第11話 焼きそばバトル その1

 神来社さんからヨコモのAE86ボディを譲り受けに行く為に、俺はGRCに今向かっている。


「やっとこの日が来た。待ちに待ったAE86ボディを手に入る日だ、この日をどんなに待ち詫び事か……」


 到着をすると神来社さんは先におり、RCドリフトをしている。


「こんにちは神来社さん、86ボディ持って来てますか?」

「おっ、群城くん。いいところに来たね。勿論持って来てるよ」


 コース脇にRCカーを寄せ、神来社さんはピットテーブルに置いてあるヨコモのAE86クリアボディを俺に渡す。


「ありがとうございます。神来社さん、幾らですか?」

「んっ、定価でいいよ」

「それだけでいいんですか! もう手に入らないかもしれませんよ?」

「群城くんにプレミア付けて売れないよ、それにボディはまだ他に持ってるからね。気にしなくていいよ」


 神来社さんの大きな器に感動する俺はお礼をして代金を支払い、すぐにアパートに帰ってボディを仕上げようと急ぐが、そこに店長がコースに入って来て俺を引き止める。


「おっ、群城くん丁度良かった」

「なんですか? 店長」

「今度、この焼きそば屋が5周年を迎えるんだ、そこでドリフトをしてる人達に感謝を込めてイベントを設けようと思うんだけど参加してみないかい?」


 店長は何やらRCドリフトでイベントを開催するらしく、俺を引き止めたかったのだ。


「いいですけど何をするんです?」

「何、この焼きそば屋がここまで来れたのもRCドリフトあっての事なんだ、だから感謝の気持ちを込めてちょっとしたイベントをやろうと思ってね。名付けて『焼きそば争奪バトル!』」

「焼きそば争奪バトルですか、もしかして好きなだけ食べ放題とかですか?」

「違う、違う、そんな事したら店が潰れちゃうよ。そうじゃないけど上位5名に無料券を贈呈しようと思ってね」


 どうやら毎年行われているらしく、ここに来ている常連客は知っているイベントだった。


「へ〜でも神来社さんや宇賀真さんも参加するんでしょ? 自分みたいな新参者が出ても上位に入れるとは思えないんですけど?」

「そこはちゃんと考慮してあるよ、群城くんにはビギナークラスに参加してくれればいいよ」

「ビギナークラスですか? 初心者の部門って事ですよね?」

「そうだね〜」


 このイベントには3つに部門別がされている、『ビギナークラス、ミドルクラス、エキスパートクラス』で構成されている。


「それなら自分も出れそうかな〜それで競技内容はどう言う感じなんですか?」

「至って簡単だよ、ここのサーキットコースを単走で5周走ってもらって。コーナーごとにあるクリッピングポイントをドリフトで通過していけばいいんだ」

「じゃ〜ただ通過するだけじゃ〜ダメなんですね」

「そうだね、ちゃんとしたスピードで侵入しないとドリフトでクリッピングポイントを抜けないといけないからね。それに参加者は沢山居るからチャンスは1回だけだよ。ちゃんと練習してね」


 店長はそう言い残して表の焼きそば屋店舗に戻って行った。


「小さなイベントとは言え、競技だもんな〜頑張るぞ〜」


 気合が入った俺は、早速アパートに帰りAE86の色を塗る事にするがまだ色は決めていなかった。


「そう言えば何色で塗ろうかな〜? 赤や白はメジャーすぎるし、パンダや黒の市販のイメージカラーでありきたりだしな〜」 


 個性を出したい俺は、部屋の周りを見回しながら何色がいいか考えていた。

 そんな時に『フッ』と勿体無くて売りに出さなかったゲームソフトを眺めていたら、俺の好きな機動戦士系のパッケージが目に入る。


「うお〜これだ〜!」


 そのパッケージに描かれているロボットは、量産型でありながら特殊仕様にされた蒼いロボットだった。


「よし、次のAE86はこの色にしよう!」


 俺の次のAE86は蒼い色と決まり、トレードマークとして今後使って行く事にした。

早速最寄りのホビーショップに行き、RCカー用のボディスプレーを購入してボディを蒼く塗る。


「すげ〜あのロボットと同じ、真っ蒼のAE86になったよ。これで次回から走れるぜ〜頼むぜ相棒」


 俺は数週間ボディの無いYD-2に先ほど出来た蒼いAE86を載せ、写メをした後で鑑賞に浸っていた。


「おっと、こんな事している場合じゃない。イベントに向けて練習もしたいしバッテリーも複数増やしておかないと」


 ノートPCを開き、ネット通販でバッテリーを数本注文する。


「これでよし、後は練習だな!」


 次の休日になると俺はGRCに行き、練習を始めようとする。

 だが現金な連中はいるもので今日は沢山コースに集まっていた。


「うげ、なんだこの人だかりは! 皆んな無料券欲しさに練習してるじゃん」


 いつもは数名にも満たないGRCは今回に限って人が多くコースが埋まる程の盛況ぶりだった。


「よう、群城くん。調子はどうだい?」


 先に来ている神来社さんが俺の所に挨拶にやって来る。


「神来社さん、おはようございます。凄い人だかりですね」


「そうだね〜今日のイベントはレギュレーションがあって無いものだからね。お祭り好きな人達が沢山集まるのさ」


 競技には通常規定が有り、それに準じて大会は開かれる。

 それは公平な状態で互いが技術を比べ合う為なのだが、今回はその規定がとても緩く無いに等しいものだった。


「神来社さんはエキスパートクラスでしたっけ? 凄いな〜」

「凄いと言ってもここのコースに毎回入り浸れてるだけだからね。雰囲気とか場慣れしてるだけで大した事ないさ」


 神来社さんが見てる大会の大きさは俺の思ってる会場とは違い、沢山の数千人が入る場所を想像しての発言だった。


「そうだ、群城くん。何人かエントリークラスで走り終えてる人達が居るんだ。結果が出てるから参考として見て行くといいよ」

「そうなんですか? 見てみます」


 暫定結果が表記されている用紙が壁に貼られているのを見つけ出し、俺はそれを確認する。


「どれ、どれ、え〜っと、現在のエントリークラスの暫定結果はっと……。 5位が1ポイントで4位が2ポイント、3位が4ポイント、1と2位が同位で5ポイントか〜 首位になるには6ポイント以上取ればいいんだな」


 このサーキットコースのクリッピングポイントは1周に付き5箇所設置されている、そのクリッピングポイントをドリフトして通過すれば1ポイント入るのだ。


「エントリークラスだと1周する中で1〜2箇所通れば御の字ってことか〜」


 そんな打算で考えてる合間にコースにいたRCカー達がピットに戻り、調整を始める。


「群城くん、今ならコースが空いてるからチャンスだよ」


 神来社さんはコースの空きを俺に教え、走らせる事を促がす。


「ありがとうございます。神来社さん、すぐ走らせます」


 俺はすぐさまバックから蒼いAE86を取り出し、コース上に置いて走らせる。


「頼むぜ、俺のAE86!」


 1周目なのか、人馴れできないのか、俺は緊張し過ぎて上手く走らせられないでいる。


「あれ? なんか変だぞ! いつものフリー走行の様にマイペースで走れない!」


 ピットに居る人達に見られているんではないのか? と思うプレシャーが俺にのし掛かり走りがおぼつかない。


「まだ、人慣れの緊張が解れないか。本番になったらもっとプレッシャーは凄いぞ〜 群城くん」


 神来社さんは腕組みをしながら俺のおぼつかない走りを見て、独り言で感想を述べていた。


「なんでだ? なんでだ? なんでだ?」


 俺はいつもの走りが出来ず、数周で辞めてしまう。


「群城くん、どうだった?」


 RCカーをコースから引き上げ、戻ってくる俺に神来社さんはどんな感じだったか感想を聞かれる。


「ぜんぜんダメですね、思ったより上手く走れません。いつものコースなのになんでだろうな〜?」

「はははっ、それはね。プレッシャーだよ」

「プレッシャー?」


 俺は個人で出場する大会と言うものを成人になってから過去出た事は無い、学生の時もほぼ帰宅部であって自らを磨こうとも思っていなかったのだ。


「誰かに異常に見られてるとか、完璧にやろうとか思う重圧だね。周りを気にし過ぎもある」

「うっ! そう言われればそんな気が……」

「もっと気楽にやればいいんだよ。周りを気にせず、そして楽しみながら自分の走りだけに集中するんだ」


 神来社さんは俺にアドバイスをして、もう1度走らせる事を勧める。


「自分の走りに集中ですか……わかりました、また走りに行ってきます!」


 再びコースにAE86を置き、俺は走らせ始める。


「自分の走り、自分の走り! もっと楽しく、もっと自分らしく!」


 数周も走ると、いつものフリー走行と同じ走りに変わり俺らしい走りへと戻る。


「今度はどうだった?」

「神来社さんのアドバイス通り、自分なりの走りに戻れました。ただイベントの事を意識するとやっぱり……」

「群城くん、ここのコースにクリッピングポイントが1周、5ヶ所あるのはわかるよね? それを全部周ろうとしていないかい?」

「まぁ〜 周れる場所は全部周ろうとはしています」

「それが原因だよ」


 『えっ?』っと俺は驚いた。

 クリッピングポイントを全部回ろうする事の何がダメなのかわからかった。


「えっ! チャンスがあれば全部回った方がいいのではないんですか?」

「違う、違う、群城くん君はエキスパートクラスの力があるのかい? 違うだろ? 君はエントリークラスの腕前だ。だからエントリークラスが1周で確実にポイントを取れる2箇所に絞るんだ。そうすれば5周で10ポイントは取れるだろ?」

「なるほど、欲をかかず狙ったコーナーだけに集中すれば確実に取れますよね。盲点でした」


 神来社さんにコースの攻略法を教えてもらった俺は、もう1度コースの空くチャンスを狙い走り始める。


「自分の走り易いコーナーは、ここと、ここの、2箇所。ここを確実にドリフトして通り抜ける!」


 数時間、走り続け。身体で走りを覚えた俺は確実に10ポイントを取れる走りができていた。


「よし、これで10ポイントは頂きだな。本番が楽しみだ!」

「群城くん、今日は上手く走れたようだね。この走りを当日まで忘れないようにね」

「はい、ありがとうございます。神来社さんのお陰で当日の優勝はこれで決まりです」

「おい、おい、まだ結果も出せて無いんだから功を急ぐのは余り良くないよ」

「大丈夫です。絶対優勝は間違いありません、それじゃ〜今日は帰ります。ありがとうございました!」


 自信と慢心を得た俺はこの日を終えてアパートに帰り、まだ取らぬエントリークラスの優勝を確信し、床に入る。


「来週行って確実に10ポイント取れば優勝間違いなし! 次の休みが楽しみだ早く休み来ないかな〜」


 優勝するのだと自惚れ確信する俺は、気持ちが楽になり深い熟睡をするのであった。


第12話に続く……

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