第32話 帰宅

事実として。


その龍は、朝に王都を出て、朝に帰ってきた。


それは本当に一瞬の出来事であったと言っても過言ではなく、故にティーナであっても、アリアが一時ひととき居なくなっていたことには気付かなかった。


それが突然、アリアが教団クルトゥスの者を抱えて戻って来たことで、実家は大騒ぎになった。


「どうして、こんな危ないことをしたんだい!!」


アリアの部屋で、父が叫んだ。人目をはばからずアリアに抱きついて、大泣きしている。龍を敵視する人間と対面して、昏倒させて連れ帰るなどということをしたのだ。そうなるのも、仕方がない。


「……大丈夫よ、お父様。風になっていたんだもの、傷なんて付くはずがないわ」


力強く抱きつかれて、ドレスに涙の跡がついている状況で、アリアは笑って言った。


「でも、でも、それでも心配なものは心配だよ……」


父は多少落ち着いたようだったが、それでも涙は流したままで、声も震えている。龍が何なのか、理解したアリアにとって、心配されるというのは嬉しいことだった。それは、人として扱われることと同じだったから。だから、それ以上のことは言わず、父の好きなようにさせることにした。


――――


しばらくして。父が落ち着いて、アリアから離れたのを見計らってから、ティーナが部屋に入ってきた。


「旦那様、姫様。来客です」


「客?! 何を言っているんだ、ティーナ。アリアにも言うということは、アリアの客なんだろうが、彼女は今とても疲れているんだ。そんなことも理解できないような奴は、客なんかじゃない。追い返しなさい」


父はしかつらになって言った。ティーナは真顔で、返答した。


「ですが、旦那様。お客様は、第5皇子様と第1皇子様なのですが」


父が、苦虫を噛み潰したような顔になる。アリアは首を傾げた。


「第5皇子様は分かるけれど、第1皇子様も? どうして?」


ティーナが少し笑って、言う。


「姫様が、教団の方を連れていらしたからですよ。かの教団は、国にとっても脅威ですから」


アリアは納得して、頷いた。父は本当に嫌そうな様子で、口を開いた。


「まったく。なーにを考えてるんだ、あいつら。どうせ、こちらが折れるまで、門の前で待ち続けるつもりだろう。分かった分かった、通していい。まったく。王族というのは、どうしてこうも我儘なのかね」


呟きながらも、父は部屋から出ようとする。扉から出て、振り返り、そして一言。


「アリア。何はともあれ、君が無事に戻ってきてくれて、良かったよ。だけど、これからは、こんな無理はしないでおくれ」


それだけ言って、去っていった。ティーナはそれを見届けて、来客を迎えるために、部屋を出た。アリアは1人になって、鏡を見る。


(ドレス、着替えなくちゃね……)


父の涙の跡や、抱きしめられた時についた皺。それらが目立つドレスを脱いで、アリアは別のドレスに着替えた。

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