第5話 高嶺の花

 前回O市の24ランドに居た、初恋の少女。

 その可愛いらしさとドリフトの上手さに翻弄され、自分の未熟差を痛感した俺は特訓をするべく早朝、1人でGRCに居た。


 「もう一度あの可愛い子に会って上手い走りを見せてやりたい……」


 淡い気持ちを持ちながらも下手な自分をどうにかしようと未熟ながら走らせ、もがいていた。

 グリップ7割ドリフト3割程度の走りでは、彼女と対等な走りをするのにかなりの熟練をしなければならない。


「こればかりは時間をかけて上手くなるしかないよなぁ……」


 そんな独り言を呟いていると、常連客らしき人が突然サーキットコースに現れる。


 (ヤベ〜常連客が来ちゃったよ。邪魔になるから退散をしよう……)


 YD-2をコース脇に寄せ回収をして帰り支度を始めようとするが、常連客は何故か俺の所まで近づき挨拶をする。


「こんちゃ」

「こんにちは……」


 常連客の突然の挨拶にビックリする。

 コミュ障とは言え、相手から挨拶されれば俺でも返すぐらいの礼儀は持ってはいる。


「君が群城くんかな? 君の事は店長から面倒を見る様に言われているよ」

「はぁ〜そうなんですかぁ〜よろしくお願いします……」


 俺は身も知らない人から声をかけられあまり気が乗らなかったが、焼きそばの経営で忙しい店長が推してくれる人ならば良いかと、素直に教えてもらう事にした。


「さて、それじゃ〜君のYD-2を見せてくれるかな?」

「あ、はい!」


 帰り支度してたバックからYD-2を取り出し、声を掛けて来た常連客に渡す。


「どれどれ……」


 常連客は俺のYD-2を見回し、あれやこれやとカチャカチャと触り始めた。

 その光景を眺めながら俺は自分のYD-2をいじっている常連客の姿を見て、一風変わった髪型で今風の丁髷スタイルであるのを見て心の中で『髷さん』とあだ名を付けていた。

 その常連客である髷さんが話し掛けて来る。


「ヨコモのYD-2フルセットなのはわかるけど、アライメントが全て崩れてグチャグチャだね〜走り終えた後、メンテとかしてるの?」

「いえ、買ってから一度もしてません……」

「使い捨てのトイラジじゃ無いんだからメンテはしないとダメだよ。後、バッテリーはこれ一本かなぁ?」

「そうです」


 俺はそう答えると髷さんは考え込む。


「う〜ん、まずは長時間遊べる様にバッテリーを2〜3本買といいよ、それとこのタイプのバッテリーは全部使い切ってから充電するタイプだからバッテリー残量が余ってたら放電器を使って放電をするといい」

「えっ! 継ぎ足しはダメなんですか?」


 俺は驚くように聞き返すと髷さんは答える。


「今、RCバッテリーは何種類かあるんだけど、群城くんが使ってるタイプは型落ちのバッテリーなんだ。だからそのバッテリーは一度空にしてから充電した方が長持ちするんだよ」

「へっ〜知らなかった」


 知らない事がいっぱい有り、間違った知識を入れてしまった事に俺は恥る。


「今回のアライメントはこっちで取ってあげるから、後でメンテナス道具を揃えて自分でやるといいよ」

「わかりました」


 そう言うと髷さんは俺のYD-2を目の前で直していく。


「あれをこうして、あーして、ちょい、ちょいっと」


 テキパキとYD-2のアライメントを補正されていく。


「はい、これで良し。今できる最善の状態にしたから走らせてみて」

「はい、ありがとうございます」


 礼を言い手渡されたYD-2をコースに置くと、俺は緊張しながらギクシャクと走らせてみせる。


「ガン見されると凄く走らせづらい……」

「気にしないで大丈夫、大丈夫、いい感じで走れてるから」


 赤いAE86トレノは真っ直ぐに走り、コーナーではリアをスライドさせながらドリフトをして行く。


「これがRCドリフトなんだ……」

「本当はまだまだ改善の余地があるんだけどね、それはおいおい直していくって事で今日はこれで我慢して走らせてね」


「ありがとうございます、これで十分です。このお礼はどうしたらいいか……」

「いいよ、いいよ、そんな大した事をした訳じゃないから。こうやって1人でも多くのドリフト仲間が増えれば、それが嬉しいんだよ」


 髷さんはそう言った後、ピットバック代わりにしている買い物用のカゴから自分のYD-2を取り出し、整備を始めた。

 真っ直ぐに走れる様になった俺は、YD-2を下手ながらにコースで楽しみ、利用時間いっぱいまで走らせた。


「すげ〜以前より凄く走り易い、感謝、感謝」


 時間まで走り終えた後、俺は髷さんの所に行き再度お礼を言う。


「今日はありがとうございました。またこちらでお会い出来たらご指導をお願いします」

「だからそんなに堅苦しくしお礼を言わなくていいよ。さっきも言ったけど1人でも多くの人がRCドリフトを楽しんでくれればそれでいいんだからさ」


 髷さんの事を『凄くいい人だ』と内心思いながら俺はとある質問をぶつけて見る事にした。


「あの〜不躾ぶしつけな質問で申し訳ないんですけどいいですか?」

「答えられる事ならなんでもいいよ」


 俺はあの可愛い女の子の情報が知りたくて、勇気を出して髷さんに聞いてみる事にしたのだ。


「あの〜その〜ごにょ、ごにょ……」

「えっ! 何?」


 情報を聞きたい半面、初めての恋愛相談なので恥ずかしくてハッキリ声に出せないでいた。


「群城くん、どうしたん? ハッキリ言ってみなよ」

「だから……。その〜え〜っと、この間24ランドに行った時にRCドリフトをしている可愛い女の子が居てその〜」


 しどろもどろになりがら言ってる事がわかった髷さんは察し、話し出す。


「可愛い女の子? あ、あ〜っあの彼女。さざなみさん家の娘さんの事かなぁ? 確かに可愛いよなぁ〜ファンも多そうだし」

「えっ、知ってるんですか? そこんとこ詳しく!」


 興奮の余り、俺は髷さんの間近まで顔を近づけ話を聞こうとする。


「近い、近い、群城くん近いからもう少し離れようか」

「あっ、すいません」


 少し距離を取り、俺は話しを聞く。


「この辺じゃ〜あの親子は有名だよ。確か娘さんの名前は美月みずきちゃんだったかな?」

「漣美月……」


 俺はその言葉を聞いてあの可愛い女の子が月夜の浜辺で漣に戯れるシーンを頭で浮かべ『ボー』ッとしてしまう。


「群城くん、起きてるか〜? お〜い」


 髷さんに声をかけられるが俺の意識はまだ遠のいでいた。


「でへっ、でへっ、でへっ……」

「お〜い! 群城く〜ん、返事しろ〜気持ち悪いぞ〜!」


 髷さんに身体を揺さぶられ、意識が帰ってくる。


「ハッ! 自分はいったい何を……」

「おっ! 戻って来たなぁ〜そんで美月ちゃんの事だっけ? あの子は競争相手も多くて大変だぞ〜高嶺の花だし何より生きる世界が違い過ぎると思うよ」

「えっ! 世界が違うってそれってまさかお父さんが、ヤク……じゃ無くてあっちの世界の人だからですか?」


 ハッキリと言わず、俺は濁すように聞き直した。


「ん! 源蔵さんの事かい? 違う、違う、堅気だよ。ただあの顔を買われて任侠系の俳優をしていたんだよ」


 『そうなんだ』と俺は胸を撫で下ろした。


「そんで何? 群城くんは美月ちゃんに惚れて付き会いたいと?」

「まぁ、まぁ〜そう言う事なんですよね〜」


 恥ずかしそうに俺は答えた。


「歯切れが悪いなぁ〜男ならシャキッとしなよ。確かにお父さんは人気ある役者さんだし、彼女はRCドリフトの腕もある。そんでもってファンも多そうだし……。頑張れるのかい?」


 髷さんは彼女の情報をかなり知っているらしく、付き会う条件もかなり難しい事を俺に告げた。


「大丈夫です。が有ればきっと乗り越えられると思います」

「ん〜そうかなぁ〜? そうだといいけど……。群城くんがそう言うのなら頑張ってみなよ。応援するからさぁ〜」

「はい!」


 この時、軽い気持ちで『愛』と言う言葉を使ってしまったが、その後すぐに大変な問題に巻き込まれるとは夢にも思わなかった。


「じゃ〜まずはRCドリフトを上手くなる所から始めようか。彼女に近づくにはそれが一番の近道そうだしね」

「はい、頑張ります!」

「ただ、問題があるんだよね〜」

「なんです?」


 俺は髷さんが考えてる疑問が気になって仕方がなかった。


「ん〜たぶん24ランドで多くのファンが居たと思うけど、彼らの中にはRCドリフトがとても上手く、手慣れた人もいると思うし……それらに対抗できる操作スキルを群城くんが身に付けないといけないんだよね〜」


「ウッ……。考えてる事は同じって事ですよね?」


 あれだけ多くの美月ファンが居れば当然で有り、もしかしたら付き会う条件の中に入っている可能性もあるとは思った。


「とりあえずこっちでも情報を集めておくからさぁ〜やるだけやってみなよ」

「わかりました。情報の方お願いします!」

「だから近いって!」


 顔を近づける俺を手で押し返し、髷さんは距離を取った。


「あっ、すいません。つい……」


 情報を貰った髷さんから別れ、帰りに表側で経営している店長の元に行く。


「情報も少しだけ聞けたし、元気が出て来たらお腹が空いたなぁ〜焼きそばを腹一杯食って帰るとしよう。店長、焼きそば大盛りで……」

「あいよ、大盛り1丁かしこまり〜!」


 焼きそばを大盛りで食べて帰った俺はこの後、ある事件に巻き込まれるのである。


 第6話に続く……



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