第6話 お嬢様

 GRCで食べた大盛り焼きそばのせいで俺は夜眠れないでいる。


「うっぷ、食べ過ぎたせいで眠れない……。こんな時は腹ごしらえで24ランドに行ってドリフトでもしよう」


 思いついた様に俺は深夜の24ランドにおもむき、サーキットコースに誰もいないのを確認してからYD-2を走らせる事にした。


「深夜の24ランドはいい、誰も居ないから他の人に気を使わず邪魔をしなくて済むし、迷惑もかけない」


 1人で浸っていると突然利用者らしき人が現れ、こっちにやって来る。


「うっ、利用者が来ちまった……。邪魔になるから引き上げよう」


 赤いAE86をコースから回収しピットテーブルに戻り、帰り支度をしようと座席でYD-2やプロポをバックに入れ始めるが、さっき来た利用者が気になり横目で見てしまう。

 するとその利用者が女性である事がわかる。


 (えっ! 女性? こんな夜更けに1人で⁉︎)


 女は高級な手提げの紙袋からタミヤのTT01フルセットを取り出し、ピットテーブルに置くと新品の箱から開封してゴムタイヤが付いたTT01にバッテリーを入れて走らせようと準備をする。


 (おい、おい、まさかあれをそのままコースで走らせるんじゃ無いんだろうなぁ〜⁉︎)


 思た次の瞬間、女はTT01をコースに置き、操作台に上がり走らせようとした。


「そのTT01ちょっと待った〜!」


 ゴムタイヤ付きのTT01を動かす前に俺は止めに入る。


「何よ、アンタ!」


 ラジコンの操作を止められ、不満に思ったのか女は俺を見て睨み付けた。

 一瞬その女に睨まれ、たじろぐが俺だが勇気を出して話しをする。


「そのRCカーはゴム付きのタイヤだから走行はダメだよ、ドリフト用の樹脂タイヤを使わないと……」

「なんでよ! ラジコンならなんでも走らせていいんでしょ?」


 かなり意地っ張りなのか女は俺の言う事を素直に受け入れず、反論をしてきた。


「いや、いや、ここに注意事項が書かれてて、ちゃんと室内用のドリフト樹脂タイヤを使用して下さいと書いてあるだろ」


 壁に貼られた注意事項を指差し、女を納得させようとする女はそれを読み。


「そうなんだ、じゃ〜仕方がないわね。貴方タイヤを貸して頂戴!」

「はぁ〜? なんで見ず知らずの人にタイヤを貸さなくちゃいけないんだよ〜」

「今、出会って偶然だと思うかもしれないけどこれも何かの縁よ! だからタイヤ貸して」


 無茶振りもいい所だが女の容姿をマジマジと眺める俺は、意外にタイプな女性である事に気付いてしまう。

 真近でみる容姿は、ツンケンしながらも髪はセミロングのレイヤーカット、体型は凹凸がしっかりとしたお嬢様風の女性だった。

 女付き会いが無い俺にはそんな体型が気に入ってしまい心を許してついついタイヤを貸す事にしてしまった。


「し、仕方ないなぁ〜わかったよ。貸すよ」

「わかればいいのよ」


 ピットテーブルに置いてあったバックからYD-2を取り出し、タイヤを外すと彼女に渡す。


「ほらよ」


 タイヤを渡された彼女はキョトンとしながらそのタイヤを見て俺に尋ねる。


「ねぇ、これどうしたらいいの?」

「えっ! そこから?」


 驚く俺は、いくらタミヤの完成済みフルセットを持ってきたと言えタイヤ交換ぐらいは出来ると思ったからだ。


「あの〜お尋ねしますが……。ラジコンを扱うのは初めてで?」

「馬鹿にしないでよ、家でくらいは練習して走らせて来たわよ」

「……」


 言葉が出なかった、彼女の言っているちょっとの単位がわからない。


 (えっ! えっ! ちょっとって何時間を指すんだ? 1時間? 30分? もしや5分?)


 頭の中で俺は、このお嬢様が言ってる大雑把過な単位に付いていけなかったのだ。


「何をしてるのよ、早くこのタイヤをなんとかしてよ」


 『やれやれ』と思いながらお嬢様の言う事を聞き、TT01に今し方外した樹脂タイヤを取り付ける事にした。


「ほら、出来たよ」

「ありがとう」


 彼女はお礼を言った後にコースにTT01を置き、操作台に上がり走らせようとする。

 それを見守りながらどんな走りをするか俺は気になって眺めていた。

 彼女は真剣な眼差しでプロポを握り締め、スロットルレバーであるトリガーを全開で引く。


「えい!」


 TT01はそれに応じるように前へ飛び出して行くが、全開で走るRCカーはドリフトコースの路面なのでグリップなどはせず。コントロールが効かないまま、暴走して1番外側の固い壁にぶつかりボディが大破してしまう。


 グシャ!


「何よこれ〜真っ直ぐ走らないじゃない。貴方変なタイヤ付けたでしょう!」


 お嬢様はRCドリフトがタイヤを滑らせて楽しむ遊び方とは知らないのか、俺に難癖を付け始めた。


「ドリフトって、この滑り易い路面をこの樹脂タイヤで走らせてコントロールする遊びなんだ。ツーリングレースみたいにグリップで速さを競うものじゃないんだ」


 そう説明はするが、お嬢様なので理解が付いていけず。頭の中で『?』マークを沢山付けながらわからなそうに聞いているだけだった。


「何がなんだかわからないわ。貴方私にこのドリフトの走らせ方を1から教えなさい!」

「えっ! 1から? 俺もまだドリフトを始めたばかりだぞ!」

「私より知ってるじゃない、教えなさいよ」


 無茶を通り越して強引な説得力で、俺を従わせようとする。

 俺は断ろうと考えたが何故か彼女とこの関係を続けたい淡い気持ちが起きてしまいついつい了承をしてしまう。


「わ、わかったよ教えるよ。ただ言っておくけど俺もそんなに詳しく無いし、上手くも無いからなぁ」

「私より上手いんならそれでいいわよ」


 そう言ってお嬢様は俺からRCドリフトを学ぶ事にしたのだった。


「さっきラジコン壊れちゃったわ、貴方のラジコン貸してよ」

「え〜! これは俺が大事にしているYD-2とAE86ボディだから貸す訳ないだろ」


 これだけは貸せないとばかりに俺は両腕でYD-2を囲い取られないように庇った。


「何よ〜貸してもいいじゃない、ケチねぇ〜」

「ケチとかそう言う問題じゃねぇ〜俺のAE86ボディをさっきお前が大破させたボディの二の舞にさせたくはないんだよ」


 今し方、お嬢様がクラッシュさせて大破したボディを指差し俺は現状を見せつける。


「貴方がちゃんと教えないからそうなったんじゃない、走らせる前にそう言いなさいよ」


 もう論点がズレまくって全て俺のせいにされていた。


「もう、この話しはいいや。わかったよ、貸すよ、貸すのはいいけどなんでそこまでしてドリフトをしたいんだよ」

「……からよ」

「えっ?」

「妹に勝ちたいからよ!」


 このお嬢様には妹がいて、RCドリフトがとても上手い様だ。


「妹より上手くなりたいってか?」


 お嬢様は黙って『コクリ』と頷き、悔しそうに唇を噛み締めていた。


「RCドリフトで妹に勝つって意味がわからないんだけど? お互い競技か何かに出て勝負でもしたいのか?」

「違うわ、妹はね。私の好きな人とお付き合いをしているの。彼、RCドリフト好きだから……」

「上手くなれば彼が振り向いてくれると?」

「……」


 お嬢様は何も語らず黙っていた。


「……わかったよ。ここまで聞かされて辞める訳にはいかないだろう乗り掛かった船だ、手伝うよ」


 彼女との縁が深まると自惚れてしまった俺なのだが、話しを聞くと姉妹での男の奪い合いに、ただ巻き込まれただけでやはり自分はモテなく女には好かれない人間なんだと改めて痛感した。


「それじゃ〜お願いね♡」


 俺の気持ちなど知らず愛想笑いで頼むお嬢様は、小悪魔以外の何者でもなかった。


 (はぁ〜この女性とも縁がなかったかぁ〜でも俺には美月ちゃんがいる! 大丈夫だ)


 脳内で勝手に美月を彼女にして今の自分の悲観的思考を抑えようと俺は考えた。

 気持ちを抑え込む俺はお嬢様のTT01からYD-2に樹脂タイヤをはめ直すと、お嬢様に丁寧に教えていく。


「プロポのスロットルをゆっくり引いて少しづつ走らせる」

「こう?」

「RCカーが動き始めてコーナー手前に来たら、今度はステアリングホイールを回しながらスロットルをポンピングさせてリアを出す」

「こう、かしら?」


 教えがいいのかそれとも才能があるのか、数分間教えただけでかなりの上達ぶりを見せる。

 そんな走りを見て俺は……。


 (なんか俺より上手くないか?)


 内心思い、上手く走らせるお嬢様を見て嫉妬と自身の下手さに自己嫌悪してしまうのだった。


「なぁ〜本当に操作するの初めてなのか?」

「話しかけないで、今いい所なんだから……」


 話しをさえぎる様にお嬢様は夢中でYD-2を走らせ楽しんでいた。

 俺は『ちぇ!』っと思いながら自販機に行き、自分の缶コーヒーとお嬢様にペットボトルの紅茶を買ってピットテーブルに戻り走りを眺めていた。


「初心者でもすぐに順応して短時間で上手くなるんだなぁ〜それに比べて俺は……」


 スピンもせず、コースアウトもしないで綺麗に走る彼女の走りを眺め自暴自棄に俺はなりそうだった。

 そんな走りを眺めていると一本しか無いバッテリーが垂れ始め、遅くなって行く。


「バッテリー切れか。なぁ! もう走れないからそのYD-2返してくれよ」

「あら、遅くなったのはそう言う事ねぇ! じゃ〜返すわ。ありがとう」


 お嬢様はYD-2を俺の所に傷一つ無く返す。


「それだけ上手くなったんだから、もう俺から教わる事など無いだろう。もっと上手い奴を探して教えてもらえよ」


 ちょっと寂しい気持ちもしたが、自分より上手くなってしまったお嬢様を指導など出来る訳が無く、そう告げて別れようとした。


「貴方、何を言ってるのよ。私の秘密を知った以上最後まで付き合ってもらうわ」

「へっ?」

「貴方以外に今の話しを聞かれたくないの、わかる? だから最後まで付き合いなさい」


 RCドリフトを初めて動かし、俺以上の走りが出来てるのに関わらず上手い人を選ばない彼女に全く理解が出来なかった。


「早く妹に勝ちたいんだろう? なんで俺なんだよ。もうRCドリフトで教える事など無いんだぞ」

「じゃ〜貴方が他人から学んで教えなさいよ」

「俺が他人からマスターするまでどのくらい時間かかるかわからないんだぞ! それでもか?」

「なら早くマスターして来て頂戴!」

「そんな無茶苦茶なぁ〜!」


 彼女にそう言われながらも、俺はまた縁が続く事に内心喜んでしまっていた。

 たが、この後に前途多難である事は間違いは無いのだ。


「あっ、そうだわ。まだ自己紹介をしてなかったわよね。私はさざなみ楓、楓でいいわよ。よろしくね」

「漣って、はっ! えっ? え〜〜〜! もしかして妹と言うのは美月ちゃんで……お姉さん?」


 俺はこんな偶然があるのに驚き、そしてRCドリフト以外にも前途多難なフラグが立ったのである。


 第7話に続く……

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