第3話 レクチャー
焼きそば屋になっている建物の駐車場で、呆然と立ち尽くす俺はこのまま立っていても埒が開かないので、ここを経営している人物に声を掛けてみる事にした。
「あの〜すいません。ここにRCサーキット場があったと思うんですが知りませんか?」
焼きそばを経営している調理服を着た男性は、俺の声に気付き返事をする。
「いらっしゃい、サーキットって事はドリフトかな? ここは焼きそばを売ってる場所で受付は店内のこっちだよ」
どうやらここの亭主であり、兼任でRCドリフトもやっているらしい。
『えっ?』と思いながらも店内へと招かれ、俺も付いて行く事にした。
店内に入り、奥の方に行くとRCパーツが棚にずらりと掛けられており、売られている。
それ以外にも沢山のRCカーが展示されていた。
「すげ〜まぎれも無くRCショップだよ、しかもRCカーもたくさん展示してある」
こんな光景を見た事がない俺は『キョロキョロ』と見廻し、感動をしていた。
店長はそんな俺を見て。
「お客さん、ここ初めてです?」
「ええっ、そうです」
初心とわかった店長は丁寧に何のシャーシを使っているのか聞いてくる。
「シャーシは何処のメーカーさんを使ってますか?」
「ヨコモのYD-2を使ってます」
「なら純正でも安定した走りが出来ますね。どのくらい遊びますか?」
そう言われてた時、俺はまともに走らない事を店長に話す。
「実は……」
「ふむふむ、フルセットで買ったけど、まともに走らないんですね? ちょっとそのYD-2を見せて頂きます?」
「あっ、はい。では車から取ってきます」
駐車場に向かう途中、周りを見回すとRCドリフトの看板が置いてある事に俺は気が付き立ち止まる。
「あれ? こんな所にサーキット場の看板なんてあったけ?」
良く見ると看板には
「冷静じゃ〜ないな俺……」
来た時にはテンパっていたのかRCサーキットの看板は目に入らず、焼きそば屋の看板と建物しか目に入っていなかったのだ。
車からYD-2の入ったバックを持ち出し、店長の所に戻りシャーシを見せる。
「これなんですが……」
店長は赤いAE86ボディを外し、YD-2の状態を確かめる。
プロポとシャーシであるYD-2に電源を入れ、前輪の舵であるサーボとジャイロの動きなどを確認する。
「ジャイロ設定やトリム位置がめちゃくちゃですね、ちゃんと設定されてますか?」
初心である俺は、何がなんだかわからないので『えっ? えっ?』と悩み、答えられないでいた。
それを見た店長は、展示してあったRCカーを1台取り出し自身のプロポを持って何処かへ行こうとする。
「自分のYD-2とプロポを持ってこっちに来て下さい」
「あっ、はい」
言うがままに、慌てながら俺は言われた通りにYD-2とプロポを持ってに付いて行く事にした。
少し歩き焼きそば屋の裏側を回ると元倉庫らしい場所が有り、中に入るとRCサーキットコースになっていた。
そこで数名の利用者がドリフトをして楽しんでいる。
シャー、ウィーン、ウィーン!
滑走音とモーターの音が室内に響き、ドリフトをしている。
走らせてるシャーシやボディは様々でカラフルだ。
(24ランドじゃ彼女以外気にも止めなかったけど、RCカーって実はリアルティーある物なんだなぁ〜)
出入り口付近で他の人の走りを見ていると、店長が1番奥くに来るよう手招きを俺にしていた。
それに気づき、急いで奥のピットテーブルに向かうと、店長は話しを始める。
「これが僕のRCカーなんだけど、そっちと同じYD-2ね、アルミパーツとか付いてるけど基本は同じです」
「はぁ……」
まだRCに詳しくない俺は、訳のわからないまま気の抜けた返事をして聞いていた。
「YD-2は《RWD後輪駆動》だからジャイロを正しく設定しないと初心者の場合は上手く走れないんです」
店長は青い180SXボディを外し、プロポとYD-2の電源を入れ。
片手でシャーシの真ん中を持って左右にシャカシャカと振り始める。
「そちらのシャーシも真ん中を持って振って見て下さい」
「こうですか?」
ボディを外し、自分のプロポとYD-2に電源を入れ、左右に振る。
だが店長と同じ方向に振り、ジャイロが反対に設定してる事に気づいた。
「あれ、自分のは店長と同じ方向に振っている」
「ジャイロ《姿勢制御》設定が逆だから同じ方向に振るんです。これではカウンターを補正してくれないんですよ。設定を正しい方向にしないとね」
『ほうほう』と感心し、初心者である俺にもわかるように店長は教えてくれた。
「では違いを知る為に走らせて見ましょう。そちらのYD-2をこのコースで走らせてみて下さい」
「はぁ〜」
俺は言われた通りに自分のYD-2をコースに置き、自信が無いまま走らせ始める。
その走りは鈍亀の如く前に進み、ゆらゆらと走っていた。
「この〜膨らむ〜あっ! スピンした〜壁にぶつかる!」
一緒に走らせてる人から見れば動く障害物、あるいはスパーGTで行われているサーキットサファリのバスの様な走り方だった。
「下手過ぎて、
嘆き言を言う俺に店長は展示してあったRCカーを渡し、走らせる事を勧める。
「今度は店に展示してあったこちらを使って見て下さい」
店長はそう言って、手にしていた青い180SXとプロポを渡す。
「えっ! いえ、他人の物なのでちょっと……」
「遠慮しなくてもいいですよ、ぶつけても構わないですから」
他人の物だと断ったものの、本当のドリフトをここで知るチャンスだと思い、手に取り走らせる事にした。
「じゃ〜遠慮無くお借りします……」
手に握るプロポはハイエンドのデジタルプロポで画面が有り、色々な設定が出来る様になっていた。
それを見て俺は『チンプンカンプン』なので気にせず操作するアクセルトリガーであるスロットルと、舵角を操作するステアリングホイールにだけに集中する事にした。
RCカーを置き、緊張しながらゆっくりとトリガーを引くと180SXは動き始める。
「そうそう、周りの人には気にせずグリップでいいからコースを回って見て下さい」
店長に言われるまま、ゆっくりグリップで走らせる、周りの常連客は俺の操作している180SXを綺麗にパスして抜けて行く。
「あれ! さっきより走らせ易い」
店長がセッティングしたYD-2は、とても安定していて初心者の俺でも扱いし易かった。
直線ではグリップをして走るものの、コーナーに入るとリアが滑り出し、テールが流れスライドして走って行く。
「これが本当のドリフトなのか……」
少し楽しくなりつつも、やはり他人のシャーシを使いコースを塞いでしまっている事に罪悪感を感じた俺は、数分で走りを辞めてしまった。
「ありがとうございました、面白かったです。お返しします……」
「フム」
店長はRCドリフトの面白さをもう少しわかって欲しいと思い、基本を教える事にした。
「何やら気を使ってる見たいだから場所を変えて基本を教えましょう」
「基本ですか?」
店長はコース脇に行き、小さなパイロンを置く。
展示してあった店長の180SXをパイロンの横に置き。
「良く見てて下さいね」
「はい」
RCカーは小さなパイロンを中心にして一定の円を描き、ぐるぐると旋回を始める。
「おおっ、すげ〜」
数十周、同じ方向に走らせたRCカーはスピンをして反転し、今度は逆方向に向き走らせまた数十周走らせる。
「こんな感じです、これを定常円旋回と言います。ここならコース利用者達の邪魔になりませんから好きなだけ走らせていいですよ」
店長に見透かされプロポを渡された俺は苦笑いしながら受け取ると、おどおどしながら操作を始める。
店長が簡単そうに走らせてたこの定常円旋回だが意外に難しく、店長の様な一定の円を描きながら走るのはとても難しかった。
「うぬ〜この〜! なんで店長の様に一定に回らないんだ」
操作する180SXはパイロンの周りを、大きく回ったり小さく回ったりして安定はしない。
たまにパイロンに衝突したりスピンしたりと不安定な走りで回り続けていた。
「慣れてきたらステアリングの舵角を一定にして、スロットルトリガーの強弱で操作出来る様にして下さい。それでは少し離れますので頑張ってください」
店長はそう言って焼きそば屋の店舗に戻ってしまった。
1人になった俺は見られていると言う呪縛が解け、少し楽になりながら180SXを旋回させる。
「うんなゃ〜ろ〜曲がれ〜スライドしろ〜」
1時間くらい騒ぎながら走らせていると店長が戻って来る。
「どんな感じですか?」
「いや〜全然上手く走れません……」
「早々上手くはなりませんよ、疲れたでしょうから今回はこの辺にしときましょう。少しお店の方で休んでいきなさい」
「はい、ありがとうございます」
焼きそば屋の店舗に戻り、客室の椅子に俺は腰掛け休む。
「緊張して疲れたでしょう。コーヒーでも飲んで行きなさい」
コースを利用すると無料で出されるドリップコーヒーの香りは、気持ちをリラックスさせ楽にしてくれる。
「ありがとうございます」
コーヒーを
「まず家に帰ったらジャイロの設定を今と逆にして下さい。それとプロポのトリムをいじり過ぎてますから全部一度元の所にリセットして戻して見て下さい」
初心がやりがちなプロポのいじり過ぎで変な走り方になり、逆に走りづらくしてた事に俺は反省した。
「本当は僕が全部修直しても良かったのですが、悪い場所を知って貰う為にそのままにしときました。自分で修正してまだ変な走り方をしてる様でしたら持って来て下さい、その時は色々と補正します」
「本当にありがとうございます。後で自分で直して見ます」
今回来て本当に勉強になったと思う俺は、コース利用料を支払い帰る事にした。
「ありがとうございました、また近々お伺いさせて頂きます」
「いつでも来て下さいね」
店長に帰りの挨拶をした俺は車に乗り再び同じ道で帰る事にした。
「今日は勉強になったな、また来よう」
緑髪のツインテール少女の歌を聴きながら俺は自宅に戻るのだった。
第4話に続く……
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