第25話 変わらないもの
「君は、特別な人なんだね」
英一郎の記憶を持つ少女は、感嘆したような声音で言った。
「女神様みたいで、すごいなぁ」
「……あなたは、怖くないの?」
アリアは、恐る恐る、口を開いた。
「怖いことなんて、無いよ。だって、君は優しい人だって、知っているからね」
少女は、なんでもないような顔をして、言った。その姿に、アリアは少しだけ、救われた気がした。
「さて。先ほども少し申しましたが、ルイーズさんは花嫁候補です。慣例に従って、王宮に部屋を用意させます。本当は、アリア嬢も王宮に来ていただくのが1番良いのですが。それはコルドゥス公爵様がお許しにならないでしょうからね。諦めます」
カーシャの淡々とした声が、その場に響く。
「その上で、アリア嬢にお聞きしたいことがあります。もう少しだけ、よろしいでしょうか」
アリアは、目を丸くした。
「それは、構いませんけれど」
「ありがとうございます。いえ、大したことではありません。答えたくないことであれば、答えなくともいいことです。貴女とルイーズさんは、どういった関係なのですか?」
アリアは、少し考えて、口を開いた。
「……その。以前、お話した人です。以前の世界で結婚した方で、だから……ごめんなさい。ずっと、誰かを選んでほしいと言われていて、私には、この人しか考えられなくて……」
申し訳ない気持ちから、声が小さくなる。カーシャが真顔になって、言った。
「では、ルイーズさんが花嫁であると?」
「そう、できるかしら」
そこで。少女が、大きな声を出した。
「待ってください」
アリアとカーシャは、会話を止めて、少女の方を見る。少女は泣きそうな顔で、言葉を続けた。
「僕は、平民ですし、女性の体で生まれています。それに……。僕は、彼女と交わした大切な約束を、守れなかった。そんな僕に、彼女と居る資格はありません」
アリアは、何も言えなかった。どちらが先に、亡くなっても。あの世に行くまでの僅かな間でも、会いたかった。そのための、約束だった。
(でも……仕方がないわ、だって、死んだ後に何が起こるかなんて、誰にも分からなかったのだもの)
そう言いたくて、けれど言葉が出なかった。英一郎が真剣に悩んでいると、分かってしまったから。どんな理由があったとしても、彼は自分を許さない。そういう人だと知っていたから、アリアは何も言えなくなってしまった。カーシャは表情を変えずに、言葉を紡いだ。
「資格などというものは、必要ありません。花嫁も花婿も、龍が選んだ人間には、誰も何も言いません。言えるわけがないでしょう。それは、龍に戦いを挑むことと同義です。ですから、アリア嬢が貴女を選ばれるのなら、貴女は龍の花嫁となります」
そこで言葉を切って、カーシャがアリアの方に視線を向けた。どうするのかと、その目が問うている。
(私は、どうすればいいんだろう)
今でも、自分の心を全部預けられるのは、英一郎だけだと思っている。けれどそれは、アリアである恵子の勝手な想いだ。英一郎が望まないのに、勝手な想いだけで行動することは、アリアにはどうしても出来なかった。
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