第29話 揉め事(中編)

「……ええと……どういう、ことかしら」


アリアは、戸惑いを顔に浮かべた。ユールが眉を上げて、口を開く。


「まさか、知らないんですか? 始祖の龍だけが本物だ、なんて言って、国に反抗し続ける愚か者の集団のことを」


「ええと……そうね、知らないわ。そんな人たちが、居るの?」


「居ます。そして、私の……いえ、私のことはいいんですけど。ともかくあなたは、その人たちに狙われています。だから潰してください。そうしないと、あなたはずっと危険なままです」


ユールが、身を乗り出すようにして、アリアに顔を近づける。


「お願いします。あなたは、龍でしょう。可能なはずです。尾の一振りで津波を起こし、咆哮で山を崩すモノ。私たちとは根本から違う、優れた生き物なんだから」


そう言われても、アリアには龍である自覚はない。それに。何かを壊すとか、誰かを殺すとか、そんなことは、やりたくないことだった。


(……でも)


ユールが、先ほど言いかけたこと。


『私の……いえ、私のことはいいんですけど』


その言葉が、どうしようもなく、気になった。


(この子は、カーシャちゃんのことが好きで、私のことを嫌ってる。それなのに、私のところに1人で来た。それは、どうして?)


断るべきだ。だって、出来ないことだから。だって、やりたくないことだから。でも。


(そうしたら、この子はきっと、困ってしまう)


彼女が何を言おうとしたのかは、分からない。だけど、人を困らせてまで、望みを叶えようとする人たちがいて。それに、子供が巻き込まれる、なんて。


(そんなこと、許してはいけないことだから)


だからアリアは、ユールの目を見つめて言った。


「……うん、わかったわ。あなたが大事にしたいものは、ちゃんと守ってあげる。だから、安心して頂戴」


ユールは目を丸くして、次いで頬を膨らませて、アリアを睨んだ。


「最初から知ってたんですか? 酷いです、最低です。やっぱりあなたなんて、カーシャ様の隣に並ぶには、相応しくありません」


「知っていたわけじゃないのよ。ユールちゃんが、何か言おうとしてたでしょ? 私は誰かに襲われたけど、まだそのことを皇子様に話してはいない。だったら、ユールちゃんはどうして、私に会いに来たのかしらって。あなたはあなたで、何か、事情があったのかなって。そう思っただけよ」


アリアの穏やかな顔を見て、ユールは少し表情を和らげた。


「……そうですか。それなら、隠す意味もないですね。貴方が言うとおり、私は教団クルトゥスの者に脅されています。本当なら、ここに来るのも危険だと、分かっていた。私が、彼らの動きをあなたに密告したと知られたら、お婆ちゃんがどうなるか……。そんなこと、分かってます。でも、怖がって、あんな奴らの言いなりになって……そしたら、お婆ちゃんは悲しむし、カーシャ様は困るから。だから、それは嫌だなって、思ったんだ」


少しずつ、吐き出すように。紡がれる言葉は、紛れもない、少女の本音だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る