? そんな事言ったって俺、自分のRC持って来てないぞ〜」

「私のを貸すから遊んで来たらいいわ、ついでにコース使用料も出してあげる」


 たまたま楓にRCカー返していたのがBMWのトランクに載せて有り、お金に乏しい俺にはこの話は美味しい話で、ついつい2つ返事で了承してしまう。


「本当かよ! じゃ〜遊んで来ようかなぁ〜2人は休んでくれ、じゃなぁ〜」


 BMWのリアトランクから楓のRC一式を取り出し、遊びに行ってしまう。


「なんとか誤魔化せたわね」

「ねぇ、楓。遊びに行かせてよかったの?」

「なんで?」

「もしかしたら中に、あの人が居るんじゃ〜ないかしら?」

「大丈夫よ、彼、仕事で忙しいから夜しかここには来ないわ」

「そうだといいんだけど……」


 楓の過去を知られまいと俺を急かせ、遊びに行かせてしまった事は後で誤ちであるのを数時間後に楓は知る事になる。


「へぇ〜ここがS市のサーキットコースか〜使用料も払ったし、時間まで遊ぶかぁ。ただ楓のRCカーだから女ぽくって少し恥ずかしいんだよな〜」


 俺は桜色に塗られたFT86を躊躇しながら眺めていた。


「ん! この香水の香り……そして桜色のそのボディ、楓くんか?」

「へぇ?」


 1人の青年が俺のピットテーブルで立ち止まり、声をかける。


 (今、この人、楓と言ったか? 楓の知り合いがこの場所に居るのか? 誰だ!)


 俺が振り向くその場所には、あの紳士的でイケメン男性である羽瀬川氏が立っていた。


「男性……君は楓くんの知り合いなのかい?」

「そうですけど……」


 この男に対し、隠し盾も嘘もつけそうに無いので、正直に答えた。


「そうか……時に楓くんは元気で居るのかなぁ? いや、君みたいな男性にそのボディを預けてるんだ、きっと元気なんだろう。声を掛けて悪かった」


 そう言って立ち去ろうとする羽瀬川氏を俺は引き止める。


「あの、あの、お願いがあります」

「何かな?」

「漣美月さんとの婚約を解消してくれませんか?」

「身も知らない君に婚約を撤回をしろと言われて、その権限は無いと思うのだが、なんでかな?」

「確かに面識の無い俺が言うのはお門違いかも知れません、だけど楓の為にそこを何とか出来ないでしょうか?」

「楓くんが? よくわからないなぁ〜その辺、説明してもらえないだろうか?」


 俺は24ランドで楓と出会い、事の顛末を話してしまう。


「ふむ、それで美月くんとの婚約を解消しろと?」

「そうです」


 羽瀬川氏は少し考え何かを理解したのだろうか、俺と長い話を始める。


「君の名前を教えてもらえないだろうか?」

「群城と言います」

「そうか、群城くん。一つ提案があるのだがいいかな?」

「なんでしょう?」

「僕とRCドリフトで勝負をしてくれないか、そこで君が勝てばその条件を呑む事にしよう」

「えっ?」

 

 いきなりの勝負で俺は驚く。


「勝負って、群馬県最強と言われる人と戦って勝てる訳がないでしょ」

「それじゃ〜ハンディをあげよう、30分間の追走で、1周でも追走出来たら君の勝ちにしよう。これでどうかな?」


 ここで勝てば楓を幸せに出来ると思った俺は、この勝負を受ける事にした。


「わかりました。その勝負受けます」

「そっか、なら少し待っててくれたまえ用意をしてこよう」


 一度立ち去る羽瀬川氏を後に、楓のSAKURA D4を調整して準備を整える。


「ここで勝てば楓も大喜びするだろうなぁ〜そして嫌々一緒になる美月ちゃんだってきっと……」


 勝手な思い込みを抱きながら整備をしていると、俺の周りに男女の集まりが出来てしまう。


 ある男は言う。


「おい、羽瀬川さんに挑戦するなんて思い上がりもいい所だ! いい加減にしろよ、10年早いんだよ、さっさっと帰れ!」


 反対に女の方は……。


「ねぇ、勝ったら銀河様はあの女と別れるんでしょ? お願い勝って! 私、銀河様と一緒になりたいの」


 様々な罵倒罵声や応援をされたりするが、俺は耳を塞ぎ聞こえないフリをした。


 (うるせ〜! うるせ〜! 俺はお前達の為にやるんじゃ無い。楓の為にやるんだよ!)


 心で叫び、羽瀬川氏が来るのを待つと、数分後にやって来る。


「待たせたね、それでは始めようか。皆んなすまない。少し程コースを貸して欲しい、使用出来なかった時間の料金は僕が出す。だから承諾して欲しい」


『羽瀬川さんの為なら全然構いませんよ。好きな様に使って下さい』


「皆んな、ありがとう」


 一礼してお礼をする羽瀬川氏はピットバックからRCカーを取り出し、コース場に置く。


「それじゃ〜俺も」


 楓のFT86をコースに置こうとした時、横に置いてある羽瀬川氏のRCカーを見て動きが止まってしまう。


 (えっ! う、嘘だろ? 有り得ない……)


 俺が見た、羽瀬川のRCカーは桜色をしたクーペ型のAE86トレノだった。


 (これ、どう言う事だよアイツが桜色って……そしてクーペ型AE86だと〜?)


 動揺を隠せない俺はその場で凍つく様に硬直をして動く事が出来なくなった。


「どうしたんだい? さぁ〜始めよう」


 羽瀬川氏の言葉で我に返る俺だが、操作位置に戻ると、また頭の中が真っ白になり勝負所では無くなっていた。


 (これ、どう言う事だよ。あのRCカーは楓の好きな桜色の塗装……それって以前、楓が羽瀬川銀河と付き合っていたって言う事なのか? それならあの上手い走りが出来るのも合点がいく。しかし……)


 呆然と立ち尽くす俺を見て、羽瀬川氏はスタートの合図を掛ける。


「群城くん、始めるけどいいのかな? 走り出すよ」

「……あ、はい」


 真っ白になっている俺は、オウム返しをするかの様に返事だけして、呆然と立っていた。


 羽瀬川氏はRCカーを数十㎝進ませた後、止まって待っていた。

 羽瀬川氏の動いたのも気づかず、プロポを持ったまま俺は微動たりともしない。


 (初めて24ランドでタミヤの完成品を走らせて初心者ぶったのは、演技なのか? 俺がDTだから揶揄からかって馬鹿にしてオモチャにして隠れて嘲笑っているのか?


 俺は走馬灯の様に楓との出会いを思い、考え続けていた。

 羽瀬川氏はそんな俺と腕時計を見つながらRCカーをそのまま止め、待ち続けている。


『何やってるのよ〜早く走りなさいよ〜勝って婚約破棄させるのよ!』

『羽瀬川さんの偉大さに恐れを知ったか〜あの人に勝負を挑むなんて到底無理なんだよ」


 野次だけが飛び交うが、俺にはその声は聞こえはしないそして無情にも時間だけが刻々と進んで行く。


 (俺はどうしたらいいんだ? 何をどうすればいいんだ! 金持ちのオモチャなのか? しかし色々としてくれたのも事実だし……本当はなんだ?)


 どんどんと深読みをしてしまい、悪い方向へと考えが進んでしまう。


「……30分経った、時間だ」


 腕時計で30分を確認する羽瀬川氏は、自身のRCカーをコースから回収してピットバックに収納してしまう。


「勝負は僕の勝ちだ、だからこの件には関与しないで欲しい。それでは失礼するよ」


 そう言って羽瀬川氏は立ち去ってしまう。


 その場でプロポを持ちながら立ち尽くしていた俺も勝負がついた事だけはわかったらしく、意識 朦朧もうろうとしながらRCカーを回収して、抜け殻のような状態でピットテーブル座った。


『何をしてるのよ! 貴方のせいで銀河様をモノに出来ないじゃないの〜この役立たず!』

『羽瀬川さんと、勝負を挑む事が自体が間違っているんだよ、わかったらとっとと帰れ!』


 周りに居る男女からの罵詈雑言を浴びせられながらも俺は放心状態で座ったままだった。


 (俺はこれからどうしたらいんだ? この先、何をしていけばいいんだ! もうわからない……)


 言いたい事を言った、周りの男女はいつのまにか居なくなり、1人になった俺は思い付いた様に帰り支度をする。


「帰ろう……」


 ピットテーブルの上にあるRCカーを片付け始め、楓の車に戻る。


「遅かったわね、そんなに楽しかったの?」


 楓は数時間、休めたのかかなり元気で居る。


「……」

「どうしたのよ〜黙り込んで」

「なぁ〜 楓、俺に言いたい事はあるか?」

「何よ、もったいぶって何が言いたいのよ〜」


 少し間が空いた後、俺は重い口を開き言葉を発する。


「さっき、羽瀬川さんと出会った……」

「!」


「お前、24ランドで会った時にRCドリフトをするのが初めてだって言ったよなぁ〜? あれは嘘かよ! 俺を揶揄う為の口実か? そうやって色んな男を騙して遊んでいるのかよ。男の純情を弄んでるのかよ、見損なったよ」

「違うの、違うのよ、弄んでなんかいない、話しを聞いて!」

「俺は金持ちのオモチャじゃ無い! 世話になった、後は1人で帰る」


 俺は楓のRCカーを後部座席に放り込み、立ち去ってしまう。


「待って、イサム!」


 俺は早歩きでその場から立ち去った。


「ナツ、私どうしたらいいの?」

「楓、彼に出会ってしまったのは仕方がない事よ。羽瀬川様が何を言ったかわからないけど後はあの人達に任せましょ」

「……」


 楓はナッツンにしがみつき、泣き始めていた。


「楓、あの人ならいつか理解してくれるわ。だからそれまで待ちましょ」


 泣きじゃくる楓の頭を撫で、ただ介抱するナッツンだった。


 第22話に続く……



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