第31話 小さな村

王都を出てから、ずっと。アリアは、北へと向かい続けた。高い山々、広い河を越えて、飛び続ける。そうして、やがて。アリアは、小さな村に来た。ここが、目指していた場所だと。なんとなく、理解した。


(……それにしても。龍って、なんなのかしら)


都から、ここまで。かなりの距離があった。だというのに、太陽の位置が変わっていない。


(私は、この距離を、一瞬で移動したの……? 景色は普通に見えていたと、思うのだけど……)


考えながら、村を歩く。家の作りも、道の様子も違う。けれど、農作業をする人々の様子や、停滞した穏やかな空気は、恵子の生まれ故郷と何も変わらない。


(栽培されているのは、麦だとは思うけれど)


水田ではなく畑、米ではなく小麦。そうと知りながら、アリアは懐かしさを抱いていた。小さな村、小さな家、働き者の人々。


(……あら?)


その場所に、似つかわしくない人がいた。フードを被った、男の人。年の頃で言えば、働き盛りの中年だろう。この小さな村で、働き手の数が少ない村で、農作業もせず立っている。村にいる者たちとは違う服装、違う様子、つまりそれは。


「ねえ、あなた」


アリアは彼の、後ろに立った。声をかければ、彼は振り返った。そして、不審そうに、辺りを見回す。


「あなたが、教団クルトゥスの方かしら」


男が身構える。


「誰だ!」


狼狽した。それは、肯定と同じことだ。


「ねえ、あなた。あなたたちは、どうして、そんなことをするの? 小さな子供の家族を人質に取るなんて、そんなことをしなくても、私ならいつでも会ってあげるのに」


男の頭に、手を伸ばす。男には、見えていない。


「悪いことは、駄目よ。さぁ、お眠りなさい」


見えない手が、頭に触れて。男は昏倒した。その体を抱き上げて、村を見回って、他におかしな人が居ないことを確認する。


(……うーん、どうしましょう)


男が見ていた家の中には、老母が1人。おそらく、ここがユールの実家なのだろう。


(ここに……ううん、この村全体に、壁か何か……)


少し迷って、村を覆うように、円形の壁を作る。悪意のない者だけが通り抜けられる、透明な壁を。


(さて。この人を、ここに残しておくわけにはいかないけど……連れて帰れるかしら)


人1人を抱えたまま、浮き上がる。そして、飛ぶ。やってみれば、なんのことはない。来たときと同じ距離を、同じ時間で移動することができた。


(……そう、そうなの。龍って、こういうモノなのね)


けれど、その過程で気付いたことがある。眠っている男の体を抱き上げていたはずが、背中に乗っているような気もする、男の体の周囲で、空気が渦を巻いている。これは、風、あるいは竜巻とも呼べるだろうか。いずれにせよ、自然現象だ。考えてみれば、当たり前。神と同一視されるモノは、自然と同じモノでもあるのだ。


(私は今、風になっているのね)


自分が何者か。アリアは今、それを、ようやく理解した。自分は、人とは違う生き物なのだと。

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