第30話 揉め事(後編)

「……うん、わかったわ。大丈夫、心配しなくていいからね」


アリアは、そう言って、笑ってみせた。龍としては半人前。だけど、そんな理由で、このお願いを叶えられないのは嫌だった。なんといっても、子供を守るのは、大人の義務なのだから。


「今日は、泊まっていきなさい。カーシャちゃ……皇子様には、私から伝えておいてあげるから」


アリアの言葉を聞いたユールは、何故そんなことを言われるのかという表情になった。けれど、少しして、その意味に気付いたのだろう。目を見開いた後に、無言で頷いた。


(ええ、そうよ。家族を人質に取るような方々なのだもの、王宮に戻ったユールちゃんに何をするか、分からないものね)


部屋の戸を開けて、ティーナを呼ぶ。すぐに駆けつけたティーナに、ユールのことを任せて、カーシャのところに伝令を飛ばす。それらのことを手早く済ませて、アリアは1人で自室に籠った。


「……さあ、それじゃあ……」


窓に掛けられている布を取って、外を見る。陽が差して、人々の営みが始まろうとしている、大通り。その様子を見つめて、アリアは大きく、息を吸った。


『龍の能力は、心から必要だって思った時には、絶対に使えるようになる。この大地で、龍に出来ないことなんて、なにもない』


港町で会った龍の言葉が、脳裏に浮かぶ。アリアは目を閉じて、願った。


(どうか、どうか、お願い。あの子を助けられる力を、誰も傷つけない力を、私に……)


体が、浮いたような気がした。アリアは、ゆっくりと目を開けた。自分の体が、浮かんでいる。飛んでいるのだろうかと思ったけれど、それにしては様子がおかしい。鏡の前に立って、自分の姿を確認しようとして。何も映っていないことに、気がついた。驚いて、声が出そうになる。


(……大丈夫、よね?)


自分が消えたわけでは、ない、と思う。思考もできるし、物を見ることもできる。耳をすませば、外の喧騒も聞こえてくる。知覚はあるのだから、自分は確かに、ここに存在していると言えるだろう。だとすれば、どうなったのか。鏡に、手を伸ばす。すり抜けた。幽霊のような存在に、なったのだろうか。


(……流石に、驚いたわ)


けれど、きっと、大丈夫だ。自分の願いが叶って、こうなったというのなら。元に戻ることも、できるだろう。アリアは覚悟を決めて、願った。


(あの子のお婆ちゃんを、助けに行きたい)


その願いが、届いたのか、どうか。分からないけれど、状況は動いた。アリアの体は、窓から出て、北の方へと飛んでいった。その方角が正しいのかは、分からない。それでも龍の力を信じて、身を任せた。

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