第17話 旅(後編)

宿屋の兄妹きょうだいが落ち着いたのを見計らって、アリアは部屋に戻った。


「お疲れ様です。貴女は、お役目が何か分からないと仰られました。ですが、今貴女がなさったことこそ、龍のお役目の1つなんですよ」


部屋の入口で、カーシャが柔らかな笑顔で、アリアを出迎えた。


「……そのために、この宿に泊まることを選ばれたのですか?」


アリアは、立ち止まって問いかけた。


「ええ、その通りです。この宿の方々は、数年前から、国に申し出ていました。体の弱い子供に、龍の祝福を与えてもらえないかと。その申し出に、ようやく応えることができた。貴女のおかげです」


「そんな……それは、何よりも優先すべきことではありませんか。何故、もっと早く、私に伝えてくださらなかったのですか。あの子は、ずっと苦しんでいたというのに……」


「貴女が、花嫁も花婿も、お決めにならなかったからですよ。龍は、生まれて3ヶ月もすれば、花嫁か花婿を選ぶ生き物です。龍と、龍に選ばれる人間。どちらが欠けても、お役目は果たせないのだと、伝えられているんです」


「でも……」


アリアは、先ほどのことを思い返して反論しようとした。前例に無いかもしれないが、誰も選ばなくとも、龍の力を使うことは出来るはずだと。


「…………そうですよ。カーシャ様がいらっしゃるから見逃されているのだと、理解してください」


けれど、アリアの言葉を遮って。カーシャの側仕えが、冷たい口調で言った。


「ユール。余計なことは言うな」


カーシャが一瞬、怖い顔になって、側仕えを叱る。そして、アリアに向かって、頭を下げた。


「申し訳ありません、アリア嬢。この者が言ったことは、お気になさらず。大したことではありませんから。貴女は確かに、龍のお役目を果たされた。そのことについては、僕が保証いたします」


「……いえ。確かに私は、誰かを選んでいるわけではございません。そのことで、不安に思われてしまうのも、仕方のないことです」


今でもアリアは、得体の知れない不安と恐怖を抱えている。カーシャのことを拒絶して、どこに居るかも分からない英一郎の生まれ変わりを探して。恵子として生きた過去を捨てられないからと、ただそれだけの理由で、我儘を言ってしまっている。そんな風に考えて、アリアは落ち込んだ。カーシャは顔を上げて、アリアと目を合わせた。


「それが貴女にとって大切なことであるのなら、同じように大切にすべきです。貴女は、我々が待ち望んでいた存在。我が国の、龍なのですから」


カーシャの言葉も眼差しも、真剣そのもので。側仕えの少女が、鋭い目で、アリアの方を見ていて。アリアは、何も言えなくなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る