第23話 転生した夫
「……君と僕では、生まれた場所も、地位も違う。ここは、現代の日本ではない。そんなことは、分かっていた。だから、一目だけでも会って、それで終わりにするつもりだった」
英一郎の記憶を持つ少女は、そう言って、切なげな笑みを見せた。
「それにね、君も分かっているだろう。私達は、一度死んだんだ。前世の記憶だって、そんなものを持つ人間は、普通はいない。新しい命として生まれた以上は、新しい生き方をするべきだ。今、僕と君の間にある感情は、本来なら存在しないはずなんだ」
彼女の言葉は、正しい。けれど、彼女は意図的に、話を逸らしている。アリアは、そのことを指摘するために、口を開いた。
「そうね。でも、あなたはそれでも、会いに来てくれた。存在しないはずの感情を、捨てきれなかった結果だとしても。私は、とても嬉しかったのよ」
彼女が会いに来なければ、英一郎が転生したことを知ることは、出来なかった。希望があるとアリシアに教えたのは、彼女だ。そのことに、彼女が気付いていないわけはない。少女は、俯いて言った。
「……そうだね。これは、僕の浅はかな行いが招いたことだ。君が幸せに暮らすためには、僕の存在なんて、邪魔でしかなかったのに」
そんなことはないと言いたくて、アリアは口を開こうとした。けれど、アリアが何かを言う前に。同席していたカーシャが、笑顔で言った。
「アリア嬢は、龍です。我が国の宝であり、この国で最も大切にされるべき方です。貴女が何をなさろうと、アリア嬢は幸せに暮らすことができます。あまり、思い上がらないでくださいね」
カーシャの目は、全く笑っていない。少女は、真剣な表情になって、頷いた。
「……その通りです。本当に、申し訳ない」
知っている。その人は、いつもそうだった。誰かと争うことが、苦手な人。だけど、その穏やかさ、優しさが好きだった。アリアは、我知らず、寂しげな表情を浮かべていた。カーシャは、横目でアリアの方を見て、目尻を下げた。
「ですが、それはそれとして。アリア嬢が貴女のことを気にしていらっしゃるのであれば、私としても、何もしないというわけにはいきません。貴女が気にしていらっしゃるのは、修道院の子供たちのことでしょう。ご心配なさらずとも、あの修道院については、既に手をうってあります。非道な行為を行っていた院長は捕らえて、子供たちの保護も終わっています。ですので、安心して別れを済ませてきてください」
その言葉に、少女が顔を上げる。その目が、大きく見開かれていた。
「それは、どういう……」
カーシャは表情を変えず、当たり前のことのように言った。
「その理由が何であれ、龍の望みは叶えられなければなりません。アリア嬢から頼まれた時から、貴女が守りたかった子供たちは、国王の名で庇護されることが決まっていました。気にする必要はありませんよ。英雄譚に憧れて、その主人公に会いたいと言われるよりはマシですから」
「…………ありがとう、ございます」
少女は目に涙をためて、アリアとカーシャに向けて、頭を下げた。
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