第27話 不穏の種

龍とは、力持つモノである。


龍とは、この世界の神である。


けれど、本物の“龍“を見たことがある人間は、1人も居ない。


絵画に、龍は描かれている。


龍の彫像も、各地の遺跡にある。


それらは全て、細長い胴と短い手足、頭の後ろから背までが長い毛に覆われた姿である。


誰もがそれを、龍と信じて疑わない。


そして。この世には、龍と同じ姿になれる人間が存在する。


女でも男でもなく、強大な力を持ち、神のように振る舞う。


だが、それが神である証明は、誰にも出来ない・・・・・・・・・・ ・・・・・・・


ただ、龍の姿を真似ているだけの人間。


ただ、神のフリをしているだけの、化け物だと。


そう主張する者も、一定数、存在している。


当然、そういった者たちにとっては。


今の世で“龍“を名乗る者たちは、目障りな存在であるだろう――


――――


赤の月の末日おくりび。王宮の廊下を歩く少女を、1人の貴族が呼び止めた。


「そこの娘。お前、第5皇子の側に、いつも仕えているだろう」


呼び止められた少女は、不安げな表情で、立ち止まる。その貴族については、あまり良い話を聞かないからだ。


「お前は、龍の娘に会う機会も多いはずだ。私は、龍の娘に用があってね。1度、私の所まで、連れてきてほしい。ああ、だが。絶対に、第5皇子には伝わらないようにな。くれぐれも、注意してくれ」


少女は、怪訝そうな表情になった。上が優秀すぎてあまり目立たないが、第5王子は優しくて、真面目な人だ。その人に話せないようなことを、手伝うつもりなど、少女には無かった。話を聞かずに、去ろうとする。その背に向けて、貴族が言葉をかける。


「お前、郷里に年老いた母が居たはずだな。我が教団クルトゥスの者が、ちょうど、お前の出身である村にいてね。私が1通、文を送るだけで、何とでもできるのだが……」


少女の足が止まる。教団と呼ばれる組織のことは、少女の耳にも届いている。別名は、始祖の信奉者。この時代で龍と呼ばれている存在を憎み、伝承に残る始祖の龍のみが本当の神であると信じる者たち。龍が大きな力を握る、国の仕組みにも不満を持っており、それが肥大化して国そのものに対する謀反を企てる者も多い。そんな者たちに、老母の命を盾に取られて、少女は仕方なく振り返った。そんな少女の姿を見て、貴族が満足げな笑みを見せる。


(あの子アリアのことは、どうでもいい。龍のことも、どうでも。だけど……)


その笑みを見て、少女は決意した。自分の身がどうなろうとも、目の前にいる悪人の思い通りになることだけは、絶対に避けなければならないと。



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