第40話 龍の選択

「とりあえず、お茶を持ってきます」


そこは、正妃を輩出した家系の傍流にあたる家。ルイーズを引き取って養子にした、貴族の屋敷だ。カーシャは悩んだ末に、ルイーズとアリアに全てを明かすと決めた。そうして、その家にアリアを呼んで、自身もその家を訪ねた。ルイーズは穏やかな笑みを浮かべて、2人の客人に、お茶を用意した。


「それで、今日は何故、ここにいらしたんですか?」


カーシャは、お茶を一口飲んでから、話し始めた。


「……僕は、5番目の皇子だ。母違いの兄たちより未熟で、兄のように優秀ではないから。だから、僕は……僕はせめて、龍の花婿になれるようにと思って、今までずっと努力してきた。きっと、間違っているのだと、思う。そんな理由で、花婿になりたい、なんて。それは、良くない考え方だ」


アリアも、ルイーズも。穏やかな表情で、カーシャの話を聞いていた。そうして、同時に口を開いた。


「「別に、そう思うこと自体は、罪ではないと思うけれど」」


一言一句、同じ言葉。アリアとルイーズは顔を見合わせて、笑った。そして、アリアが話を続けた。


「だって、あなたはまだ子供だもの。子供を守るのは、親の義務だわ。もし、もしね。あなたがそれで、守られるのなら。私は、あなたを選んであげる。ね、いいでしょう、あなた」


最後の言葉は、ルイーズに向けて投げかけられたものだった。ルイーズは、笑顔で頷いた。


「もちろんだよ、恵子。君がそうしたいと言うのなら、僕はいつだって応援する。ずっと、そうして生きてきたからね」


カーシャは、その瞬間に理解した。前世であろうがどこであろうが、この2人の間には、余人が入れぬ世界が築かれているのだと。それを知って、それでもと望むことは、カーシャには出来なかった。


「……いいえ。いいえ、それはやはり、間違っているんです。アリア嬢が選ぶべき人は、僕ではなく、ルイーズさんなのだと。今、僕は実感しました。アリア嬢。あなたの気持ちを曲げてまで、僕のことを考えてくださるのは、嬉しく思います。ですが、龍が誰かを選ぶということは、そういった理由で決めてしまってはならない。それは、龍の想いだけで、決めるべきことなのです。……どうか、僕のことは気にしないでください。僕たちにとって、最も大切なこと。優先すべきことは、あなたの幸福なのですから」


アリアは、困ったような表情になって、ルイーズを見た。ルイーズは真顔で、頷いた。気を使ったつもりだったけれど、カーシャにとってはそれこそが、決定打になったのだろう。ここまで言わせてしまっては、アリアに出来ることは、1つだけだった。


「……ありがとう、カーシャちゃん。あなたが後押ししてくれるなら、とても嬉しいわ」


せめて、彼の覚悟を無駄にしないために。自分の気持ちに従って、ルイーズを選ぶ。そう決めて、心を全部、彼女に預けた。世界がクルリと回転する。その選択は、どこまでも甘く、強い安心感をもたらした。確かにこれは、カーシャのために行うべきことでは無かったと、実感する。アリアとしての1番と、恵子としての1番。それが食い違ってしまっていたら、これからずっと、相反する気持ちに苦しみ続けていただろう。


「…………本当に、ありがとう。カーシャちゃんのおかげで、私は間違えずに済んだわ」


だから、精一杯の笑顔で、感謝を述べる。その時、カーシャが嬉しそうだったことは、アリアにとって大きな救いとなった。

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