第4話 フリーラン

 GRCから帰って数日が経つ、ジャイロの設定とプロポのトリムをを見直し、正常に動く様になったYD-2は今すぐにでも走らせたい所だが、こんな時に限り資金不足に陥り、俺はただ不貞腐れるだけだった。


「ちきしょう、こう言う時に限って金欠なんだよなぁ〜」


 愚痴ているとスマホから着信音が鳴る。


 ピロリ〜ン!


「ん! なんだ?」


 スマホの画面を開くとマッチングアプリからメッセージが届いていた。

 内容を見ると……。


『RCドリフトは好きですか?』


 たった一言のメッセージが届いていた。


 (なんだこれ?)


 相手の顔画像が気になり、スライドさせて覗いて見るが、写っているのは黒髪で狐の半仮面をした女性で、容姿がハッキリとわからなかった。


 「えっ! この女、付き合う気があるのか?」


 良く見ると半仮面の鼻から下は素肌で、なんとなく美形で色気のある容姿なのがわる。

 なので思わず返信をしてしまった。


『RCドリフトは最近始めたばかりです』


 簡単に一言書き、メールを送って見たが数十分経っても返事はなかった。


「なんだよ、また揶揄やゆしたメッセージかよ! いい加減まともなメッセージが来いよなぁ〜」


 不満になりながら柔らかい布団の上にスマホを放り投げ、不貞腐れた俺は寝てしまう。



 数日が経ち、月の終わりになると給料が入る。


「やっと給料が入った。これでGRCに走らせに行けるぞ!」


 給料をもらった後の休日、俺はGRCに行く事にした。

 車に乗り、数十分かけ焼きそば屋の駐車場に辿り着くと何かがおかしい……。

 受付をしようと入り口の扉に手を掛けるが開かない。


「あれっ! 開かないぞ?」


 良く見ると扉には立札が置いて有り『本日臨時休業』と書かれていた。


「なに〜! 臨時休業だと〜せっかくここまで来たのになんだよ、トホホッ……」


 俺は肩を落とし、アパートに帰ろうと車に乗り込む。


「ここまで来て蜻蛉返りとは無駄なガソリンを使ったなぁ〜何処か近くでドリフト出来る場所が有ればいいのだけど……。 あっ! O市の24ランドがあったわ」


 思い出したかの様に24ランドが思い付き、行く事にする。


「あそこなら自分と同じレベルの人も以前居たし、大丈夫だよなぁ〜行ってみる事にしよう」


 O市の24ランドは、ここから10分も経たずに辿り着く。

 駐車場に車を止め、RCカーが入ったバックを持って3階まで上がると、サーキットコースが見える。


「おっ、コース今は全然使ってないじゃないかぁ〜チャンス!」


 受付に行き、コースの利用申請をする。


「すいません、ドリフトコースを使いたいのですが?」

「いらっしゃいませ、RCドリフトコースですよね? パック料金は表の様になっております。」


 料金表を見ると6時間で千円と言うリーズナブルな料金があった。


「じゃ〜この6時パックでお願いします」

「ありがとうございます、こちらは先払いとなります。よろしくお願いします」


 俺は先に料金を払い、ピットテーブルに向かう。

 テーブルには先にいる人達が2〜3人居るが、何故か走らせないで席に座って喋っている。


「誰もコースを使う気が無いのか? まぁ〜いいや使わせてもらおう」


 気にせずピットテーブルにバック置き中からYD-2を取り出す俺は、真っ赤なAE86をコースに置いて操作台に上がり走らせる事にした。


「スロットルトリガーを少しづつ引いてっと、そんでステアリングをこの辺でチョイ、チョイっと」


 直線ではグリップで走り、コーナーに入る時にはスライドする感じでゆっくりと走り、グリップ8割、ドリフト2割の感じで走らせて行く。


「この間と違い、走れる様にはなった方だけど……。まだ彼女に見せられる程の走りじゃ〜無いなぁ……」


 夢中になり1時間くらい走らせていると、なんだか周りが賑やかになっていく。


「ん! なんだ? なんだ? 人がやけに増えて来たなぁ〜?」


 周りをキョロキョロと見回し、何かのイベントか何かなのかと貼り紙などを探すが見当たらない。


『?』と思いながらも、いまだに誰もコースで走らせないのを不思議に思いながらも、それ以上の事を考えても仕方がないので気にせず走らせる事にした。


「あ〜して、こ〜して、う〜ん。上手く走れない……」


 そんな時、走りに夢中になっている俺の横を1人の少女が通り過ぎる。

 黒いサラサラのセミロングをなびかせ、少女は赤いS14シルビアをコースに置く。


「ん? えっ! あれ、もしかしてI市の24ランドに居たあの娘⁉︎」


 操作台に上がり、俺の横で操作を始める彼女からは、シトラスの香りが漂い、男心をくすぐる。


 (あっ! この香り……女の子ぽくて好きだなぁ〜)


 彼女は俺の事など目もくれず、操作台の上に登りRCカーを走らせ初めた。


(やっぱり、I市に居たあの子だ。いつ見ても可愛いくて凄くRCドリフトが上手なぁ〜)


 RCカーの操作を止め、見惚れながら俺はその上手さと走りを眺めていた。

 が、次の瞬間! コースが一瞬で埋まる。

 さっきまでピットテーブルに居た連中が一斉にRCカーを走り出し、彼女のS14シルビアを追うように集団トレインで繋がって行く。


「なんだこりゃ〜! もう走らせられない‼︎」


 集団トレインの中に入れない俺は、慌ててAE86をコース脇に付け自分のRCカーを回収する。


「もしかして、この人だかりは彼女目当て……?」


 男達の習性とはわかり易く『甘い花の蜜に群がるが如く』彼女の所にこの集団達は群がり、俺はおののいてピットテーブル戻ってしまった。


「こりゃ〜今日はもう走らせるのはダメだな、辞めよう……」


 ピットテーブルに戻り冷静に操作台に居る彼女を『ジ〜』っと眺めると、ポニーテールを外した彼女も可愛らしく男心をくすぐられ、余計に好意を抱いてしまい『ぼ〜』っと彼女を見続けていた。


「やっぱりあの子は可愛いよなぁ〜でもなんであんなに野郎共が群がるんだろう……?」


 不思議になりながらも、俺は彼女の可愛いらしさとドリフトの上手さに翻弄されながら見入っていた。

 だが、ここで1つ疑問に思う事がある。

 それはこんな可愛い子が、1人で走らせに来るのだろうか? っと言う1つの疑問に陥ってしまったのだ。

 気になり辺りを見回すと、とあるピットテーブルに顔がめちゃくちゃ怖い男性が座っている。


 (もしかして、あの人が保護者なのか?)


 俺は心の中で思いながらも、怖くて直視が出来ないでいた。


「ヤベ〜こえ〜まともに見れねぇ〜」


 怖さの余りプルプルしていた俺の横をすり抜け、さっきまでRCカーを走らせていた彼女はその怖い男の元に向かって行く。


「パパ〜っ! 今日も上手く走れたよ〜」


 (やっぱりか〜〜〜〜〜〜〜〜!)


 案の定、思った通り怖い男の娘だった。

 男は怖い顔ながらも娘に向けては和やかな笑顔で『そっか、そっか』っと娘の頭を撫でている。

 その周りを彼女達と走らせていた野郎共が集り、怖い男に平然と声をかけていた。


「源蔵さん、娘さんの走りは凄いですね〜」


 などとオベッカを使い、へり下る者もいれば。


「お嬢さんの走り、フロントのスプリングをもう少し柔らかめにして走らせると、もっと上手くなりますよ」


 などとアドバイスをして点数稼ぎをする者もいる。

 どうやら怖いだけのお父さんでは無く、男性にも人気の高い怖モテな人みたいだった。


「綺麗な花には棘があるって、この事なんだなぁ〜それにしてもあのお父さんの名は『源蔵』さんって言うのかぁ〜覚えて置こう。そんで娘さんの名前はなんて言う名なんだろう?」


 俺は今の光景を見ながら、ドリフトの腕も男としての甲斐性も今の自分には無く、彼女と釣り合わない事に劣等感を抱いてしまった。


「はぁ〜ダメだ。あの連中らに恋愛でもドリフトでも勝てる気がしない! とっとと帰ろう……」


 帰り自宅をしようとYD-2をバックに入れるその時に、とある男が現れ俺に近づく。


「ほほ〜っ限定品のYD-2フルセット純正品なんて逆に珍しい」


 何故か俺のシャーシを眺めに来る男がいる。


 (コイツいじって無いド・ノーマルを馬鹿にしに来たのか?)


 内心、そう思いながらも愛想笑いをするしかなかった。


「まだRCドリフトを初めたばかりの初心者なんで……」

「そうですか、それは失礼。ふむっ」


 男は俺のYD-2シャーシを見回し、観察をする。


「ぜんぜんいじって無い様ですね、もっとお金をかけた方がいいと思いますよ」


 妙に詳しいその男は、容赦なく語る。


「モーターはブラシモーターですか……。今後はブラシレスモーターにした方がいいでしょう。それにプロポもエントリーのアナログ式では無く、液晶式デジタルのミドルプロポ以上にした方が今後の為に良いと思いますよ」


 そう語る男に俺は心の中で反発する。


 (そんなホイホイ買える程の金なんてないんだよ! なんだよコイツ……)


 口に出したかったが相手は物知りで、ドリフトの腕もある諸先輩であるのだからかたくなに口籠もって黙っているしかなかった。


「まぁ〜彼女と一緒に走らせたかったら、そのくらいの投資は必要ですよ。それではまた〜」


 男は去って行ってしまった。


「ぐっ……」


 彼女と付きあいたい……きっとここに居る男全員がそう思う事だろう。


「悔しいが、さっきの男の言ってる事は正しい……。もっと上手くならないと……」


 悔しい思いが込み上げながら、またここに来る時はもっと上手くなる事を心に決め、俺は帰宅する事にしたのだ。


 第5話に続く……

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