第18話 港町へと

アリアは結局、何も言えずに、部屋に戻った。


「お帰りなさいませ、お嬢様。……どうなさったのですか。顔色がお悪いようですが、私に何か、できることはあるでしょうか?」


出迎えてくれたティーナが、心配そうな表情になる。


「……大丈夫よ、ティーナ。少し、疲れただけだから」


カーシャの側仕えの少女……ユールと呼ばれた娘から言われたことを隠して、アリアは笑顔を作ってみせた。


(そうよね。あの子は、カーシャちゃんのことが大事だからこそ、あんなに怒っていたのでしょうし)


恵子としての記憶を持っているから、アリアは誰も選べていない。けれど、それと同時に。恵子としての記憶があるから、孫と同じくらいの年頃の子供のことが、可愛くて仕方ないのだ。


(むしろ、悪いのは私の方よね。カーシャちゃんにも、ティーナちゃんにも、気を使わせちゃっているのだし)


大人である自分が、子供である彼らに、迷惑をかけてはいけない。それは、恵子としては、当たり前の考え方だ。だから笑って、誤魔化した。ティーナは納得していない様子だったけれど、アリアが何も言わずに眠りについたから、それ以上のことは聞いてこなかった。そうして、その日は終わった。


――――


翌日。早朝。馬車に乗って、町を出る。そうして馬車に揺られて、日が暮れかければ宿に泊まる。果たすべき「お役目」は、いつもあったわけではないけれど、どの宿屋でも龍が来たことを喜ばれた。


(本当に、尊い方のように扱われるのね)


その扱いには、どうしても慣れることができなかったけれど。それでも、この世界の人々が龍に抱く希望や願望については、ある程度理解できた。そうして日々を過ごして、空気に潮の香りが混じり始めた頃に。


「到着しました。ここが、港町リィーシェです」


カーシャに言われて、外を見る。そこは、小さな町だった。船がいくつか係留されていて、人々が荷を積み下ろししているのが、街道から見える。


「リィーシェでお会いするのは、隣国の龍である、ミダク殿です。今回は公務ではありませんので、お役目のことは考えず、お好きなようにお話ししてください。……僕やユールは、同席しない方が、よろしいですか?」


カーシャが、遠慮したように言う。アリアは、カーシャを安心させるために笑顔で、言葉を発した。


「そんなこと、ありませんわ。カーシャ皇子様が、お気になさらないのでしたら、一緒にいてくださると嬉しいです」


「僕で良ければ、喜んで」


カーシャはそう言って、綺麗な笑みを見せた。

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