第39話 皇子たち

「トリテウ家に向かってくれ」


龍の家を、後にして。馬車に乗りこんだ第1皇子が御者に告げた。彼と共に乗りこんだカーシャは、異母兄の言葉を聞いて、彼の方に視線を向けた。


「何故、そこに……? 王宮に向かうのではないのですか?」


第1皇子は、何も言わない。人目があるところでは、彼はいつも冷淡だった。今は、何を聞いても、答えが返ってくることはないと察して。カーシャもそれ以上のことは聞かず、黙って馬車に揺られた。やがて、馬車は目的地に到着する。先に馬車から降りた兄に着いていくように、カーシャも降りた。兄はカーシャを連れて、屋敷の1室に入り、人払いをした。そして、カーシャの目を見て、真剣な表情で言った。


「カーシャ。お前はなんで、龍の花婿になりてえんだ?」


「それは、その……龍である、アリア嬢のために」


そこで、兄はカーシャの言葉を遮って言った。


「そうだな。人間として生きた頃の記憶がある龍が、その頃に添い遂げた相手を探したいなんて言い出すのは、確かに珍しいことだ。前例もねえ。だがな、カーシャ。あの龍は、前世で会った相手とやらを、もう見つけ出している。お前のことだ、もう分かってるだろ。あの龍が、お前のことを気にかけていると。だからこそ、未だに、選べないと言い続けているんじゃないのか」


カーシャは、何も言えなかった。前世がどうのという話は、理解出来ないことではあるが、それならそれで構わない。大切なのは龍に選ばれるかどうかであり、そのために努力することが皇子の責務であると、カーシャは信じていた。


「そうじゃねえだろ。お前には、それしかねえんだろ」


けれど。兄には、カーシャが考えていることなど、全て見通されていたのだろう。


「お前は末の皇子で、まだ子供で、未熟だからな。他のことでは、兄には勝てない。だが、龍の花婿という立場であれば、お前が適任だ。花婿になることができれば、誰かに侮られることも、誰かに責められることも無くなる。そのことを、考えなかったとは言わせねえ」


兄の言葉は正しい。けれど、1つだけ。


「……確かに僕は、最初はそれだけを考えていました。ですが、今は違います。アリア嬢と出会って、彼女のことを知って、本当に素敵な人だと知ったからこそ、僕は」


「龍としての1面に驚いて、何も言えなかったってのに、花婿になりたいのか?」


最後の言い訳も、言いきることができなかった。兄の言葉は、どこまでも正しくて、隙がない。


「人間の記憶があっても、龍は龍。俺たちとは違う生き物だ。その違いを目の当たりにして怖気づくなら、お前に花婿の資格はねえ。そのことを、よく考えろ。龍でもあり人でもある、アリア公爵令嬢を、そういう存在として受け入れることができるのかをな」


それは、兄なりの気づかいだ。自分を誤魔化し続けて、彼女に嘘を吐き続けることは、終わりにすべきだと。兄は暗に、そう告げてくれている。自分は、どうしたいのか。どうするべきなのか。カーシャはずっと、考え続けた。

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