第一章 新しい人生と新天地②
兄に駅まで送られ、私とサイモンはヘイエルダール辺境伯領へと向かう汽車に乗った。話には聞いたことがあるけれど、行ったことのないヘイエルダール辺境伯領。雪の多い地域だと聞いている。私は汽車を前に、兄にお礼を言った。
「旅費から旅用の
「いいかクロエ。
汽車が出る。駅で手を
落ち着いたところで、ボックス席の向かい側に座ったサイモンがふわりと微笑んだ。
「良い気分
「そうね……またしばらくお世話になるけど、よろしくね。サイモン」
サイモンが
「お嬢様、ご覧ください。あの遠くに
「山が霞んで青いわ……遠いのね」
車窓からの風に目を細め、サイモンがつぶやいた。こうして遠出をするのはストレリツィ家に
窓の外を見ながら、汽車の中で私は改めてこわごわと
「セオドア……様……」
口に出してしまうと幼い
「色々お考えでいらっしゃるのですか」
サイモンが話しかけてくる。
「ええ、少し……少しだけね。こんな自由、初めてだから」
「大丈夫ですよ。ノエル様が行って良いと言うからには、大丈夫です」
「そうね」
今は何を考えても、良策は思い
私は思考を止め、風の気持ちよさに身を
宿場町には
終点のヘイエルダール駅で下車をして、真っ先に感じたのは
駅を出て目に入ったのは、王都にも
「まるで外国に来たみたいね」
「ヘイエルダール領は数百年前まで別の国でした。今でも
馬車は
再会が現実になるのを前に、私は
「セオドア様にどんな顔をして会えばいいのかしら。子どもの頃以来だし……
「ご安心ください、
そうして最後の城壁を
「馬車、少し止めてもらえるかしら」
考えるより早く馬車を降り、私は生垣へと向かった。泣いている女の子の前にしゃがんだ。女の子は驚いたのだろう、私を見て
「お姉さん、だれ……?」
「馬車を見たいと、飛び出したときに三つ編みが
「それは大変ね」
見れば、生垣のカメリアの枝に、銀髪の長いおさげが絡んでぐちゃぐちゃになっている。
私の視線で三つ編みの
「待って。無理に外そうとしては
「でも、でも、せっかく三つ編みにしてもらったのに、リボンを取りたくないの」
「大丈夫よ。編み直してあげる。リボンも結びなおすわ。私、三つ編みは得意なの」
「本当に……?」
満月のような金色の瞳が私を見つめる。
「本当よ。任せて」
「私の名前はクロエ。あなたのお名前は?」
「……マリアロゼ……」
「マリアロゼさん……
「……そうかな。えへへ……リボンね、王都からプレゼントで届いたんだよ」
「はい、出来上がり」
手鏡で仕上がりを見せてあげると、マリアロゼの顔がぱっと
「かわいい……! ありがとう、クロエお姉さん!」
マリアロゼの様子に、メイドがほっと胸を
「お姉さんがその馬車で来たのね。マリアロゼてっきり王都の馬車だとおもっちゃって」
「それで
その時。城の方から
「マリアロゼ! 見つけたぞ、どこにいっていたんだ」
「あっお兄さま!」
長い銀髪を
「……あなた方は?」
お兄さまと呼ばれた彼は私たちに気づいて
「僕はルカと申します。ルカ・ストーミア・ヘイエルダール。……あなたがマクルージュ
「お嬢様、私たちも参りましょう」
「ええ。……そうね」
気を取り直して、私は高く聳え立つ石造の城を
城内には石造りのひんやりとした空気が
私たちはそのまま応接間に案内され、セオドア様が来るのを待った。一秒一秒を長く感じながら、私は目を
しばらく
──ついに。
深呼吸をして、立ち上がって
扉の向こうで足音が止まった。息を整えるような間合いがあって数秒。従者が
「待たせたな。軍議が長引いていた……」
低く
声も背の高さも纏った服装も違う。顔立ちも
それでも──私は急に、六歳の頃の感覚に
「……」
「…………」
彼も同じなのだろう。
私たちは
呼吸も忘れて、私たちはどれだけそのままでいただろう。
「あ……出会い
「こちらこそお久しゅうございます。クロエ……マクルージュです」
私もぎこちなく辞儀をする。挨拶の一つでも、
「
「はい」
お
昔と同じような優しい
「……会いたかった、クロエ」
「私も……お会いしたかったです、ずっと」
子どもの時のように、気やすくなってしまいそうだ。私は気を引き
「お久しぶりです。ご好意に甘えて厚かましくも
「私が呼んだのだから、
口にした後すぐにセオドア様は、あ、という顔をする。
「……あ、いや……君ももう淑女だから、もっと
幼い
「蜂蜜水、久しぶりです。ぜひお願いします」
それから用意された蜂蜜水をいただくと、ほっと、気持ちがほぐれていくのを感じた。
「
「ヘイエルダール産の蜂蜜を、クロエは小さい頃も喜んで飲んでくれていたね」
「はい。あの頃もこうして、セオドア様と
「……懐かしい。本当の
セオドア様は懐かしむように続ける。
「君にせがまれて、色んな本を読むのが楽しかった。君は絵が綺麗な絵本が特に好きだった。……そうそう、マクルージュの
「よく覚えていらっしゃるのですね」
「最後に会ったのは君が九つの時か──」
セオドア様の眼差しが暗くなる。そして私を見つめて
「あれから、君に苦労をさせてしまった」
「苦労だなんて」
セオドア様は
「ずっと責任を感じていた。……元々私が
「……はい」
「私がもっとあの時力を持っていれば、領地を安定させられていれば……君とノエルの力になれたのにと
「そんな……」
「
「もう過ぎた話です。今いただいているお
私の言葉にセオドア様は
「ノエルも話していたと思うが……しばらくヘイエルダールで
「自分の、人生……」
「いきなり自由になっても、これからどうしたいなんて考えるのは難しいだろう?」
私はカップに目を落とし、
「おっしゃる通りです。今回のこの訪問も実は、兄に
昔は色々と未来を楽しく思い
「ありがとうございます。もしよろしければしばらくお世話になりたいです。……
「……迷惑なんて考えなくていい。それに私も……」
セオドア様が言葉を切る。顔を見ると、彼は首を横に振って言葉を続けた。
「……私もできれば、君とゆっくり話がしたいんだ。会っていなかった間の話をしたいんだ。せっかくの……
「ありがとうございます」
「君が気に入ってくれるならばいつまでだっていても構わない。とにかく思うままに過ごしてほしい。もう君は自由なのだから」
「そんないつまでだって、……なんて」
「疲れているところ、長話をしてしまったな。
その時。ドアの向こうから、コンコンと小さなノックが
捨てられ花嫁の再婚 氷の辺境伯は最愛を誓う まえばる蒔乃/角川ビーンズ文庫 @beans
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