第20話 フェスティバル

 楓が薬を飲んで1時間が経つ。


「ん、ん〜少し寝ちゃったのね……」


 運転席から座席周りを見渡すと、ナッツンも俺もぐっすりと寝ていた。


「イサムにはバレてないかしら?」


 後部座席を見ると俺は頭を項垂れ、ニヤつかせながら寝言を言い始める。


「でへ、でへ、ナ、ナッツン……俺と付き合ってくれ……」


 その声が聞こえた途端、楓は怒りを露わにして先ほど飲み終えたペットボトルを俺の頭に投げ付ける。


 コッン!


「いてっ〜! 何するんだよ」

「うるさい、バカ!」


 なんで怒られたのか、身に覚えが無い俺は『また楓のヒステリーかよ』とブツかった頭を撫でて痛みをとっていた。


「ナツ、起きて。そろそろ行きましょ」


 寝ているナッツンを揺さぶり起こすとゆっくりと目を開け、楓を見た瞬間に身体の状態を聞いてしまう。


「ん、ん〜っ、楓。起きたのね、身体はもう平気なの?」

「ナツ、今は……」

「あっ!」


 楓がナッツンにアイコンタクトを送り、首を振る。

 『ダメよ』と合図を出すと、ナッツンも口に出してしまった事に『やばい』と両手で口を塞ぎながら後部座席に居る俺を恐る恐る覗いてみる。


「ん! なんだ楓、調子が悪いのか? 腹を出して寝るからそう言う風になるんだぞ。ちゃんとパジャマか寝巻きに腹巻でも付けて寝ろよなぁ〜」


 などと白々しく明後日な事を言い出し、知らないフリを俺は見せた。

 『ホッ』としながらも楓はその返答に不満を苛立ち、また怒り始める。


「うるさいわね、私はそんなに寝相が悪くないわよ!」


 今度は自身のセカンドバックを俺に投げ付け、顔面にヒットさせる。


「ぐはっ!」


 俺はその場で悶え苦しみ、数分間のたうち回った。


「ナツ! バカがのたうち回ってるうちに変装しましょ」


 楓とナッツンの2人は身バレを防ぐ為に変装を始める。


「楓、これでバレないかしら?」

「大丈夫じゃない? 服も地味だし、髪も纏めてるからバレ無いわよ。後はサングラスとカプリーヌ帽子を被ればOKね」


 5,000人のチャンネル登録者数を持つナッツンは、ここに来ているかもしれないリスナー達にバレ無い様、十分な変装をしていた。


「楓はそれだけでいいの?」

「私はこれで大丈夫よ」


 楓の方も俳優の娘としての意識があるのか、キャスケット帽子と伊達メガネを掛け、身バレを防いでいた。


「へぇ〜変装って凄いなぁ〜コレならわからないかもなぁ〜そしてナッツンはオシャレさんだ」

「褒めてくれてありがとうございます」


 ナッツンを褒める俺を見て、楓も変装を褒めて貰いたくて感想を聞いて来る。


「イサム、私はどう?」


 変装した姿で可愛いらしいポーズを取り、期待をする。


「すげー、すげー、似合ってるよ……」


 目を逸らしテンションを下げ、台詞的な棒読みをして俺は褒めた。


「へぇ〜そう言いう態度を取るんだ〜そんな人はここのチケット代を出してあげないんだからね〜」


 今居る場所が、お金がかかる事を知った俺は青ざめ、楓に謝罪をする。


「何? この場所はお金かかるのか? わかった謝る。浅はかな態度をとった俺が馬鹿でした、すんません。なのでチケット代を出して下さい!」


 車の後部座席で、必死で直角になるほど頭を下げ謝った。


「バカね〜冗談に決まってるでしょ、さぁ行くわよ」


 ホッとした俺を尻目に、変装した楓達は車から降りる。


「お、おい! そう言えばここは何処だよ? なんか広い駐車場に居るけど?」


 俺はこの駐車場が伊香保の何処なのかわからず、楓に場所を聞いてみた。


「ここは伊香保のグリーン牧場よ、来た事ないの?」

「幼児の時に来た位で、大人になってからは来たことが無いな〜まぁ〜彼女がいない俺には来る必要性なんってないしね……」


 『彼女が居ない』と言う所から声のテンションが下がり、ゴニョ、ゴニョ、声で俺は良い終える。


「何、ゴニョ、ゴニョ、行ってるのよ、出かけるわよ」


 車から降り、少し歩く3人が見た光景は何かのイベントがあるのか、国産スポーツカーがたくさん並んで俺を圧巻させた。


「うお〜すげ〜なんだこりゃ〜あのアニメのクルマ達がレプリカで並んでるぞ! お、おい、楓。このイベントってあの峠レースのイベントのやつか?」

「そうよ、貴方。このアニメ好きだったでしょ? これを見せたくて連れて来たのよ」


 最近はRCの事ばかりしてた俺に息抜きをさせたかったのだろう、楓はこのフェスティバルを知り計画を立てていたのだった。


「神様、仏様、楓様! このフェスに連れてきてありがとうございます。ナンマイダ〜 ナンマイダ〜」


 俺は楓に手を合わせ拝んだ。


「バカな事やっていないで、行くわよ」


 イベント会場を歩き周る3人だが、俺は大興奮で先に歩き行ってしまう。


「うひょ〜すげ〜色んな車があって嬉しすぎるぜ!」

「ふふふっ、まるで子供みたい」

「ナツ、あいつは何も考えていない、ただのバカよ!」

「男の人ですものこう言うの見て、はしゃぐのは仕方がない事よ」

「それがバカって言うのよ」


 先に行って聞こえないのをいい事に、俺の悪口を言う楓に対してナッツンは優しく弁護していた。


「ナツはどんな人にも優しいのね」

「そんな事ないわ、私だって変な事を言われれば怒るわ」


 歩きながら話す2人は仲むつまじく、まるで姉妹の様な光景だった。


「あ、あれはパンダ色のAE86トレノだよ! それに黄色いFD3Sに白いFD3SのRX-7もある。すげ〜すげ〜」


 2人の仲を水をさすかのように俺の大声が響、2人の邪魔する。


「本当、子供なんだから〜」

「うふふふっ」


 そんな話をしていると駐車場に設置していた各スピーカーからアナウンスが流れる。


「これより、AE86とRX-7のドリフトパフォーマンスが始まります。お時間がある方は、お気軽にご観覧ください」


「実車のドリフトだよ、見にいこうぜ!」

「ほんと、イサムはガキね」


 興奮しながらドリフト会場に行く俺を2人は顔を見合わせ、呆れ返りながらついて行った。


「ご会場の皆様、お集まり頂きありがとうございます。これよりAE86とRX-7によるドリフトパフォーマンスを行います。ご観覧の上お楽しみください」


 駐車場には複数のパイロンが設置され、コースを作り、そこに水が撒かれていく。


「あれ、なんで水を撒くのかしら?」

「低速でドリフトし易くする為と、ギャラリーにタイヤスモークで迷惑をかけない配慮さ。D1みたいに競技で行うドリフトと違って一般客が居るパフォーマンスだから出来るだけ不快感を与えないようにするんだ」

「そうなんですね? 勇さん詳しいですね」

「いや〜それほどでも〜」


 照れながらナッツンの質問に俺は答え得意がるのを見て、楓は不満に思い俺の腕を抓り腹いせをする。


「いて〜っ! だからなんでお前は俺にそう言う事をするんだよ〜」

「自分の胸に聞きなさい、フンっだ!」


 頬を膨らませて怒る楓を俺は毎度、毎度、なんで八つ当たりするのかわからないでいた。

 会場ではAE86とRX-7がエンジンを吹かしながらスタートの準備をしている。

 少し経つとユーロビートの曲が流れ出し、会場が沸き始める。


「うおっ〜盛り上がって来た〜!」

「会場の皆さん、こんにちは〜♪ 今日は峠レースのイベントにようこそいらっしゃいました〜これから主人公が使っていたAE86トレノと、RX-7兄弟が使っていたFC3SとFD3Sのドリフトパフォーマンスをお見せしたいと思いま〜す。皆様、楽しんでご観覧してくださいね〜♪ それではいきましょ〜スタート〜!」


 司会の女性が話す後でAE86が単走で飛び出しパイロンに向い、走り出していく、パイロン前に差し掛かると86はジムカーナをするようにドリフトをして会場を沸かせて行く。


『うお〜すげ〜最高!』


 その後にRX-7の2台が次々と飛び出し、会場はヒートアップして行く。


「これだよ、これ! たまらないぜ〜」


 俺も大興奮で観戦していた。


 一通りのパフォーマンスが終わる頃にはお腹が減ったのか俺の腹がなり始め、楓達に食事をする事を提案する。


 ぐぅ〜!


「なんか腹へってきちゃったよ」

「欲に忠実な人ね、呆れてモノも言えないわ」

「確かにお腹空いちゃったわね、何か食べましょ」


 俺的にはその辺に出店している露店の食べ物でよかったのだが、お嬢様とアイドルYouTuberが居るのでお伺いを立てる事にした。


「お嬢様方はお昼、何をご所望で?」

「言い方が気持ち悪いわね〜そんなの牧場内のレストランに決まってるでしょ」

「あっ、左様ですか……」


 聞いて確認して良かったと思いながら牧場のレストランへと入っていく。


「私はオープンサンドでいいわ、ナツは何がいいの?」

「わたしはパスタプレートでいいわ」

「OK〜! それでイサムは当然、お子様ランチよね〜」

「おいっ」


 俺をイジる楓を見て安堵するナッツンは、このまま何事も無く終わって欲しいと思っていた。


「冗談よ、イサムはカレープレートにしてあげる。それじゃ〜注文してくるね。ナツ、行きましょ」

「ええっ〜」


 俺をテーブルに残し、2人は出かけてしまう。


「はぁ〜アイツの相手は疲れるなぁ〜それにしても、あの楓が病気持ち? 有りえるか〜? それとナッツンもなんか変だぞ? 控えめで優しいのはわかるが、お友達と言うよりはなんか姉妹ぽくも見えるし〜一緒に暮らしている感じでもあるし…… まさか、まさかな〜?」


 ぶつぶつ小さな声で語った後、俺はこれ以上の詮索は辞めようと外の庭を眺め黄昏ていた。


「アンタ、何ブツブツ言ながら黄昏てるのよ〜似合わないわよ」

「うおっ! 楓、お帰り。早かったなぁ〜」


 楓とナッツンが戻ってきた事に気づかなかった俺は驚き、びっくりする。


「別に早くないわよ、それに何を考えてたのよ〜?」

「ん? 今日はいい天気だなぁ〜って思ってさぁ」

「嘘、なんかいつもより思い詰めていたわ」

「まるで俺が陰キャ、みたいに言うじゃ〜ないか〜」

「まるでじゃなくて、陰キャそのものよ」


 レストラン内でも、相変わらず痴話喧嘩する2人を見るナッツンは、微笑ましく笑っていた。


「いつもお二人さんは仲良しでいいわね」

「ナツ、辞めてよ。こんな男と仲良くなんてなるわけ無いわ!」

「はい、はい、わかってるわよ」

「も〜」


 顔を膨らませる楓と、それを揶揄からかい楽しむナッツンを見て、俺は本当に2人はただのお友達なのだろうか? っと思いながらも、2人の女性に囲まれてる祝福を感じていた。


 (ここ最近まで俺は、女のおの字も無かったけど、2人の女性に囲まれて祝福だな〜)


 俺の頬が緩み、鼻が伸び、デレ〜っとしていると、周りから何かが聞こえてくる。


「あそこに居るの、YouTuberのナッツンじゃ〜ないのか?」

「でも、ダサダサな男がいるぞ! あんな冴えない男と一緒にいるんだから違うんじゃ〜ないか?」

「もう1人の女はマネージャーか?」


 などと周りが賑わい始め、周囲が騒がしくなる。


「ヤバいわ、バレそうだから早く食べて出ましょ」

「そうね」


 楓達は、急いで食事を済ませ、レストランから出る。


「バレてないかしら?」

「ここに居ると追いかけて来る人もいるから立ち去りましょ」

「お、おう」


 駐車場に戻り、車で会場から出る3人だがやはりナッツンのファンらしき者が車で1台追いかけて来る。


「楓、やっぱり後を付けられてるわ、何処かに逃げた方がいいんじゃないかしら?」

「任せて! 私、こう言う映画で観たカーチェイス。やってみたかったのよね〜しっかり掴まってて!」


 S市の市街をぐるぐると回り、信号や細い路地などを使って追いかけてくる相手を巻くと、落ち着く為にとある駐車場に停車した。


「たぶん、巻いたわね、ここで落ち着きましょ」


 そこはS市の24ランドで有り、ここで俺は最大の敵と出会うのであった。



 第21話に続く……

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