第7話 きっと上手くなる

 美月の姉と名乗る謎のお嬢様、楓。

 俺は動揺が止まらないでいる。


 (えっ! どう言う事だ? 美月ちゃんの姉がこの人で、妹である美月ちゃんにはもう付き合ってる男が居るって事だよなぁ〜? ファンの連中はこの事を知ってて群がっているのか?)


 俺の頭は真っ白になり混乱は続く……。


「ねぇ! ねぇったら〜何か言いなさいよ」

「あっ、わるい。そんでなんだっけ?」

「私は自己紹介をしたわ。貴方も名前を教えなさいよ」

「お、俺は群城勇。まだRCドリフトを始めたばかりのしがない者だ。よろしく」


 卑屈になりながら俺は自己紹介をした。


「そう、じゃ〜お互いの自己紹介も終わったし、よろしくね。イサム」


 楓は俺の自虐など気にも止めず、話しを進めて行く。


「ちぇ! 出会った早々、呼び捨てかよ」

「いいじゃないそんな小さな事。気にしないの」


 少し不満に思ったが女性に呼び捨てにされる事は、なんだか特別扱いされてるようで悪い気がしなかった。


「それじゃ〜今後の事もあるし、お互いにLINE交換をしましょう。それと、この事は他言無用よ」

「妹にもか?」

「そうよ」

「わかった」


 お互いスマホでLINE交換をした後、それぞれ別に帰って行く。

 俺から別れた楓は駐車場に行き、高級そうな白いBMWに乗り込む。


「どうだった、楓?」


 助手席で待っていた女性が心配そうに聞いてくる。


「ナツ、あの人に決めたわ」

「そう、楓がそう言うのならそれでいいと思うわ」


 楓ともう1人の女性は車内で俺を見定めしていた。


 (きっとあの人なら私の事を知っても、全てを受け止めてくれるはず……)


 楓のそんな思いなど届く訳も無く、俺は少し浮かれながらアパートに帰って行ったのだった。



 翌週、初めて女性とLINEを交わした俺は複雑な気持ちでいた。


「女性とLINE交換したのはいいけど、相手には好きな男が居るし美月ちゃんにも決まった男が居そう出し……複雑な気持ちだよなぁ〜」


 俺には女性友達と言う概念は無く、異性=恋人と言う考えしか無かった。

 そんな俺はRCドリフトの勉強をするべくO市のGRCに向かう。


「はぁ〜」


 溜め息を吐きながらGRCに到着した俺は店長の所に挨拶に行く。


「こんにちは、今日もコースを貸して下さい」


 気が重いながらも店長に挨拶をすると、焼きそばを作りながら明るく振舞い返事をする。


「あいよ〜今、忙しいから好きに使ってくれ」


 コースの使用を了承して貰うと突然に髷さんがやって来る。


「大変だ〜大変だ〜群城くん居るかい?」

「ここに居ますけど、何か……?」


 髷さんの慌て様が尋常では無く『何事なのか?』っと俺は思った。


「群城くん、気を失わず聞いてくれよ、美月ちゃんに許婚がいるんだってよ!」


 この間、出会った姉である楓から男がいる事は知っていたが、改めて聞かされると胸に『グサっ!』っと突き刺さる感じがしてただ気持ちが落ち込むだけだった。


「へっ、へ〜。そうなんですね。許婚が居るんだ……」


 俺は平静を装いながらも抜け殻の様になり、暗く沈んでしまう。


「あっ! 群城くんにはこの話題は刺激が強すぎたかなぁ?」


 髷さんは『ヤバイ』と思ったが時すでに遅しで、俺の心は深く傷ついてしまった。


「店長、ちょっと気分が悪いんでそこの隅を貸してもらっていいですか?」

「いいけど、店の邪魔にならないようにしてね……」


 座敷の隅に行き、俺の周りだけに通夜の様な暗い感じが漂って行く。


「これ責任を持ってなんとかしてよー。これじゃ〜商売上がったりだよ」


 店長は髷さんに俺をどうにかして欲しいとジェスチャーしながら、髷さんに任せる事にした。

 髷さんは頭を掻きながら仕方がないなぁ〜と俺に慰め話かける。


「ま、まぁ〜ほら、女性なんて星の数ほど居るしきっと群城くんを好いてくれる人は出て来るからさぁ〜」


 髷さんは俺をなだめるが、社交辞令にしか聞こえない回答なので心には響かない。


「……」


「仕方が無い、それじゃ〜こうしよう。今度とびきり可愛い女性と合コンでもしよう。なぁ!」


 その言葉を聞いた俺は『ピクン!』っと動き飛び上がり、髷さんの所に近づく。


「それ本当ですか! 信じていいんですよね? 絶対可愛い子ですよ!」

「いつかね……いつか……」


 俺を励ます為に思いついた適当な事を言ってしまうものの、目を逸らし当てもない無責任な言葉を言ってしまった事に失敗したと思っていた。


「よっしゃ〜! それじゃ〜ドリフトでもしようかなぁ〜」


 単純な俺は合コンの一言で立ち直り、元気になった。


 髷さんは『やれやれ』と思いながら、とりあえず元気になった俺にRCドリフトを教える事にした。

 コースに行く途中、思い出したかの様に俺は髷さんの名前を聞く事にした。


「そう言えば名前を教えてもらって無かったのですが、教えてもらえますか?」

「名前? ああっ〜俺の名前は神来社からいと登だよ」

「珍しい名前ですね。合コン期待してますよ、神来社さん」


 俺は親指を立てサムズアップをする。


「お、おっほん! それじゃ〜ドリフトでもやりに行こうか〜」


 神来社は話を逸らす為に1咳をして、誤魔化した。

 サーキットコースに移動した2人は神来社の指導の元、RCカーを走らせる。


「それじゃ〜群城くん、走らせて見せて」

「えっ! いきなりですか?」

「群城くんの走りを見てレベルを見て色々教えたいんだ、だから走らせて欲しい」


 なんでもそうであるが人には癖が有り、人それぞれが違う。

 神来社はそれを踏まえて俺のYD-2を調整と走り方を教えたいのだ。


「わかりました。ただ自分は人に見られると緊張して上手く走れないですけど……」

「そこはホラ、俺を石か何かのオブジェだと思ってくれればいいからさぁ」

「こんなオブジェがあったら余計に走れない気がするけど……」

「なんだって?」

「いえ、何でもないです。走らせます!」


 俺は赤いAE86トレノをコースに置き、ガチガチになりながら操作を始めた。


「そうそう、真っ直ぐの時はグリップでコーナーに入ったらリア出してスライドさせる。この比率をだんだんとスライド側に増やせばドリフトになるから」


 神来社は親切丁寧に教えていく。


「自分の走りを意識して見られてると、走りずらい……。あっ! スピンした」

「そこはステアリングを急に回し過ぎだよ、もっとゆっくり回そうか」

「はい」


 スピンを立て直しまた走行を始める。


「うわっ〜今度は内側のゼブラゾーンに乗り上げた〜!」

「スロットルトリガーを引き過ぎだね。もっとトリガーを緩めてゆっくり走ろうか」

「はい」


 こんな感じで走らせる俺の下手さに神来社は『イラっ』としてくる。

 それでも感情を抑え、冷静になり声をかける。


「群城くん緊張をし過ぎじゃ〜ないかな?」

「えっ、そう言われても……。あっ、またスピンした!」


 神来社は色々と上手くなる走りを考え、思い当たる事をやってみる事にしたが一向に上達の気配は無かった。


「う〜ん……よし、群城くん一緒に走ろうか!」

「え?」


 神来社に突然そんな事を言われた俺はビックリする。


「一緒に走れば見られてる意識は少しは薄れるだろ? それに群城くんがこっちの後を付いて走ればラインのトレースが出来て上手くなるんじゃないかなぁ〜?」

「あっ、確かに24ランドではピットテーブルから凝視されると嫌な感じしましたけど一緒に走らせてると気に留めなかった気がしますね〜」

「じゃ〜試してみよう」


神来社も自身のYD-2を取り出しコースに置く。


「あの〜これ、なんです?」

「んっ! YD-2だけど何かおかしいかい?」


 神来社のYD-2シャーシの上に載っかってるボディが妙に気になって俺は仕方がなかった。


「いえ、そうじゃなくて、このボディの事なんですが……」

「RX-7のFC3Sだけど……何?」

「これがFC3S?」


 見つめているボディは確かに白いRX-7のFC3Sらしき物体なのだが、ボロボロでどう見てもジャンク品に近い形だった。


「これ、どう見てもクラッシュしたRX-7ですよね?」

「どうだい、凄いだろ? 力作なんだ。このフロントバンパーレスの所が難しくてね〜ラジエーターを傾かせて吊るすんだけどね、苦労したんだよ。後、このドアの凹み具合を表現するのも大変でさ〜」


 自慢に満ち、目を輝かせて語る神来社を誰も止める事は出来ず。1時間以上この話題を俺は聞くことになった。


「それで、このルーフの凹みがね……」

「すいません、早く走らせないと時間が……」

「あっ、ごめん、ごめん、それじゃ〜走らせようか」

「よろしくお願いします」


 コースに置かれたボロボロの白いFC3Sが走り出し、その後ろから赤いAE86が走り始める。


「ドリフト走行比率は群城くんに合わせるから、しっかりトレースして来てくれ」

「わかりました」


 AE86はFC3Sの真後ろをしっかり付いて行き、初めのコーナーに突入する。

 だがその時に異様な光景を俺は見る事になる。


「なんだありゃ〜!」


 ボロボロのFC3Sはフルカウンターをしながらロールをして、ボディがアウト側に大きく揺れていく。


「ほら、付いて来なよ」


 ぽわん、ぽわん、しながら走るFC3Sに対し、AE86は直線ではグリップでコーナーの入り口ではテールスライドさせ走らせて行く。

 こんな感じで走りを繰り返すと、神来社は飽きてきたのか1周先に回ってAE86の後に付き、群城を煽り始める。


「ほらほら〜後ろから突っつくぞ〜!」

「辞めて下さいよ。あっ! スピンした」


 集中力が欠けた俺は案の定走りが乱れ、スピンをする。


「うむ〜お主まだまだ修行が足りないようじゃの〜精進せい」


 などと剣豪老師がよく言う台詞で俺をさげすんだ。

 これを見ていた周囲の人々は『あははっ』と笑いいながら、この凸凹コンビを見守っている。

 数周も走らせると余裕ができて来たのか俺にも緊張は消え、自信に満ちた走りへと変わる。


「おっ、いいよ〜言うより慣れろだ! だけどここまでにしとこう」

「えっ! なんでですか?」


 神来社は群城のAE86を指を差し、バッテリーが垂れてる事を教える。


「バッテリー切れ、また今度にしよう」

「あっ、そうですね。やっと慣れてきた時にバッテリー切れとは……。今度数本買っておこう」

「まぁ〜こう言うのはアレだよ。確か『ローマ字は1日では覚えられない』だっけか?」

「それを言うなら『ローマは1日にして成らず』でしょ」

「あっ、それそれ!」


 冗談を挟みながら片付けを始め、GRCの店長の所に向かう。


「店長、終わったっス〜」

「お疲れ様でした。コーヒーここに置いとくよ」


 ドリップされたコーヒーをテーブルに2つ置き、店長は俺に聞く。


「ドリフトどうだった?」

「難しいですね。そしてめちゃくちゃ煽られましたよ。ガックシ!」

「ガックシって口で普通、言わないよね〜」


 店長は俺の機嫌が良くなった事を確かめ笑いながら話す。


「群城くんは難しく考え過ぎなんだよ、もっと気楽に生きようよ」

「気楽って、確かにキッカケは安易な事でしたが今は状況が……」

「暗い、暗すぎる! 世の中もっと楽しまなくちゃいけないぞ〜そんなんじゃ〜女にモテな……あっ!」


 何気なく女の事を口にした神来社は地雷を最大に踏み抜き、俺をまた深い成らずの底えと落としてしまう。


「う、うっ、うっ……。星の数ほど女が居るのになんで誰も俺に振り向いてくれないんでしょうね〜?」


 また俺は店の片隅に行き、閉店間際まで暗い場所で通夜の様になって意地けるのである。



 第8話に続く……


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