第15話 1分の戦い その1

 アパートで俺は楓のSAKURA D4に電子機器類を組み込み始める。


「へぇ〜ブララシレスモーターってこう言う感じなんだなぁ〜、それにこのデジタルプロポってスゲーなぁ〜俺のエントリープロポより細かい設定が出来てとても動きがいいぞ!」


 感動しながら組み込む俺は突然その手を止めてしまう。


 (あれ? そう言えば俺、なんでこんな事して浮かれてるんだ? 元は美月ちゃんに近づく為にRCドリフトを始めたんだけどその美月ちゃんはもう他の男の物になってしまったんだし……楓にこれを作りあげて渡したらそれで終わりでいいんじゃないのか?)


 そう思いながらも楓がワザワザ余分に買ってくれた電子機器類を見て不思議に思う。


 (これもなんで俺の為に買ってくれたんだろう? ボディを壊した罪滅ぼしか? あれだけ上手いんだから自分の分だけ購入して、妹の美月ちゃんに勝負すれば良かったんじゃないのか? ボディだって羽瀬川のチームに入るならリトラクタブルのボディを買えばよかったんじゃないのか?)


 俺の所に置かれた楓のヨコモボディを眺め、悩みに悩むが答えなど出ず、わからないまま数日が過ぎていった。


⭐︎


 12月になった休日の日、俺はGSCに居る。

 それは楓のSAKURA D4に電子機器類を組み込む事が出来たのはいいが、いまだアライメントが自分では出来ないので神来社さんに頼む為だった。


「う〜寒い、こんにちは。店長、神来社さん居ます?」

「おっ、群城くん、いっらっしゃい。神来社さんならコースに居るよ」

「ありがとうございます、行ってみます」


 焼きそば屋兼サーキット場を経営している店長に挨拶した後にコースに居る神来社さんに会いに行く。


「こんにちは神来社さん」

「よっ、群城くんどうしたんだい?」

「あれ? コース脇で何してるんですか?」


 神来社さんはコース端で直径20センチのマーカーを置き、その周りをRCカーでグルグルと回っていた。


「ん? これかい、この間の焼きそばバトルが好評だったからまた新しいイベントをやろうって店長が言っててさ。その練習だよ」

「見たところ定常円旋回見たいですが、ルールはどんな感じなんです?」

「ルールはこの直径20センチのマーカーを好きな方向に1分間、周り続けるだけだよ」


 定常円旋回はRCドリフトでは基本中の基本で有り、初めて覚える練習法の1つとして持ちいられている。


「競技って事になるんだったらレギュレーションとかありますよね? どんな感じなんですか?」

「いつも通り、エキスパートとスポーツ、そしてエントリーの3部門それだけだよ」

「そうなると自分はエントリークラスか〜」

「この定常円旋回は基本だからってバカにしてやらない人も多いからね。エキスパートでも下手な人は多いんだよ」


 俺も何度か練習をした経験がある定常円旋回なのだが、単調なのですぐに飽きてしまい辞めてしまっていたヤツだった。


「うっ……自分もその口で直ぐにコースデビューしたから耳が痛い……」

「はははっ、みんなそんなもんだよ」


 話を続けながら余裕で定常円旋回をする神来社さんを見て俺も簡単に出来るのではないかと思い始め、挑戦をして見る事にする。


「なんか凄く簡単そうですね、自分もやってみようかな〜?」

「おっ、やってみるかい? じゃ〜 場所を貸すから走らせて見て」


 俺はこの間、新調したピットバックから蒼いAE86を取り出し、走らせ様とするがアライメントの事を思い出す。


「あっ、そうだ! 神来社さん、一つ頼み事があるんですが?」

「ん? なんだい」

「実はコイツを調整して欲しいんですが?」

「SAKURA D4じゃないか! 群城くんセカンドカーを使うのかい?」


 神来社さんはSAKURA D4をあっちこっち見渡しながら俺と話す。


「いえ、知人から頼まれたんですが、自分ではアライメント調整が上手く出来なくて……」

「友達が出来たのかい? いいよ、じゃ〜奥で調整してるから走らせて遊んでてて」

「お願いします」 


 神来社さんが調整を始める為にコース奥のピットテーブル行くと俺は定常円旋回を始める。


「よし、神来社さんがあんなに簡単に走らせてたんだ、俺だって簡単に……」


 蒼いAE86をマーカーの横に置き回り始めるが、神来社さんの様に安定した回り方が出来ず、マーカーを中心に大きな円を描いたり時にはマーカー自体にぶつかったりと綺麗には回れなかった。


「えっ、どうしてだ? 神来社さん、あんな簡単に回ってたのになんで?」


 1時間以上回り続けてはいるが一行に上手くはならない。


「群城くん、こっちは終わったけどそっちの調子はどうだい?」

「くそっ、この! あっ、神来社さん。これ思ったより難しいですね、全然回れませんよ」

「そうかな〜? 操作感覚を覚えればすぐに出来るようになるよ」


 簡単に言う神来社さんに対し、俺は七転八倒しながら周り続けていた。


「そんで群城くんは、1分で何周回れたのかな?」

「え〜っと、タイマーないからわからないけど10周位ですかね〜?」

「ふ〜ん、じゃ〜腕時計のタイマーで測ってあげるから試してみて」

「わかりました」


 一度、蒼いAE86を停止させカウントを待つ。


「準備はいいかい? じゃ〜カウントするよ!」

「いつでもどうぞ」


 3・2・1・Go!


 Goと同時に動くはずのAE86だが、少しもたつきながら走り始める。


「くっ、スタートしくった! 中盤で取り戻すしかないな」


 オボつかいない走りで回り続ける俺の86は、相変わらず大きく回ったり、小さくなってマーカーにぶつけたりして1分が経ってしまう。


「はい、1分終了」

「どうでしたか?」


 どの位走れたか気になる俺は神来社さんに食い入る様に聞く。


「只今の群城くんの走りは……。16周でした〜」

「う〜ん、そうなんですね〜やはり難しいなぁ〜」

「エントリークラスでその位の走りが出来るなら御の字じゃないかな〜?」

「えっ? そうなんですか? 信じちゃいますよ!」


 神来社さんに太鼓判を押され、自信を持った俺は今度こそはっと、気合いを入れた。


「まぁ〜今のは一般的な話しだから競技本番ではどうなるかわからないし、上には上がいるからもっと精進しなよ」

「わかりました、練習しときます」


 自信を付け、安心して楓のD4を受け取り帰る事にした。


「今度こそ、エントリークラスで1位を取る!」


 帰りの運転をしながら次回のイベントの優勝を狙おうと思う俺なのだが、ある事を思いだす。


「あれ? 俺、このD4返したらRCドリフト辞めるんだった……イベントの乗りにツイツイ参加するって言ったけど、どうしよう……」


 悩みながらも数日が経ち、楓からLINEメッセージをもらった俺は、深夜の24ランドに居る。


「ねぇ、私のSAKURA D4は持って来たの?」

「ちゃんと持って来てるよ」


 GRCでアライメントを取ってもらったSAKURA D4とピンク色に塗られた真新しいボディを渡す。


「このボディ、イサムが塗った割には良く濡れてるじゃない」

「結構苦労したんだぜ、塗るの」


 楓に塗って欲しいと言われたピンクはスパークルピンクと言う色で例えるなら桜の色をしたピンクだった。


「なぁ楓、なんでリトラクタブルのボディにしなかったんだよ?」

「別にいいじゃない、私はこのボディが欲しかったのよ」


  楓が選んだボディは最近出た、トヨタのFT86ボディだった。


「あっ、そうなんだ。まぁ〜いいけどさ、じゃ〜俺帰るわ」

「何言ってるのよ、なんで帰るのよ?」

「俺、RCドリフトを辞めようと思ってるんだ、だからこのD4と電子機器類を返しにここに来たんだ」


 一方的に言って帰ろうとする俺を見て、楓は沸々ふつふつと怒りが込み上げ怒鳴り散らかす。


「何よ貴方、妹を取られて逃げるき? それに私との約束は?」

「なんで、俺の心情を知ってるんだよ? それに許婚と言われたらもうどうにもならないだろ?」

「姉である私が居るわ! 今は妹が候補だけど私が取り返して許嫁になればいいんでしょ? だからイサム、RCドリフトを辞めないで……」


 俺は悩む、楓が許嫁になれば妹である美月ちゃんはフリーになるしRCドリフトを辞める理由はなくなる。


 それに神来社さんやGRCの店長とみんなとの縁が切れなくて済む。


「う〜ん……」

「……」


 腕組みをして数分の時間が過ぎた後、俺は答えを出す。


「わかったよ、やるよ! やればいいんだろ」


 少し不安だった楓だが、表情が変わり態度がデカくなる。


「そっ、じゃ〜 またよろしくねイサム♡」

「なんだかなぁ〜」


 今まで通りに戻った2人は数時間、あれやこれやとSAKURA D4をいじり、走らせ、その日が過ぎて行った。


「もうこんな時間だわ、帰らないと!」

「そんじゃ〜帰るか」

「次回は貴方のRCカー持って来なさいよね〜」

「わかったよ、それじゃなぁ〜」


 俺は先に帰り、その後に楓は駐車場に向かう。


 ガチャ、バタン!


 白いBMWの運転席側に乗る楓はため息を吐き、右腕を目に当てる。


「ねぇ、あんな嘘、言っていいの?」

「盗聴して聴いてたわね。ナツ」


 助手席から話しかける『ナツ』と言う女性は楓に盗聴器を付け、先程までの一部始終を聴いていた。


「仕方ないわよ、これがお役目ですもの。それでどうするの?」

「どうもしないわよ、イサムとただRCドリフトを続けるだけよ。辞めるって言った時は『ヒヤッ』としたけどね」

「そうなのね、楓はあの人の事ご執心なのね。確かに今まで楓のお眼鏡に叶う人いなかったものねぇ」

「もうこの話はやめて帰りましょ」


 楓は車のエンジンを掛け、帰って行った。


 何も知らない俺はアパートに帰り、自分のYD-2に楓から貰った電子機器を取り付け喜んでいた。


第16話に続く……

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