第28話 揉め事(前編)

それは、誰もが寝静まった、真夜中のことだった。


ふと、誰かの気配を感じて、アリアは目を覚ます。


ベッドの横に、誰かがいる。暗くて、その姿は、よく見えない。その人影は、アリアが体を起こしたのを見て、素早く、その場を去った。


アリアは起き上がって、窓の方を見に行った。窓に掛けられていた布が、床に落ちている。窓の外からは、冷たい風が入ってきていた。


――――


「……ということが、あったのだけど」


翌日の朝。自室で、アリアはティーナと向かいあっていた。そして、昨夜のことを一通り、話し終えたところで。全てを聞いたティーナの顔色が、蒼白になる。


「なんてこと……! ああ、恐ろしいことです。公爵様にお話して、警備を厳重にしていただきましょう!」


「そんな……そこまでしなくても、いいのよ。何もなかったのだし……」


アリアは、今でも実感がわかない。恵子としての記憶があるせい、なのだろうか。家とは安全な場所であり、落ち着ける場所だという考えが抜けない。


「ですが、ですが姫様……」


けれど、ティーナが心配するのも分かる。ガラスのない、この世界では、人の侵入を防ぐのは難しいのだから。


「それなら、カーシャ王子様と、英……ルイーズさんに相談してみるわ。それで、安心できる?」


そう言って、微笑んでみせる。ティーナは、少し納得がいかない様子だったが。少しして、仕方がないと頷いた。


「姫様が、そう仰るのなら」


と、そこで。来客を告げる、鈴が鳴る。ティーナが様子を見に行った。そうして、見慣れない給仕服の少女を連れて、戻ってきた。


「姫様、どうなさいますか? 第5皇子様の側仕えの方が、姫様と2人きりで話がしたいとのことなのですが……」


ティーナの話を聞いて、アリアは思い出した。ティーナとアリア、カーシャと彼女。そう、そこにいたのは、龍に会うための旅を共にした少女だった。


「構わないわ。ティーナ、お願いね」


「はい、姫様」


ティーナが頭を下げて、部屋から出ていく。扉が閉まるのを見届けて、アリアは少女の方を見た。


「それで、私に用があるということだけど……ええと……」


「ユールといいます」


「ユールちゃ……さん。よろしくね」


少女は不機嫌そうな表情になって、言った。


「好きなように呼んでください。カーシャ様以外のことなんて、どうでもいいので」


「そう? それなら、甘えちゃってもいいかしら。ねえ、ユールちゃん。カーシャ皇子様のこと以外はどうでもいいと言ったあなたが、わざわざ私の邸まで来て、伝えたいことがあるのよね? それは?」


少女は、不機嫌そうな表情を変えないまま、ため息を吐いて言った。


「察しが良いのも、考えものですね。いえ、今はありがたいことですけど。……耳を貸してください」


そう言って、少女はアリアの耳元に、口を近づける。そして、アリアにだけ聞こえるように、小声で言葉を紡いだ。


――何も聞かずに、この国の教団クルトゥスを全滅させてください、と。


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