第2話 騒めく恋心
「ごめんなさい、お父様」
「……気にするな。殺気を隠さず近づいた私たちもいけなかった」
しょ気た娘の栗色の髪を優しくなでながら、ポカンとしていたアレクサンダーに向き直った公爵たちは拝礼をした。
「アレクサンダー殿下、大変申しわけありませんでした」
「いえ……珍しいものを……見れたというか、何と言うか」
エリザベートが展開した魔法は襲撃者、実際はローズウッド公爵とその部下たちだったのだが、三人の男をまとめて球状の檻に閉じ込める魔法だった。
光る檻の中でジタバタする様がまるで漁師が投げ網で獲った魚のようだったなどとは、まさか言えない。
ちなみにこの魔法は光属性なので攻撃性はないが、襲撃者を生かして捕えるには大変便利とのこと(不届き者に黒幕を自白させたいため)。
「殿下、娘がお世話になりました……しかし、この屋敷は殿下以外に誰もいらっしゃらないのですか?使用人はどこに?」
「ここには俺以外に誰もいません」
公爵の顔に一瞬驚きの表情が浮かんだが、すぐに事態を把握して「あの方も子ども相手に
「いえ、王妃陛下は新たな使用人を推薦してくださいました。それを俺が拒絶したのです」
今までいた使用人ならまだしも、王妃の手の者を宮にいれた先には「死」しかない。
「それでは、今回娘を保護していただいた礼としてうちの者を三名ほど派遣しましょう。どれも一人で小隊一つを相手にできる猛者です。ちなみに、そのうち一人の趣味は料理です」
「公爵の気遣いに感謝します」
ローズウッド公爵は父王の従兄弟であり、アレクサンダーにとって数少ない『信用できる者』である。その気遣いをアレクサンダーが受け入れると、公爵は安堵したようで再び娘に向き直った。
「それでは失礼しよう。ニコラスもお前を心配していたか……エリー、お前……」
公爵の驚いた声にアレクサンダーがエリザベートのほうを見ると、
(あれ?あの子の目、あんな紫色だったか?紺だと思ったけど、まあ外は曇り空だったし、部屋の中も薄暗かったからな)
先ほどまで面倒だったから必要最低限の照明しか点けていなかったが、公爵と共にいた二人が部屋中を歩き回って照明を点けてくれたから部屋の中は煌々と明るい。
どうやらさり気なく魔石の質も上げてくれたのだと察する。
「そうか……まだ淡いがこれは時間の問題だろうな。殿下のご様子を確認するために、月に一回この子をこの宮に来させてもよろしいですか?」
「いや、わざわざご令嬢にそんなことをさせては申しわけない……」
公爵の気遣いは嬉しいが、流石に公爵家の令嬢に使用人のような仕事をさせることは申しわけなく思ったアレクサンダーはやんわりと断ろうとしたが、その令嬢であるエリザベート自身が「わたくし、やりたいです」と進み出た。
「いえ、ありがたいですが……公爵が人を配してくれるといっても男が一人で暮らす宮に出入りしているなどと知られたらご令嬢の醜聞になるのでは?」
「それですが、殿下さえよろしければ公爵家の中庭と宮の中庭をゲートでつなげさせてください。利用者限定のゲートにすれば緊急時の避難路にもなりますし」
娘が男の家に出入りすることを後押しするという、貴族でなくてもとんでもない提案をする公爵にアレクサンダーは違和感や戸惑いを感じたが、期待に目をキラキラさせるエリザベートを見ると否とは言えず、了承することとなった。
「ここまで来たらいろいろ確認したいのですが、殿下は剣や魔法について誰かについて学んでいらっしゃいますか?」
「いえ。剣も魔法も宮にいた護衛騎士や魔法師から少し教わった程度です」
「それならばこの宮に送る三名のうち二名は騎士と魔法師にしましょう。残り一名は隠密活動の得意な者にして、ああ、ご安心ください。料理が趣味な奴は隠密行動が得意な者なので、殿下の食事事情に変化はありませんから」
「いや、そこなそんなに心配していないが……彼らから『学べ』と?」
「芸は身を助くと言います。いつかのために御身を磨いておくことは大事ですよ。なにしろ
『選ばれた』という不思議な言葉についてアレクサンダーは問い返そうとしたが、公爵の自分を見る瞳に圧されて聞くことができなかった。
ただその言葉を聞いて、物心がついたときからずっと空いていた自分の心の中の穴が埋まった気がした。
***
「ねえ、おかしいところはないかしら?」
「よくお似合いですよ、お嬢様。ご安心なさってください。それよりもお約束の時間に遅れてしまいますよ」
侍女のアマリアの言葉にエリザベートは昨夜から準備していた小さな鞄を手に取り、最後にもう一度確認するため中を開けて、淡いクリーム色の封書が入っていることを確認する。
「緊張するわ。お父様の話では
「エリー様のデビュタントの夜会ですからきっと参加してくださいますよ」
「……やっぱり、お兄様かお父様から渡してもらおうかしら」
「お嬢様、こういうものはご自分でお渡しすることで特別な意味が生まれるのです。それに旦那様も坊ちゃまも最近はお忙しくて、三日ほど前に見かけたときは幽鬼のようでしたわ」
「何かあったのかしら」
「あったのかもしれませんが、私たちお嬢様付きの使用人はデビュタントの準備に集中するようにと言われていて何も報告できないのです」
「そう……それならば私が聞いてもデビュタントに集中しろと言われてしまうだけね」
エリザベートが一歳になる前に公爵夫人だった母が亡くなっているため、公爵邸でひらかれる夜会はとても久しぶりだった。
父の後妻や兄ニコラスの婚約者の座につこうとする夫人や令嬢たちが幾人も手伝いを申し出たがエリザベートは全て断り、公爵家の親戚や貴族出身の使用人たちに手伝ってもらって準備をしている。
「それじゃあ、行ってくるわね」
部屋を出たエリザベートが向かうのは屋敷の中庭で、中央にある魔法陣の中央に立って「セレンディア宮」と唱えると、エリザベートの体は一瞬で光に包まれた。
光がおさまってから目を開ければ、先ほどとは違う庭。
淡いピンク色で縁どられた白バラたちがエリザベートの視界を占め、そこにただ一つだけあったベンチに座って本を読んでいた男性が顔を上げて口元を緩めた。
「遅かったな、マリー」
「まあ、お待たせして申しわけありませんでした」
アレクサンダーを待たせたことにエリザベートは慌てたが、その言葉からアレクサンダーが自分の到着を待っていたことが分かるため嬉しいとも感じた。
家族や屋敷の使用人が呼ぶ「エリー」とは違う、アレクサンダーだけが呼ぶ「マリー」という愛称がくすぐったかった。
本を手に持ったアレクサンダーは逆の腕を差し出して、スマートにエスコート申し出る。
その様子にアレクサンダーがすでに大人の仲間入りをし、自分ではない誰かをエスコートし慣れていると感じてしまう。
(再来月のデビュタントが終われば私だって)
「やけに難しい顔をしているが、どうしたんだ?」
「……デビュタントが不安なのです」
嫉妬しているとは言えずデビュタントが不安だと言ったが、それは嘘ではなかった。
デビュタントの準備は順調にすすみ、多少のトラブルはあっても直ぐに解決できているのに、常にイヤな予感がしていた。
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