第10話 Live配信

 楓から探す様に言われたSAKURA D4なのだが、型遅れの為にネットフリマで探してはいるが、手頃で良い物は見つからない。

 有るのは高額な値段を付けた物か、ジャンク品として部品売りされてる物しか売られていなかった。


「最新のSAKURA D5が出たから切り替えで売りに出すと予想していたけど、中々良い物が出ないなぁ〜」


 タイミングが悪いのか相場に合う中古品が売りに出ていなかった。


「楓もタイミングが悪い時に探させるよなぁ〜」


 愚痴りながら数時間ネットフリマの画面と睨めっこしていたが、出て来る形跡も無く、これ以上は無理だと諦めてノートPCを閉じてしまう。


「今回、探すのを辞めよう……あっ、そうだ! ダンパーメンテをしないと……」


 思い出したかのように、神来社から言われていたYD-2のダンパーメンテを俺は始める。

 ダンパーは車に付いてる路面の衝撃を吸収する役目を果たす部品なのだが、それはRCカーでも付いてシリンダー内部のオイルが汚れやすいので交換をマメにするよう神来社に言われたのである。

 普通に遊ぶ程度ならシリンダー内を掃除して、古いオイルを新品に入れ換えればいいだけなのだが、競技となれば気候やコース状況によってオイルの粘度も換えなくてはならない箇所でもある。


「まずは以前のオイルを抜いてっと」


 シリンダー内から出て来る、前の汚いオイルがドロっと出てくる。


「うげっ、汚なっ!」


 汚れたオイルをテッシュに吸わせ、シリンダー内の汚れをケミカルスプレーで洗浄すると綺麗になり、その後は新品のオイルを足すだけだった。


「シリンダー内の洗浄は完了っと、そんでお次は……」


 ピッ、ピッ! ピッ、ピッ! ピッ、ピッ!

 スマホでセットした予約タイマーが鳴り出す。


「やべ〜Liveが始まる!」


 急いでノートPCを開きYouTuberアイドルのサイトを開き、俺は観覧を始めた。

 俺には推しであるYouTuberが2人居る。

 1人はVtuberでシャチシャチ娘のバーチャルキャラと、もう1人はリアルで顔出し配信をしているYouTuberアイドルだ。

 今回はその後者であるアイドルYouTuberの初の生Live配信が始まろうとしている。


「よし、間に合った!」

「あっ、あっ、あれ? 撮れてるかな? 皆さ〜ん、こんばんは〜♪ YouTuberアイドルの奈津美ことで〜す♡」


 初Liveであるのか配信者のナッツンは緊張をしながら喋っていた。


「うお〜ナッツンだ! 今回はリアルタイムだからチャットで会話が出来るぞ〜」

「今日は登録者数が1000人を越え、待ちに待った私の初の生Live配信になりま〜す♪ パチパチ、パチパチ〜⭐︎ 皆さんと一緒に沢山お話ししましょうね〜♡」


 俺が推してる、このアイドルYouTuberは清楚可憐で黒髪ストレートロング、大和撫子と言わんばかりの美しい女性だった。


「やべ〜! ナッツンと何を話せば良いんだ? 緊張で手が震えるぜ〜」


 そんな事を言ってる合間に、他のリスナー達はチャットをどんどん入れてスレッドが流れて行く。


『ナッツン、こんばんは〜!』

『奈津美さん、今日も綺麗ですね』

『ナッツン、ハロ、ハロー」


 ナッツンに対しての挨拶文が流れ、俺もその流れに乗ろうとキーボードで挨拶文を入れようと試みるが、遅くて付いていけない。


『ナッツン、こんば……』


 そこまで入力しているとナッツンはチャットの挨拶を返し初め、俺の挨拶文は間に合わず、送ることは無いままスレッドは流れ続けて次の話題に進んで行ってしまった。


「こんばんは、綺麗ってありがとねぇ〜♡ ハロハロ〜♪」


 途中まで作った挨拶文を消し、俺は次の話題の用意をする。


「もう挨拶は終わっちゃったのかよ、スレ流れるの早いんだよ!」


 話がどんどん進んでる内に、突然大きな赤い文字枠でチャットが流れる。


『ナッツン、初Live配信おめでとう!』


 赤く染められた枠の正体は、スーパーチャットと言われるリスナーが、お金を出して他のチャットより目立たせるチャットである。

 赤いスーパーチャットは1万円以上出したリスナーの投げ銭だ。


『ウヒョー、出たよ。赤スパ!』

『すげ〜 1番槍したかったのに先越された!』

『オレもナッツンにスパチャ投げるぜ、配信おめでとう!』


 今度はスパチャ合戦となり、沢山のスパチャが投げ込まれて行く。


「みんな〜ありがとね。まだ登録者数が1,000人しか満たない私だけど、スパチャで応援してくれてとても嬉しいよ〜♡」


 嬉しさのあまり、半泣きするナッツンに俺も高額スパチャを送りたい気持ちなのだが、RCドリフトにお金を使い過ぎて送る事は出来なかった。


「赤とは言え無いけど、多めな金額のスパチャ俺も送りたかったなぁ〜」


 無念そうに呟きながら俺は最低限のスパチャを送り、コメントを入れる。


「ナッツン、初Live配信おめでとう。少ない金額だけど貰って下さい」


 チャットを送くった後に、ナッツンは俺のコメントに反応したのか返事を返す。


「沢山のスパチャありがとう♪ 高額スパチャとか低額スパチャとか皆さん気にしないで下さいね。私に送る気持ちだけで十分だと思ってるよ。無理して送らなくてもいいからね〜」


 みんなに対しそう言葉を返しただけなのに俺は自分自身に優しい言葉を言われたんだと勘違いして1人、舞い上がってしまう。


「やべ〜よ! ナッツンが俺のコメントに反応して答えてくれたよ。嬉し過ぎてどうにかなりそうだ」


 余りにも嬉しい俺は、自分の部屋で小躍りをしてしまった。


『ナッツンは優しいなぁ〜』

『そんなナッツンが好きだ〜!」

『ナッツン、貴方は尊い人だ!』


 視聴しているリスナー達は、ナッツンの優しい言葉に感動したのか、凄い勢いでコメントが送られ、スレッドのコメントは見えないほどに流れて行き、激しい熱狂ぶりだった。

 配信は挨拶と雑談だけなのだが、リスナー達の熱狂コメントは小一時間にも流れ、ナッツンの配信はそろそろ終わりに近づこうとしていた。


「あっ、もうこんな時間だね♪ そろそろこの配信を終わりにしたいと思います。では最後に、スパチャを送ってくれた皆様の名前を紹介して終わらせて頂きたいと思います♡」


 YouTubeのLive配信では、この名前読みをしてくれる事を楽しみにしてる人が多く、トイレを我慢してまで最後まで聞こうとするリスナー達は数多い。


「それじゃ〜紹介したいと思います♪ まずは、ヨコモさん、ありがとうございます。田宮さん、ありがとうございます。京商さん、ありがとうございます。TOPLINEのもりたんさん、ありがとうございます。 ザックリココアさん、ありがとうございます。酔いどれニャン太さん、ありがとうございます。チュウチュウさん、ありがとうございます。 続いて、まさぽんたさん、ありがとうございます。arkhim214さん、ありがとうございます。渡橋銀杏さん、ありがとうございます」


 名前がどんどん読まれて行くが、俺の名前はいまだ出て来ない。


「えっ〜と、振り出し遅れ☆きっし〜☆さん、ありがとうございます。てっちゃん@2駆ドリさん、ありがとうございます。rc project glowさん、ありがとうございます。 おとーとクンさん、ありがとうございます。ナックルラインさん、ありがとうございます。kanaty7777さん、ありがとうございます。ユウ☆さんありがとうございます」


 まだ名前が出なく、ちょっとイライラして来た俺は気分を落ち着くかせる為に珈琲メーカーで珈琲を作り、飲みながら視聴し続ける事にした。


「それではお次の方、wanさん、ありがとうございます。シャチシャチ娘さん、えっ! もしかしてVtuberのシャチシャチ娘さん? 本物なの! キャー嬉しい、私の配信を見てくださってるんですね。ありがとうございます。後でご挨拶に行きますね♡」

「何! あの人もここに来てるのかよ、やっぱりナッツンはこれからの人なんだなぁ〜」


 将来性があるとみなされたのか、あるいは気まぐれで見ていたのかナッツンの配信に有名Vtuberの人が注目して覗きに来てる事に俺は驚いていた。


「途中でごめんなさい、ちょっと驚いちゃいました。続きを読みますね♪ えっ〜と、十字架を背負ったペンギンさん、ありがとうございます。ナッツン大好きさん、ありがとうございます。神来社登さん、ありがとうございます」

「ブーッ!」


 俺は口に含んだコーヒーを吹き出し驚く。


「え〜〜〜! 神来社さんって、俺の知ってるあの人だよなぁ? 実名を出しちゃってるよ……あの人……強者だ!」


 誰しもがネットの世界ではアカウント名を名乗り、実名など明かさないのが常識なのだが、神来社はそれを知ってか知らずか実名で公表していた。


「まだ、まだ、続きますね〜♪ カレー沢山食べたいさん、ありがとうございます。ほと走る爆音さん、ありがとうございます。おっちら疲れたさん、ありがとうございます」


 何十人も呼ばれているが何故か俺の名前は言われない。


「きっ、きっと、大丈夫だよなぁ! 俺だけ忘れられてるって事は無いよなぁ……」


 不安ながら俺は身を震わせ最後まで聞いていた。


「うん〜っと、明日はお仕事お休みさん、ありがとうございます。先代は忍者さん、ありがとうございます。そして最後に!」

「ゴクリ……」


 俺の喉が鳴る。


「AEイザムさん、ありがとうございます。 以上だけど読み上げてない方は居ないかしら? それでは今回のLive配信はここまでで終わりたいと思います。ご視聴してくれてありがとうございました。また近い内に配信をしますので見にきて下さいね♪ それではおやすみなさい。 チュ♡」

「来た〜! 最後の最後で呼ばれた〜〜。 嬉しい〜〜」


 俺のユーザーアカウント名は『AEイザム』である。

 大好きな車、形式名『AE86』と自分の下の名前『イサム』をモジって付けた安直なユーザー名だ。


「ナッツンに俺のユーザー名を呼ばれて本当に嬉しいぜ! メンバーシッツプが出来たら絶対に入るぞ〜! 良しLive配信も終わったしそろそろ寝るか〜」


 余韻に浸りながらも寝床に着く俺だが、数分後に何かをやり残した事を思い出す。


「ぐあ〜! ダンパーオイル入れていね〜」


 布団から飛び跳ね、深夜ながらに眠い目を擦りながらダンパーオイル交換を俺はするのだった。



第11話に続く……。

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