第16話 1分の戦い その2
「よし、俺のYD-2にもブラシレスモーターを付けたぞ」
楓が許婚になると言う言葉を信じ込む俺は、改めてRCドリフトをやり続ける事にした。
「今度はプロポもデジタルプロポだし、アイテム類も皆んなと同じになったんだ。GRCの定常円旋回バトル、またRCドリフトをやり直すにはうってつけの舞台だぜ」
定常円旋回バトルイベントに目標を設定した俺は1人練習をしようと24ランドに行ことする。
だがその前にメッセージが届く。
「ん? 楓から?」
『今、どうせ1人で時間をもて遊んでいるんでしょ。いつもの時間に24ランドに来なさい』
そんなメッセージだった。
「気合い入れた途端にこれかよ、へぇ、へぇ、行きますよ〜」
楓に返信をした俺はピットバックとRC工具を抱えて24ランドへ向かった。
「何やってるのよ、遅いわよ!」
先に待っていた楓が腰に手を当て仁王立ちで待っていた。
「なんでそんなに怒ってるんだよ、いつもこのぐらいの時間だろ〜」
時間なんていつも曖昧なのに今日に限って楓は小うるさく言って来る。
俺はピットバックから2台のRCカーを取り出し、新旧の86を並べた。
その2台の86は俺の蒼いAE86に対して楓の桜ピンクのFT86が並ばれ、リンクコーデ的な感じであった。
「こう並べるといい感じね〜」
「ん? そうか〜? 楓、早く走らせたくてうずうずしてたんだろ? 先に走らせていいぞ〜」
楓が早く待っていたのはSAKURA D4を走らせたくて仕方が無かったのだと俺は思い込み、先に走らせる事を進める。
「ムッ!」
ゲシっ!
「痛て〜何すんだよ!」
「別に〜」
無神経に言う俺に怒りを持ち、楓は俺の脚に蹴りを入れた。
「たく〜なんだよ〜もう〜」
なんで蹴られたかわからない俺は『今日も機嫌が悪いのかよ〜』と思いながら、ある物を取り出し準備しながらこれが彼女なんだと諦めていた。
「ねぇ〜何を始めるの?」
ゴソゴソとしている俺を、不思議そうに思いながら楓は覗き込む。
「これか? これはさっき100均で買ってきたマーカーさっ」
「それで何をやろうとしてるのよ?」
「今度、とある場所でイベントをやるんだ。その練習なんだけどさ、中々上手く走れないんだよなぁ〜」
直径20㎝のマーカーの横に俺のAE86を置き、グルグルと定常円旋回を始める。
「くそっ、この! チキショウ!」
ヨタつきながら旋回するAE86は、歪な動きで大きな円を描いたり中心であるマーカーを乗り上げたりと安定した走りが出来ないでいた。
「定常円旋回って、そんなに難しいの?」
「ま〜ねぇ、ある人が言うにはコースを上手く走らせる事が出来る人でもこの定常円旋回を上手く出来ない人が沢山居るって言う話さ」
苦戦をしながら俺は答えた。
「ふ〜ん……ねぇ、それ私にもやらせて見せてよ」
「別にいいけど……」
AE86を回収し、楓のFT86を代わりにマーカーの横に置く。
「これ以外に難しいぞ〜」
プレッシャーかける俺だが、楓はそんな事をお構無しに走らせ始める。
「えっ! おい、嘘だろ?」
「お、お前、本当に初心者なのか?」
「想像にお任せするわ」
同じ方向に走っていると今度はスピンターンして反対に旋回をし、女性が恋愛で良く使う曖昧な言葉を使って話をはぐらかされてしまう。
「ハァ〜なんで俺の周りの人達はこんなに上手い人だらけなんだよ……」
「イサムも一生懸命頑張ればきっと上手くなるわよ、きっと……」
「きっとって、その言葉『初心者です』って言ってるお前に言われたくないんだけどな〜それに一生懸命ってどの位練習すればいいんだよ」
「ん〜そうね〜ちゃんと旋回が出来るまでかしら」
「それ、答えであって答えじゃ〜ね〜」
具体的な時間を知りたかった俺なのだが、楓は大雑把に答え性格の不一致と才能の差なんだろうとこの会話を打ち切る事にした。
「お前、このイベントに出たらきっと優勝、間違え無しだろうなぁ〜出てみないか?」
「私、そう言うの興味がないわ。それに人前に出ないって前に言ったでしょ」
「そうだな、すまん……」
なんでそんなに『人前に出たくないんだろう?』っと、俺は思ったのだが、聞いてもそれを正直に答えてくれる訳も無く、その日はそのまま過ぎて行った。
◇
イベント当日、俺はGRCで定常円旋回バトルに挑む。
「群城くん、おはよう。調子はどうだい?」
俺の師匠でも有り、GRCの常連客である神来社さんが挨拶にやって来た。
「あっ! おはようございます、神来社さん。練習はしましたが、まぁ〜相変わらずですよ」
「そっか、エントリークラス頑張りなよ」
「はい、頑張ります! 神来社さんはエキスパートですか?」
「いや〜なんか殿堂入りにされちゃってさ〜今回から店長の代わりに運営する側になったんだよ」
焼きそば屋の方が忙しいのか店長は神来社さんにイベントを一任させ、主催を仕切らせる事にしたらしいのだ。
「それは大変ですね〜でも今の神来社さんはここでは敵無しですもんね」
「オレはそんなに上手いなんて思ってはいない無いよ、ただいつも楽しんでるだけなんだけどな〜? まぁ〜運営するのも悪くは無いからやるけどね」
謙虚なのか本音なのかわからないが、きっと本音なんだろうと俺は思い、その言葉を信じた。
「じゃ〜自分も神来社さんの言う『楽しむ』を見習ってこのイベントを楽しんでみますよ!」
「おっ、その粋だ群城くん。それじゃ〜開催の挨拶をするからまた」
「はい、運営。頑張ってください」
離れて行く神来社さんに手を振り、その後俺はYD-2の整備に入る。
「楽しむ事か〜そうだな。何も考えず楽しもう」
開催式が始まり主催者代理として神来社さんが挨拶を終えると、すぐにエントリークラスが始まる。
「それじゃ〜定常円旋回バトルのエントリークラス始めま〜す。ゼッケン1番からはじめて下さい」
エントリークラスの競技が始まり各初心者らは、おぼつかない腕前で旋回をして進行していく。
「はい、ゼッケン5番の方。5周で終了です、次の6番の方、準備してくださ〜い」
進行は進み、俺の順番が近づいて来る。
「エントリークラスは全12人、俺の順番は7番だ! 気持ちを冷静にしろ」
気持ちを抑え込見ながら順番待つ俺なのだが、やはり直前になると身体が震え出しプレッシャーがのし掛かる。
「はい、6番の方10周で終了です。次のゼッケン7番の方、準備をどうぞ!」
俺の順番となり、手が震えながらマーカー横に蒼いAE86を置いてプロポを構える。
「やべ〜緊張が止まらね〜逃げて〜」
小さい競技と言え、経験が少ない俺にはそのプレッシャーは重く、吐き気まで襲うくらいだった。
「それでは始めますよ〜! 3・2・1・Go〜!」
カウントが切られ、ストップウォッチの秒数が減って行く、だが86は走り出さない。
「おい、どうしたんだ? あいつ?」
ギャラリーとなって見ている参加者の一同が騒ぐが、俺はみんなに見られてると言うプレッシャーの重みで真っ白になっていた。
(あれ? 俺、どうしたんだ? スタートのGo! は言われたよな〜? なんでプロポのトリガーを引いていないんだ? あれ? あれ? あれ?)
周りからは呆然と立ち尽くす様に見える俺は何もしないまま突っ立っていた。
(おい、トリガーを引け。俺! 何やってるんだ!)
言葉と裏腹に何も出来ずストップウォッチの秒数は減って行く。
緊張で手は震え、頭は真っ白になり、どうにもならない時、ある人の大きな声が聞こえた。
「群城くん、楽しめ!」
そう言われた時、俺は『ハッ!』と気づきプロポのトリガーを引く。
蒼いAE86はそれに応じるかの様に動き出し、旋回を始めた。
「4・5・6・7……」
カウントがどんどんと減りながら周回数は加算されていく。
ピッ、ピッ、ピー! ピッ、ピッ、ピー!
「終了で〜す」
「えっ! もう終わり?」
俺にとって一瞬で終わった1分の競技、何がなんだかわからないで終了していた。
「ゼッケン7番の只今の周回数は……。 13周で暫定1位です」
(え? 俺、1位? 13周なのに!)
当たり前だが、エントリークラスは全員が初心者であり、初めて競技経験をする人が多い為、本番のプレッシャーの重みを感じる人は多い、なので練習通りの周回数など出る訳がなかった。
「よっしゃ〜暫定1位だよ〜やったよ〜それにしても誰が『楽しめ〜』って言ったんだろう?」
誰しもがわかる人なのだが、俺は余りにも緊張していた為に誰が言ったかわからないでいた。
「神来社さん、ダメじゃ〜ないですか〜主催側が個人を応援しちゃ〜」
「いや、いや、ごめんよ! まぁ〜いいじゃ〜ないですか〜小さな競技だし、この位は勘弁してよ〜」
主席側ではそんな会話をしている事など浮かれる俺にはわからなかった。
「よし、よし、暫定1位! これで俺の優勝は間違い無いしだなぁ」
余裕を見せる俺は勝ち
「次、ゼッケン12番。準備お願いします」
「はい」
帽子を被った小さな子は、A90スープラボディのRCカーを置き、スタンバイする。
「それでは行きますよ〜3・2・1・Go〜!」
ストップウォッチのカウントが切れると同時に綺麗にスタートし、走り始めクルクルと周り続ける。
「うお〜すげ〜あれが初心者の走りかよ!」
参加者の誰しもがそう思う中、俺は何も知らずに焼きそばをほう張っていた。
「いや〜店長の焼きそばは美味かったなぁ〜」
などと余裕をかまして戻る俺は、1位で優勝していると思い自分のリザルトを見に成績表を見に行った。
「えっ! あれ? なんで〜⁉︎」
確定された自分の成績なのだが、実際の成績表を見て俺は驚いた。
それはゼッケン12番が俺の周回数を数段も上回り、1位になっていたのだ。
「俺の倍の26周? エントリークラスでそんな事あるのかよ!」
俺は楓がここに来て、自分の姿が居ない事をいい事に成績だけ出して去っていたんだと思い込んでいた。
「アイツ、興味ないとか言いながら1位取って逃げやがったな〜」
「群城くん、惜しかったね〜」
「あっ、神来社さん! ここに女性が来ませんでしたか?」
「ん? 知らないけど? 何かあったのかい?」
「1位が26周出してるんですよ!」
勝手に楓だと思い込む俺なのだが、それは間違えだと神来社さんの言葉で直ぐにわかる事となる。
「いや〜あの中学生の子が、26周も出すなんって凄いよね〜あれは天才としか言いようがないよ」
「えっ? あの中学生? あれ?」
「どうしたの? 群城くん」
「26周だした子って……」
「前に言った中学生の子だけど? それがどうかしたかい?」
勘違いをし、1位も取れず、中学生に負けてしまった俺は、また自分の過信と自惚れで負けた事を恥るのでだった。
第17話に続く……
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