第35話 来客(後編)

カーシャは、泣きそうな顔で俯いた。


「違う、違うのです、アリア嬢。僕、僕は……僕も、そう思った。思ってしまった。あなたの話を聞いたというのに、あなたの想いに触れたというのに、僕はあなたが欠けている・・・・・なんて……!!」


「それはそうでしょう。私は、龍が行うべきことを、放棄しているのだもの」


アリアは笑って、断言した。


「……私は龍で、誰かを選びたい、選ばないと不安で仕方がないと思っている。でも私は、選ぶというのがどういうことなのか、分からないの。龍は、人間とは違う生き物だということだけは、理解したのだけれど。私は、人間として生きた経験がある。だから、龍にはなりきれない。カーシャちゃんが、欠けているって思うのも、仕方ないわ」


「別にいいだろ、それで。国にとっては、必要なのは龍の力だけだからな」


そう言ったのは、第1皇子だった。


「欠けているんじゃねえ、必要なものを持っているんだ。人間の考え方を理解する龍、いいじゃねえか。なあ、カーシャ」


カーシャは、何も言わない。硬い表情のまま、視線を落としている。第1皇子は溜め息を吐いて、言った。


「すまねえな。カーシャは、こういうやつなんだ」


その言葉には、身近な人への気安さと、肉親への気づかいが込められていた。アリアは、そのことを嬉しく思いながら、彼との会話を続けた。


「いいえ。末の子は、そういうものですよ。私は私の人生を、全て覚えています。見た目は小さな子供でも、精神的にはお婆ちゃん。それが私、アリア・ティルテュです」


「そうか。そういうことなら、遠慮はいらねえな。教団クルトゥスの話に戻すが、いいか?」


「ええ、もちろん」


「よし。まず、ユールを脅した貴族は投獄した。教団に深く関わってたわけじゃねえが、まあ……昔、奴の家系の者から、花嫁が出たことがあってな。それを鼻にかけて、増長して……その花嫁が亡くなってから、誰も龍に選ばれることなく、没落した。今回の事件は、奴の逆恨みが、事の発端だ」


「そう。それなら、この国に教団の手が及ぶことは、もう無いの?」


「そんなもん、有るに決まってんだろ。教団ってのは、そういうもんだ。どこに信者がいるか、誰も知らねえ。だから厄介なんだ。各国が総力を上げて神殿を潰し、信者を捕えても無くならない。龍は教団に対して、積極的に関与しないしな」


「……それは、どうして?」


正しい・・・んだと。始祖の龍と他の龍たちは、明確に違う。始祖は世界そのものであり、他の龍たちはその世界で生まれた生き物だ。だから、始祖のことしか信じないという主張をするなら、それは正しいことなんだと。俺たちからすれば、頭の痛い話だ。龍が本気を出してくれれば、教団なんてものは、この世界から無くなるってのに」


それは、事実だ。アリアは龍で、だからこそ、分かる。世界そのものと、世界の中で生きるもの。同じだから干渉できる、同じだから変えられる、けれども勝手は許されない。


(誰かを、世界から消す、なんて。そんなことは、私にも出来ない)


第1皇子の目が、アリアを見ている。この龍は、世界から教団を……人間を消してくれるのかと、問うている。そんなことは、出来ない。国にとっては正しいことでも、人間を愛する生き物として、行ってはならないことだ。だからアリアは、第1皇子の目を真っ直ぐに見て、言った。


「私も、そんなことは、やりたくないわ」

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