第19話 行くわよ

 ピンポーン、ピンポーン、ドンドンドン。


「イサム居る〜?」


 ドンドンドン。


「開けなさ〜い、イサム〜!」


 ガチャ。


「なんだよ、うるせ〜な! 近所迷惑だろ。静かにしろよ〜」


 早朝なのか、まだ頭が回らない俺は玄関の扉を開け、寝ぼけながら楓と会話をする。


「やっと出て来たわね! レディーを待たすなんて最低よ」

「んぁ? なんだ楓かよ〜今日なんか約束したっけ?」

「そんな事はいいから行くわよ!」


 寝ぼけてる俺を他所よそに、楓は何処かへ連れて行こうとする。


「早くって……んっ! お、おい、お前〜なんでこのアパートを知っているんだよ?」


 ハッキリと目が覚めた俺は頭が回り始め、住所を教えていない楓がなんでここに居るのか問いかける。


「そんなの住所を教えて貰ったからに決まってるでしょ〜?」

「誰にだよ……」

「探偵の人よ」

「なんだって!」

「だ〜か〜ら〜貴方の軽自動車のナンバーから探偵に調べて貰って教えてもらったのよ」

「……」


 絶句するしかない俺は、このお嬢様の行動と資金を使って探偵まで雇うブルジョワぶりにおののくしかなかった。


「お前、それ本人の前で平然と言うか〜? ほぼ犯罪だぞこれ! そして俺のプライバシーはどこにいった?」

「下僕にプライバシーなんてある訳ないでしょ〜。さぁ〜行くわよ」

「行くって何処によ?」


 ぽか〜ん、としながら俺は尋ねる。


「伊香保よ」

「伊香保〜? なんでお前と一緒に伊香保なんて行かないといけないんだよ〜行かね〜よ」


 まだ寝足りない俺はいきなり休日に来た楓を手で煽り、もおう一度寝なおしたいので追い返して部屋へ入ろうとする。


「へぇ〜私にそんな態度とっていいの〜?」

「な、なんだよ、脅しても無駄だぞ〜」


 脅される物など無いと身構える俺に対し、ニヤリと楓は含み笑いをしてある事を言う。


「へぇ〜じゃ〜ある人を連れて来てるけど会わなくいいのね〜?」

「ある人って誰だよ?」


 ある人が気になる俺は部屋に入るのを止め、楓の言葉を聞こうと元の場所に戻る。


「ヒント、貴方がYouTubeで見てる人よ」

「俺がYouTubeで見てる人って言ったら、Vtuberの巫女さんだろ? でもあれはバーチャルだから来る訳ないよな〜? あと考えられるのはナッツン? それも有り得ないよなぁ〜誰だろ〜? う〜ん……」


 腕組みをして、頭を捻りながら俺は思い当たる人物を思い浮かべる。


「ピンポン、ピンポン、ピンポ〜ン、正解!」

「何! う、嘘だろ? お前、仮にもアイドルYouTuberだぞ! まだ登録者数1,000人超えだけど、これから人気が出るアイドルだぞ!」

「今は5,000人超えよ! 推しなら覚えときなさい」


 楓はかなり把握をしており、ナッツンの知り合いである事に俺はたじろいだ。


「ぜって〜嘘だ! 有り得ない……でもあの俳優の娘だから有り得るのか?」


 考え込む俺に楓は論より証拠とばかりに自分の車を指差し、話を続ける。


「そんなに疑うのなら、私の車に見に行くといいわ」


 疑う様に、俺はそのまま車に行こうとするが楓にシャツを掴まれ止められる。


「降りるならちゃんと服、着なさいよね〜」


 楓に注意された俺の姿は、よれた白いTシャツに柄があるトランクス一丁で立っていた。


「きゃ〜楓さんのエッチ〜 !」

「今ままで会話してて白々しいわね。そんなのパパので見飽きてるわよ」

「えっ〜そこは女なんだから乙女らしく恥じらいを持てよ〜って言うか、もしかしてお前! オヤジさんの風呂上がりのキン……」


 バシーン!


 途中まで言い掛けた途端に楓は俺の頬を張り倒し、それ以上言わせない様にした。


「そんなの見る訳ないでしょ〜バカ! 早く着替えて来なさい」


 楓は背を向け、プンスカと怒っている。


「いててててっ、なんだよ本気で張り倒す事ないだろ〜まったく〜」


 頬を抑えながら俺は部屋へと戻り、着替えを始める。


「ナッツンが居るんなら変な格好は出来ないよな〜ちゃんとした服装にしないとなぁ〜」


 カジュアルながら自分自身の中で1番まともそうな服を選び、着替えて玄関のドアを開けて下に行こうとする。


「遅〜い!」


 楓は腕組みをしながら指をトントンと叩き、待ちくたびれながら通路に居た。


「そんな事言っても、いきなりだしなぁ〜」

「言い訳はいいから行くわよ」


 楓は俺と共にアパートの下へと降り、駐車場へと向かう。

 駐車場には楓の白いドイツ車であるBMWが置いてあり、その助手席には清楚で長い黒髪の女性が座っていた。


「ごくっ!」


 (本当にナッツンなのか? 『ドッキリ!』じゃ〜ないよな〜?)


 未だ信じられない俺は助手席の目の前に辿り着くまで疑いが収まらなかった。


 ガチャ!


 助手席に辿り着くと扉が開き、清楚な女性は車から降りて挨拶をする。


「おはようございます。今日はよろしくお願いしますね」


 丁寧な言葉で挨拶をし、軽くお辞儀をする彼女はYouTubeで見たままの清楚で綺麗な本物のナッツンだった。


「ほ、ほ、ほ、本物のナッツンだよ! ど、ど、どうしよう〜やべ〜やべ〜よ!」


 YouTuberアイドルである憧れのナッツンに会ってしまった俺は直立不動となり、頭が真っ白で動けないでいた。


「そろそろ現実に戻そないとダメね、いい加減に戻って来なさい!」


 楓は俺の背中に張り手を叩き付け、目を覚めさせる。


 バシっ!


「いて〜っ、何すんだよ!」

「戻って来たわね、挨拶を済ませたらサッサッと行くわよ」


 少し怒り気味な楓はツンケンしながら車に乗り込んでしまう。


「ナツはそのまま助手席ね」


 そう指示をして楓は後部座席に座り込んでしまう。

 叩かれた背中を撫で、痛みを和らげる俺はある事に気づく。


「なぁ〜楓? 俺は何処に乗ればいんだ?」


 後部座席に座っている楓に聞く。


「私の従者じゅうしゃなのだから運転席に決まっているでしょ」

「はぁ〜? なんで俺がそうなるんだよ」

「下僕だからに決まってるでしょ」

「下僕も何も自分の軽自動車しか運転した事しかないのに、こんなデカい外車を運転できる訳ないだろ!」

「じゃ〜レンタカーだと思って運転しなさいよ」

「ムリだっつうの!」


 相変わらず反論しても論破され、そのまま数十秒が経つが沈黙だけが続き、諦めて運転席に乗り込む事にした。


「うんだよ、たくもう〜」


 運転席に座った俺は、自分の車の様に鍵を探しエンジンを掛けようとする。


「あれ? 楓、この車の鍵が無いんだがどうやってエンジンを掛けるんだ?」

「ここにプッシュスタートがあるでしょ!」

「何〜? 鍵がいらないだと〜!」

「じゃ〜サイドブレーキは何処だよ、見当たらないぞ!」

「パーキングブレーキはシフトレバーの所、もう〜何も知らないのね!」


 それもそのはずである、俺の軽自動車『ステラ』は数十年前の中古車で有り、鍵でエンジンを掛け、サイドブレーキは座席の横にあるタイプなのだ。


 その会話を助手席で見ているナッツンは『クスクス』と笑い、2人の痴話喧嘩を楽しんでいた。


「2人とも面白〜い、お似合いの男女ね」


「ち、違うわよ。コイツは下僕であって調教をしてるだけなの、こんな男と一緒にしないで!」

「はい、はい、わかってるわよ。羽瀬川様、一筋なんでしょ、わかってるわよ」

「もう〜ナツは〜」


 ちょっと膨れ顔をしながら怒る楓は、それでも照れくさそうに答えていた。


 一方の俺はと言うと、そんな女性同士の会話より車内の香水の匂いと女性特有の匂いで酔い始め、男的に耐えられないでいた。


「どうしたのよ〜?」

「いや、ちょっと寝不足でさ〜体調がかんばしくないようだ」

「まったく、しょうがないわね〜どうせ夜更かしし過ぎたんでしょ。いいわ、私が運転してあげる」

「自分の車なんだから始めからそうすればよかったんだよ」


 愚痴りながら俺は後部座席に移り、楓と交代する。


「そうだ、奈津美さん。 youtube登録者数5,000人おめでとうごうざいます」

「ありがとうございます。お名前は勇さんでよろしいですか?」

「は、はい! ナッツン、いえ奈津美さんに名前を呼んで頂けるなんて光栄です」

「光栄なんて……私は楓のお友達ですから今日は普通に接してくださいね」

「なんて優しい人だ、やっぱりナッツンは女神様だ!」


 運転をしている楓は、俺とナッツンが楽しく会話してるのが面白くないのか、割って入る様に話をしてくる。


「ナツ、こいつは下僕だからなんでも命令していいわよ」

「いや、お前の命令は効かない。だが女神であるナッツンの命令はなんでも効く」

「へぇ〜そんな態度とっていいの〜? 次回からナツに合わせてあげないわよ〜」

「すいませんでした! 俺は2人の下僕です。なんでも聞きますから許してください」


 『会わせて貰えない』と言うキーワードを出され、言う事を聞くしかない俺は後部座席で頭を下げ謝った。


「わかればいいのよ」


 ナッツンはその会話を聞いてクスクスと笑い、和みながら道中を走り進んで行く。

 走り始めてから数十分も経つと、寝不足だった俺はいつの間にか眠り込んでしまい女性同士の会話が続いていたが、運転をしている楓に異変が起き目覚め始める。


「楓! 大丈夫? やっぱり休んだ方がいいわ」

「ナツ、大丈夫よ。今日はいつもより体調がいいの、それに彼も居るから心配させられないわ」

「でも、こんなに汗が! やっぱり勇さんに話をして運転を交代したほうがいいんじゃない?」

「ナツ、それはダメよ! イサムにはまだこの事を知られたくないの」


 2人の慌ただしい声で完全に目を覚した俺だが、楓の『聴かれたくは無い』と言う言葉に、このまま寝たふりをするしかなかった。


 (あんなに威勢がいい楓が持病持ち? あの2人は何を隠しているんだ?)


 寝たふりを続けながら考える俺だが、知られたくないと言う楓の気持ちを汲んで、まだ寝続けようと意識を遠のかせ寝てしまう。


「とりあえず、近くのコンビニか何処かで休みましょ」

「もう少しで着くから大丈夫よ……」


 冷や汗を掻きながら辛そうに運転を続ける楓は、なんとか目的地の駐車場にたどり着くと、車を止めナッツンから処方箋と水をもらう。


「楓、お薬と水よ、飲んで」

「ナツ、ありがとう……」


 運転を終え、ぐったりしながらも医者から貰った処方箋を水で飲み干し、しばらく休む楓はナッツンの見守る中で寝てしまうのであった。


第20話に続く……

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