第一章 私の夫は犬なのですか②
ティールームに案内され温かなお茶を飲んでいると、ほどなくして城から手紙が届いた。
そこにはしっかりと私と公爵様が正式に
順番が逆だ。どうせ当人たちの意思を無視して進めているのだから、私を送り込む前に手紙くらい送っておいてほしい。
しかしそれだけで執事は私が
「私は執事を務めさせていただいております、ロバートと申します。ジゼル様にご不便のないよう、誠心誠意お仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
「ジゼルもロバートも、
一番驚いていたのは
「しかし、公爵様が犬に変わったのは勝手に結婚させられていると知る前ですよね。魔女はそうでなくとも、人間は
魔法とは、術式を
だとしたら、あの魔女は何をもって『真実の愛』だとしたのだろう。
「気になるのはそこなのか。本当におまえ、おもしろ──」
「その評価を下されると、私が
最初は犬らしい行動をとることに
そんな公爵様を前に、私はため息を
「この世の不条理を描いたような話です」
学院の食堂で王太子殿下に反論したことから、体面を保つために『面白い』という評価のもと側室になれと言われたこと。断ったら国王陛下に公爵様の妻になれと命じられたこと。あまりの腹立たしさで頭に
「王太子殿下は最近
「王宮内でごたごたがあって隣国に出されたと聞きましたが、そもそも何故国外で育てられたのでしょう」
異文化を学ぶというほどマルタニアとこの国に
「第一王子と第二王子が
「しかし、第三王子の命まで
「いや。そもそも第三王子は早々に隣国へやられたのだから、王位
「第一王子の死で取り乱した一派が
「複数人の
「それで平和になって、ようやく第三王子が帰国し立太子したかと思えばこれですか」
私が言うと、公爵様は項垂れて
「しかし、何故陛下がジゼル様を公爵夫人となさったのかはわかるような気がいたします」
落ち着いた
「どういうことだ? あの
「そこなのです。
そう言葉を
公爵家の執事のほうが私などより国王陛下のことを知っているだろうし、私は
それでも今はまだ、冷静に
「とにかく、こうして発動してしまった以上は
そう言って公爵様はぺろりと垂れる舌をしまい、キリッと私を見た。
「ジゼル。そなたにとっても意に染まぬ結婚だったことはわかっている。だが、どうか妻として協力してくれないだろうか」
「協力するのはやぶさかではありませんが、なかなかの難題ですね」
「そ、それは、塩公爵などと言われている男を愛せと言われても難しいことはわかるが、好意を持ってもらえるよう努力する」
「その前に、『真実の愛』とは何か、定義を知らねばなりません。
それを察したのか、公爵様もその言葉を
「しかし、あのま──、あの女性は、その場の感情だけで動いているように見えるからな。それほど難しく考えることもないのではないか」
「難しくも何も。そもそも、好きとか愛とかってどういうものですか?」
「え?」
「そういった感情に覚えがありませんので教えていただきたいのです」
私がそう言うと、公爵様はゆっくり五を数えるくらい
自分だって口づけは初めてだと言いかけていたのにその
「公爵様はご存じなのですか? でしたら教えてください。『真実の愛』の定義とは何ですか」
「え? いや、そう言われると……」
「呪いを解く条件としてどのようなものが『真実の愛』と判断されるのかがわからなければ、努力の方向性がわかりません」
「
「では、一般論ではどのようなものなのですか?」
「いや、それは俺もわからんが……。そもそも異性は
答えを持っていないのは私と同じではないか。
「ではロバートは? 『真実の愛』はどんなものか知っている?」
こちらを生暖かく見守っている
急に
「私自身は仕事のことばかりで、そこまで
「具体的には?」
経験が足りないゆえに全然「なるほど!」とはならない。重ねて問えば、ロバートは少し困ったように首を傾げた。
「
想像がつかない。嫌なところは嫌に決まっているのに。
私があまりに難しい顔をしていたのか、
「とにかく、まずはそこだな。真実の愛とは何か、そしてどうしたらそこに至れるのかを検討しなければ」
「そうですね。広く意見を聞き、
妻となったのだからできる限りのことは協力するつもりだが、一方的な
いや、そもそも公爵様がいきなり結婚することになってしまったのは、私がうまく立ち回らずに王家を敵に回したせいだ。元々結婚相手を探していたとはいうものの、選ぶ自由もなく
まあ、動物愛とか
「少しずつ打ち解けてもらえるように努力する。だから、ジゼルも遠慮なく何でも言ってほしい」
そんなにうるうるのつぶらな
わかってやっているのか。無意識だとしても、強制していないのにこの
そこで気が付いた。
「そういえば。私は公爵様を従えることができるのですよね」
私がぽつりと呟くと、ギクリというように主従が
とはいえ、こんな
無理に相手を従えるのは本意ではないし、「対等な関係になりなさい」とでも命令すれば安心させられるところだろうけれど。
それはいつでもできるし、まだ様子を見たいところだ。もしかしたら
だって、どうやったって彼の立場のほうが上なのだ。
国家権力に
『おまえ』から『そなた』に、そして『ジゼル』へと変わったことを考えると、少し見直してもいいかとは思うのだが。
だから私はこう聞いた。
「ところで、
「俺に
なるほど。相手の自由を
それならばいい。
「わかりました。では私も公爵様も、お
「え?」
「公爵様は妻となる人に命令されたくないから、
「え? だが、それでは、真実の愛など
「自分が命じるつもりだったことでしょう? 何か不都合でも?」
「──ありません」
「もちろん、命令はしません。あくまで守るかどうかは公爵様
「いや、だが、しかし……、その、ジゼルはそれでいいのか?」
「それはどういう意味でしょう」
「俺は公爵だ。王家に最も近く、金もある。そんな男を従えることができるのだぞ? 何でも自由に命令することができるんだぞ?」
「はあ」
「『はあ』って……」
声
「
「それを命令しては
私がそう言うと、公爵様は言葉を
「……そんな風に言われるとは思っていなかった。その、言葉では命令なんてしないといくらでも言うだろうが、ジゼルの言葉は、なんというか
それは計算高いということだろうか。
しかしどこか感心した様子なのを見ると、
公爵様は一人
「ジゼルの実家へは援助する。妻として協力してもらうのだし、何より結婚したのだから当然のことだ」
「ありがとうございます。そうして公爵様が私のことを
「そうだな……。そう言ってもらえるとは思わなかったのだ」
爵位や金銭を求めて結婚した相手に公爵様を意のままにできると知られたら、どうなるかなどわかりきっている。だから一方的で
これだけ良識を持った人だ、これまでさぞ心苦しかったことだろう。言葉や命令で
評判とは正反対に、この人は
この結婚はもしかしなくても最高なのではないだろうか。
「俺はジゼルと結婚できて
「私も今同じことを思っていました。公爵様のような方でよかったです」
あくまで結果論だから、
「互いを疑い、牽制し合い、命令しあっているようでは真実の愛など生まれようもありません。お互いに自由にいきましょう」
「ああ、わかった」
● ● ●
そう言いながら「では実家に帰ります」とお
本音を言えば、本当に私を自由にするつもりがあるのかどうか公爵様を
不安そうなうるうるの瞳が頭にちらつき、急ぎ公爵家へ
「も、戻ってきたのか」
「はい。許可をいただきありがとうございました。父と兄たちとも直接話ができましたので、もう
「母親とは会えなかったのか?」
「とうに
そう答えると、
悪いことを聞いてしまったと思っているのだろうけれど、公爵様こそご両親とも
「本来なら俺も
公爵様が犬の姿の己を悲しそうに見下ろす。
「いえ。人の姿であってもいきなりお連れすれば大変なことになりますので」
先に王宮から手紙が届けられていたおかげで、思ったよりすんなり話を聞いてくれたのは
「そ、そうか。食事を用意してある。このように早く戻ってきたということは、夕食は食べていないのだろう?」
「はい、ありがとうございます」
夕食には
ずっと忘れていた空腹が思い出され、一気にお
階段を下り切った公爵様はちらりと私を見てから
我が家では
思ったより普通の生活を送れそうだと
さすが公爵家。
公爵様の目の前に用意されたのも同じメニューではあるが、犬が食べてはいけないとされている食材は除外され、小さく切り分けられていた。
確かに、ナイフが使えないのだからそうせざるを得ないだろう。
小型犬の口にはちょうどよさそうだけれど、公爵様はそれを悲しい
「どれもとてもおいしいです」
「そうか。それはよかった。好きな食べ物はあるか?」
「卵と
「なに? 大体の食事に出るものばかり
「いえ、嫌いなのではありません。よく食べていたので、それ以外が食べられると
「ああ……、なるほど……」
そんな悲しげに
「公爵様は何がお好きなのですか?」
「俺は…………別にないな」
たっぷり間を置き、考えた末に気が付いたようにそう答えた。
「ジ、ジゼルはなにかやりたいことなどはあるか? 今度の休みの日に、どこにでも連れて行ってやるぞ」
「特にありませんね」
「いや、街に買い物に行くだとか、ピクニックだとか、遠乗りだとか。観劇はどうだ?」
「特に興味ありません」
「なんだと……?」
そのまん丸な目で
「では公爵様は?」
「え……? いや、俺も特には……」
結局同じではないか。
まさか
公爵様は
その視線につられて、気が付いた。
「私の家には執事と料理人しかおりませんでしたので、公爵家はもっとたくさん使用人がいるのだと思っていましたが。それほど差はないのですね」
これまで姿を見かけたのは、執事と料理人、
「ああ。人は極力少なくしている。いつかこんな姿になるかもしれなかったからな。何より、人が多いとその分だけ
なるほど。多くの人間に口止めをするのは難しい。
それに男女問わず好意を寄せられていたというから、使用人とて例外ではないわけで、家で気を抜けないのは
そんな風に、これまでしなくてもいい苦労をしてきたのだろう。
けれど公爵様は、ふっと
「理由は
「そんな共通点は私たちくらいのものでしょうね」
公爵様が少しだけ声を上げて笑った。
ゆっくりとこうして仲を深めていくのもありかもしれない。
それで
食事を終えると、今日は日が暮れてからシークラント公爵家に
「で、
執事に
「ジゼルの部屋に続き部屋があっただろう」
「あれは私の寝室ですよね。夫婦の寝室はどこですか?」
「うん……?」
公爵様は今日一番、目をぱちくりとさせた。
「私たちは本日、
きょとんとする公爵様にそう返すと、「お、おま、そん……!」とチャカチャカ
「私は満足に
「いや、その、だな、いくら夫婦とはいえ、俺たちは、その、いきなり
「こちらです」
公爵様がもだもだやっている間にロバートがにこやかに案内してくれるので、「ありがとう」と答えてすたすた歩き出す。
その後ろを「お、おい! 待て!」とわんきゃん鳴きながらついてくる。
「別に公爵様も
「いや、だが……」
公爵様はむにゃむにゃと言葉を
仲を深めようというのにそれぞれ自由にやろうというのが
「……俺だけ自室で寝たら、
夫が来てくれないと妻として
ロバートに案内された寝室は、さすが夫婦用だけあって広い。
場所だけ
そうして寝室に
犬の習性なのか元来の
「どうぞ」
布団を少しめくって声をかけると、「あ、ああ」と
戸惑いながらも
「おやすみなさいませ、公爵様」
「あ、ああ」
それしか
● ● ●
布団はふかふかでシーツはパリッと張りがあり、
公爵様はまだ眠っているだろうかと寝返りを打つと、そこには思ってもみないものがあった。
ふわふわの
そしてなにより、
昨日
さすがに
──まつ毛長いな。
昨日は一瞬すぎてよく見ていなかったけれど、形のいい
これは幼少の
しかし、ここにこうして人の姿で寝ているということは、呪いは解けたのだろうか。
もちろん私は何もしていない。昨夜はぐっすりと眠っていた。だから夜の間に愛を
いや、寝ぼけた私が襲ってしまったということもあるだろうか。
寝起きで働かない頭を
「おはようございます、公爵様」
「あ、うん。おは……、おは……? え? あ!!」
私の存在を思い出したのか、人間版公爵様が慌てて起き上がろうとしたので、私は手のひらを突き出し制した。
「お待ちください。そのまま飛び起きると公爵様の
人妻になったとはいえ、初夜は同じベッドに横になっただけで終わった清い身であるから、朝の光が
「わあ! うそだろ! 俺……!? キャー!」
昨日と人格が違う。
公爵様は一人青くなったり赤くなったり百面相をしながら、最終的に布団の中に
「落ち着かれましたらお聞きしてもよろしいですか?」
「……なんだ」
「公爵様の呪いは解けたということでよろしいですか? 昨日のおためしが時間差で効いてきたのでしょうか」
「いや、違う。犬の姿になるのは夜だけだと
「
「忘れてたんだよ!」
「犬の
「魔女も何も考えていないわけではなかったのですね。でしたら、昼間は人間の姿でいられて、命に
「それじゃいつまでも初夜ができないだろ!
「魔女は結婚しても結ばれないよう
公爵様が「なるほど」というように布団から顔を出す。
「今からします?」
「ななななな、そんな
「別に、
「いや、しかし、だから昨夜も言っただろう。俺たちは
「そういう貴族は少なくありませんし、むしろ、だからこそ子を作ることが夫婦としての役割なのでは」
再び「確かに」というように真面目な顔で
「体から始まる愛もあるそうですから。
夫婦なのだからそれを試すことに何の支障もないし、初めての夜は必ずしろという教育まであるくらいだ。
しかし公爵様は視線をあちこちに
「そこから始めるのもありなのかもしれんが、やはりそういったことはもっと、こう、心を持って
真面目か。
「その……、昨夜ジゼルも言っていた通り、女性はこういうものを『義務』だと教育されてくるだろう。その結果、その体に子を宿し、腹の中で守り育てねばならないのは女性で、それを昨日のように覚悟だとか義務だとか、そういう気持ちで臨むのは、だな……」
子どものためによくないとか、そういうことだろうか。
だが黙って話を聞く私をちらりと見て公爵様が続けたのは、
「ジゼルばかりが背負うことはないのだ。もちろん仕方ない場合もあろう。だができるなら、愛とまではいかなくとも、やはりちゃんと俺自身を知った上で、受け入れてもいいと思えてからのほうが、互いによいのではないかと。これからの長い人生を共に歩んでいくのだから、無理はしてほしくないのだ」
女性にとってはたった一度で人生と体が変わってしまうことであり、長いことそれらと向き合っていく必要がある。
その時に
だが実際には割り切って考えざるを得ない女性はたくさんいただろうし、私もそのつもりだった。そんな風に女性のことを考えてくれる人がいるとは、思いもしなかったから。
私がなおも黙っていると、
「い、いや、その結果やはり俺のことが気に食わないとか、生理的に受け付けないとかそういうこともあるだろうが、その時はきちんと話し合ってだな──」
「公爵様のこと、
「いや、まあ、犬はな。もふもふだからな。
人間の公爵様も、と言ったのだがそこは
耳を赤くしながら視線を彷徨わせているあたり、聞こえていないはずはないから、まあいいだろう。
しかし。思わず笑いが込み上げて、
「塩公爵の
最初はこんなヘタレな人が何故あのような強い態度を取っているのかと思ったが、正反対だからこそ効果的だったのだろう。
それにヘタレではない。
強くて
しんとしていることに気が付き公爵様を見やると、
「なにか?」
「いや……。笑ったな、と思って」
「私も人ですが?」
「それはそうなんだが、その……」
公爵様はもごもごしていたものの、「とにもかくにも、まずは朝食だな」とどこか棒読みで声を張り上げた。
「そうですね。お
公爵様はベッドを下りようと体をひねりかけて、はっとしたように
それから、ちらちらと私を見る。
「なにか?」
「い、いや、先に
「なるほど。ではお先に失礼いたします」
ベッドから下りて一礼し、くるりと背を向けると、公爵様がいそいそとシーツを体に巻き付ける気配がした。乙女かな。
「では、お食事の席にて今後のことをお話しいたしましょう。この国を乗っ取る
「はあ──!?」
朝から
「
「公爵様が少々驚かれただけよ。問題ないわ」
「いやいやいやいや、ちょっと待て! 何を平然と──!」
「ご安心ください。まずはこの結婚に対する国王陛下の意図を
「旦那様!? 奥様!? 本当に
「大丈夫なわけがないだろう!」
「ええ!? 開けてよろしいですか!?」
このように
「本当に問題ないから、そのままそこで待っていて。公爵様も落ち着かれてください」
「落ち着いていられるか! 今俺は国家
「失礼しました、言葉の
「そんなことを考えていたのか……。まさか、従属の呪いを使って
「ですから申し上げたはずです。命令せずとも聞いていただく方法はいくらでもあると。それに、無理矢理祭り上げても同じことの
「待てその先は聞きたくない。何も言うな。笑うとかわいいなとか思った
後半は口の中で
別に、公爵様をどうこうしようと思っているわけではない。
第二位王位継承権持ちまでが、
「朝から冷や水を浴びた気分だ」
「今私は大きな権力を手にする人を
「言っていることは理解する。だがやっぱり使うとか言ってるじゃないか……」
「それは公爵様のことではなく権力のことですよ」
公爵様はため息を
シーツを何重にも巻き巻きしているから
「安心してください。
「うん?」
「陛下は公爵様の
「ああ……。話してはいないが、何かしら事情があることは察しているだろうな」
「では、『
「俺が
「当然です。雲の上の人すぎて
「はっきり言うな……。まあ、気持ちはわかるが」
これでも表現はだいぶ
「公爵様と陛下との関係性はどうなのですか?」
「特別
公爵様は嵌められたと疑ったけれど、私が公爵様を従えることができることまで知られていたとして、陛下に利点はあるのだろうか。
いや、国王なのだから直接命令したほうが早いだろう。そうなると、
そんなことで人の人生を振り回したのだとしたら、国民の意地は見せてやろう。
「とにかく、これからは早まらずに俺に相談してほしい」
「わかりました。では手始めに、国王陛下と王太子
「……
「まずは敵を知るべきですから。とはいえ、
「完全に敵と言ったな」
「私が
「いや弱みを
公爵様は引き気味に私の様子を
「それに私はこれまで家や領地のことで
完全に臨戦態勢じゃないか? と
「ロバートに
「ありがとうございます。それと」
「まだあるのか」
「はい。国王陛下とお話しできる機会を作ってくださいませ」
公爵様は学習能力が高いらしい。
「断ると
「もう私のことを理解してくださったのですね。話が早くて
「わかった……。二週間後に王家
「ええ、大人しくお待ちしております」
急いではいないし、待っていればその機会が来るというのならそれに
公爵様は私の答えにほっとしたように
もう
「まだ演技が必要ですか?」
「いや、なんというか、これは習慣で、外に出た時に気が緩まないようにと……」
「まだ私を警戒していらっしゃいます?」
「いや。何を考えているのかわからないという意味では確かに警戒しているが、進んで俺を害することはないのも、俺の自由を尊重してくれているのもわかった」
「ありがとうございます。十分です」
「……おまえはおもしろ」
「なんですか?」
「いや、興味深いと思ってな。普通は『私を信じてくれないのですか!?』と泣いたり批難したりするだろう」
食い気味で口を
「昨日会ったばかりの人をどうやって信じるのです? そもそも泣いて
「そう考える人間ばかりではないということだ」
まあ、目的のために使えるものは使うというのはわかる。私は
そんな私を見下ろし、公爵様はふっと口元を緩めた。
「だから、ジゼルの
本当にそれは、固く閉じた
うっかり
私が甘かった。この人の満開の
冷酷公爵に嫁がされたはずが、ツンデレな子犬に溺愛されています 佐崎 咲/角川ビーンズ文庫 @beans
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