第13話 リトラクタブル5

 焼きそばバトルから数日が経つ、自分自身の愚かさで単走を敗退した俺は、反省しながらも今足りないRCアイテム類を揃えていた。


「バッテリー数本だろう、それに急速充電器とメンテナス用のアイテム類をネットで注文してっと。今月買えるのはここまでだなぁ」


 以前、神来社さんに言われたメンテナス用のアイテムを俺は少しづつ集めるのだが、他の人よりも生活が苦しく中々買い揃う事が出来ないでいた。


「後はプレッシャーを克服する為に人の多い所で練習をして腕を上げるしかないか、また近場の24ランドに行って練習でもするか」


 休日の昼間に24ランドに俺は行くき、到着してコースの所に行くと人の多さに圧倒される。


「うげっ! 来たのはいいけど昼間の24ランドってこんなに人が居るのかよ。この分だとドリフトも混んでいるよなぁ〜 だけどここで怯んで走らなかったら元の木阿弥だしプレッシャーを克服するには走らせるしかないよなぁ〜」


 24ランドの人の多さに圧倒されながらも、受付を済ませ数少ないピットテーブに腰を据える俺は、AE86を走らせる準備をしてコースの空きを待つ事にした。


「それにしても全体的に人が多いよなぁ〜なんかイベントでもあるのか?」


 RCドリフトコースなのに何故か利用者以外の人も群がっており、とあるピットテーブルには人の群がりが出来ていた。


「あの人の群がり様……はっ! まさか、ここに美月ちゃんが?」


 群がるピットテーブルに急いで行き、誰だか確認をしようと俺はした。

 だが男も女も群がるそのピットテーブルの中心には女の子の姿ではなく紳士そうなイケメンの男が居た。


「なんだ、男の人か……」


 残念ぽく呟き、戻ろとうした時、不快に聞こえたのか俺の所までやって来て文句を言う男がいた。


「貴様〜! 失礼な事を言う奴だな〜羽瀬川さんを知らないのか!」


 ぽっと出の俺が知る訳も無く、ただ謝るしかなかった。


「ごめん、俺まだ駆け出しでRCドリフトの有名な人が誰だか何も知らないんだ」

「それじゃ〜知らないお前に教えてやる。あの人は羽瀬川銀河さんだ、群馬県でRCドリフト最強の名を持つ『リトラクタブル5』のチームリーダーだ。よく覚えておけ!」


 (えっ! リトラクタブル5? 戦隊モノか何かだろうか?)


 俺の中でRCドリフトに最強と言うのがあるのだろうか? と不思議に思いながらも、経験の多そうな人なのでそう言う言い方で誇示こじしたいのだろうと飲み込む事にした。


「すいません、リトラクタラブルってなんですか?」


 全くわからない俺は、物知りそうなその男に尋ねる。


「リトラクタラブル5とはな〜リトラクタブルライトと言って開閉式のライトを持った車の事を指すんだ。5は群馬の手慣れた5人を指すんだよ」

「へぇ〜あのパカパカライトってリトラクタブルって言うんだ〜知らなかった……」

「貴様〜そのものの言いよう、馬鹿にしてるのか!」


 本当に知らずに今まで『パカパカライト』と幼少の頃から言っていた俺は、侮辱ぶじょくと勘違いされてその男を怒らせてしまう。


「そこの2人、静かにしたまえ。ここは喧嘩をする場所では無く、RCドリフトを楽しむ場所だ。モラルある行動を取りたまえ」


 群がる中心に居る男、羽瀬川氏は紳士的に注意をし事を納めようとする。

 俺と、もう1人の男は羽瀬川氏とギャラリー達に『すいません』と謝り、事は収まった。

 俺はこの場が悪いと感じて、自席のピットテーブルに戻りってほとぼりが覚めるまでボーッとして自分のRCカーを出さずにただ座っていた。


「おい、リトラクタブル5の羽瀬川さん達が走るぞ!」


 コース近くに居た1人が騒ぎ始めると、沢山のギャラリー達がコースを埋め尽くす様に集まり始める。


 (上手い人ってどんな走りをするのだろうか?)


 前回、神来社さんの走りを見ていない俺は、その言葉に釣られて他のギャラリーの中に混じり観覧をする事にした。

 サーキットコースではリーダー各の羽瀬川氏を筆頭に、5台のRCカーがウォーミングアップの為に単走で走らせている。

 その走りは等間隔で走らせ、前からトヨタの白いMR2-SW20、黒い70Aのスープラ、日産の赤い180SX、マツダのボンネットが黒く全体が赤いRX-7・FC3Sとボンネットが黒く全体が白いFD3Sが走り去って行く。


「あの先頭のMR2が羽瀬川さんらしいぜ〜」

「へ〜今回は違うボディを使ってるんだな〜」


 単走で走る全てのRCカーがクリッピングポイントを通り抜け、理想のコースラインを抜け走って行く。


「すげ〜全員がクリッピングポイントを外さずに抜けていくぞ!」


 ギャラリーの湧く中で、当たり前の様に手慣れた5人は走らせて行く。


(俺もこんな感じで人前でも緊張せず走らせられたらきっと……)


 俺は焼きそばバトルの事を思い出しながら、この5人の上手さに圧倒されていた。


「そう言えば24ランドって群馬で5ヶ所あったよな〜?」

「ああっ、だけどその内の2ヶ所はドリフトコースが閉鎖してさ〜今はここと、O市とS市の3箇所だけなんだよな〜」

「じゃ〜リトラクタブル5の5って……」

「そう、各24ランド5ヶ所に居た手慣れた奴らだったんだよ」


 噂好きなギャラリーの解説話を聞きながら俺はこれがエキスパートの走りなんだと改めて知ったのだった。

 ウォーミングアップが終わると次に追走が始まろうとしていた。


「初めはRX-7同士の追走か〜確か姉妹なんだっけ?」

「ああっ、花塚姉妹だろ? 姉がFD3Sで妹がFC3Sなんだよな〜」

「イメージだと逆だろ? なんか不思議に思うよな〜」


 そんな事を尻目に姉妹のデモンストレーションが始まる。

 姉妹のRX-7は各コーナーでツインドリフトを行いギャラリーを沸かせていた。


「凄いぜ〜あの姉妹! 息ピッタリじゃん」


 ギャラリーを沸かせる姉妹の姿は、姉の方が背が小さく、可愛らしいのだが、妹は背が高くスチュワーデスの様な気品ありそうな姿で、ツンとした印象が強かった。


 その姉妹が数周すると次のRCカーに変わり、また走り出す。


「次はA70スープラの三木村と180SXの桝田だなぁ、この2人も上手いんだよな〜」


 さっきの姉妹の綺麗な走りとは違い、2人は若干荒々しく走り、豪快に攻めるように走っていく。


「うお〜これもまたすげ〜後の180がビタビタに張り付くように攻めてるぜ〜」

「ああっ、スープラの真後ろにぶつかる様に張り付く180SXがたまらないぜ!」


 この走りも数周もすると走りを終え、次の羽瀬川氏に交代される。


「次は羽瀬川さんだなぁ、今日は誰と走るんだ?」


 そう噂話をしてる中から女性の黄色い声が聞こえ始める。


「きゃ〜銀河様〜こっちを向いて〜♡」


 コースに登場する羽瀬川氏は甘いマスクの紳士のイケ面で、女性なら誰でもが好いてしまう様な姿だった。

 だが彼の真横にポニーテール姿の女性が現れ、羽瀬川のSW20-MR2の横にリアウィンドウに猫のシールが貼られたS14シルビアが置かれる。


「えっ! ま、まさか美月ちゃん?」


 なんでこんな所に? っと俺は驚いた。


「あれが噂の許嫁か〜まだ幼いんじゃ〜ないのか?」

「確か俳優のさざなみさん家の娘さんだっけ? いいよな〜あんな可愛い子と一緒になれて……」


 (ズキッ!)


 ギャラリーの話が聞こえた時、俺の心に矢が刺さった感じがして、改めて美月ちゃんが許嫁であるのだと噛み締めるのだった。


「やっぱ、顔が良くて金がある人には敵わないよな〜」


 どうやら羽瀬川氏と言う男はお金持ちらしく、俺とは大違いらしい。


「いや〜ん、銀河様〜そんな子より私を選んで〜♡」


 賛否両論が飛び交う中、聞くに耐えらえなくなった俺は、辛くとても居る事が出来なくなり、ピットテーブルにあった自分のバックを急いで持って店舗から離れる事にした。


「心が痛い、胸が張り裂けそうだ!」


 自分の車の中に入り、右手で心臓を掴みながら必死で気持ちを抑えようとするが、過呼吸に変わり涙が止まらなくなっていく。


「もうRCドリフトを辞めたい……」


 初めて女性を好きになり、その子と一緒になりたくて始めたRCドリフトなのだが、その恋も破れどうしていいのか俺はわからなくなっていた。


「手も繋ぐことも出来なかったけど……。俺、あの子の事……本気で好きだったんだな〜」


 同じRCドリフトの世界に居ればまた必ずあの2人に会ってしまう。

 それを避ける為に辞めようと俺は思うのだった。


「神来社さんには悪いけど、もうRCドリフトは辞めよう……」


 ピロリン!


 そう決めた時にマッチングアプリからメッセージが届く。


「くそ〜! こんな時になんだよ」


 スマホの画面を開き、メッセージを読むと差出人は狐の半仮面をした女性からだった。


『RCドリフトは好きですか?』


 またいつもの同じメッセージだった、俺は自暴自棄になり狐の半仮面をした女性に返信をする。


『もうRCドリフトなんてやらね〜よ!』


 返信をした数分後にまたメッセージが届く。


 ピロリン!


「なんだよ、さっきの半仮面の女か? 今度はなんだよ!」


 スマホの画面を開くとそれはLINEメッセージであり、差出人は楓であった。


『何してるのよ、SAKURA D4は見つかったの?』


 メッセージを読んだ後『お前もあの男にご執心なんだろ、RCの事はもううんざりだ!』っと楓に返信をしたかったが返す気力が無く、助手席に放り投げてしまう。


「こんこん!」

「ん?」


 誰かが俺の車の運転席側窓にノックするので、その方向に顔を向けると楓が居た。 


「あんた、ここで何してるのよ!」


 俺は驚き運転席のパワーウィンドウを開けて会話をする。


「何って、何をしててもいいだろ〜これは俺の車なんだから」


 涙ぐむ顔を楓に知られまいと袖で涙を拭い、平常心を装うとした。


「そんでお前、なんでこんな所にいるんだよ?」

「聞いてるのはこっちでしょ? それで私のSAKURA D4はどうしたのよ〜?」


 相変わらず、こっちの気持ちなど気にせずに話を進めて行く。


「まだ探してね〜よ、それにもう俺はRCドリフトは辞めるんだよ!」

「何言ってるのよ、最後まで責任を持つって約束でしょ勝手に辞めるなんて許されないわよ」

「辞めるって言ったらもう辞めるんだよ! いいから放っといてくれ!」


 俺は1人で悲観に浸りたい気分でいたのだが、楓がそれを許そうとしなかった。


「放っとけないわよ! 貴方、その車に乗せなさい!」

「なんだよ、俺はもう帰るんだよ!」

「いいから乗せなさい!」


 楓の強引な言葉に負け、渋々ドアロックを開けて助手席の場所を空け、楓を座らせる。


「車を出して!」

「は? ここで話をするんじゃ〜ないのかよ?」

「いいから出して!」

「チッ! わかったよ」


 サイドブレーキを外し、オートマのシフトをドライブにした俺は24ランドから車を出し、当ても無い市街を走り出したのだ。


 第14話に続く……。




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