第37話 昔話

「……ねえ、ユールちゃん。聞きたいことが、あるのだけれど。いいかしら?」


お茶のおかわりを飲み干して、アリアはユールに目を向けた。ユールは不思議そうな顔をして、頷いた。


「いいけど。龍であるあなたが、人間の私に聞きたいことって、なあに?」


アリアは、紅茶を注ぎ足したカップを見つめて、口を開いた。


「龍のおとぎ話を、知りたいの。誰かを選んだ、龍の話を」


アリアの言葉を聞いたユールは、どうでも良さそうに呟いた。


「ふうん。どうして、そんなことを知りたいのかは、分からないけど。私が知っている話で良いなら、教えてあげる」


そうして、ユールは1つの昔話を、語り始めた。


――――


遥かな昔。膨大な財宝が眠る遺跡があり、そこは龍に守られていた。


ある国が、その財宝を狙って、軍隊を差し向けた。龍は、風の渦を生み出して、軍隊を追い返した。


欲深い王は、何度も軍隊を編成して、遺跡に向かわせた。龍はその度に、軍隊を追い返した。


王は民に重税を課し、徴兵を行い、その遺跡を攻め落とそうとした。龍は、その度に兵たちを風で飛ばし続けた。


重税を課す王に、民たちは不満を持って、反乱を計画した。兵たちが遺跡を攻めている隙を狙って、城を襲い、王を殺した。


反乱軍の統率者だった勇者は、疲弊しきった国を立て直すために、龍が守る財宝を求めた。


勇者は、ただ1人で、龍の元に赴いた。そこで何が起こったのか。それは、誰も知らない。ただ、勇者は宝を持って、帰ってきた。その宝で国は復興し、人々は平和を謳歌した。


それから、長い時が経った。


ある時。1人の吟遊詩人が、勇者と同じように旅をして、ついに遺跡に辿りついた。


そこに、龍は存在した。小さな小さな、人の小指の先ほどの大きさの石を、大切そうに守っていた。


――必要だって聞いたから、要らないものをあげたんだ。


龍は、そう言った。龍が守りたかったのは、山のような財宝ではなく、たった1つの宝石いしだった。


詩人は語る。これは教訓。


人は、龍には敵わない。龍は、人を殺さない。


人が、望みを叶えたいのなら。龍に挑むのではなく、龍と対話しなければならないと。


――――


「……と、そういう話ですけど。こんなので、いいですか?」


ユールが、目を細めてアリアを見る。アリアは真顔で、頷いた。


「……ええ。とても、参考になったわ」


自分の全てで、たった1つの小さな石を守った龍。誰かを選ぶのではなく、大切な物を選ぶ。そういう選択もあるのだと、アリアは理解した。

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