第15話 旅(前編)
旅立つ日の朝。アリアは、カーシャが用意してくれた馬車に乗った。カーシャの隣には、彼の側仕えが座っていて、アリアの隣にはティーナが座っているから、2人きりでもなければ隣同士でもない。そのことに安堵しながら、アリアは馬車の外に目を向けた。
「……私、王都から出るのは初めてですわ」
馬車は、思ったよりもゆっくりと、進んでいった。アリアは外の景色を見ながら、口を開いた。
「そうですね。貴女は龍ですから、貴女だけなら空を飛んで行くことも出来るのですが、そういった事情もありますから。今回は、馬車で向かうことにしました」
カーシャが、何でもないことのように言った。アリアは、苦笑いを浮かべた。
「それでしたら、これから先も馬車にしていただいた方が、ありがたいですわ。龍だとしても、私は日常的に空を飛んでいるわけではございませんから」
「それでは、これからも馬車でむかうことになりそうですね」
カーシャが、穏やかな声で言った。それから、誰も喋らない時間が、少しだけあって。馬車に揺られているうちに、アリアはふと気付いたことを、口に出した。
「案外、乗り心地が良いのですね」
舗装もされていない道を、馬車で移動する。最初に聞いたときは、驚いたものだ。恵子としては、少し心配だったところもある。けれど、思ったよりも、心地よく移動できたから。安堵の気持ちと共に、言葉が口から滑り出た。
「僕が、魔法で車輪を浮かせていますからね」
カーシャの返答は、アリアが予想していたものとは大きく違った。
「……そんなことをしていたら、疲れるのではありませんか?」
咄嗟に言えたことは、それだけだった。カーシャは、穏やかな声音のままで言った。
「僕も、皇子です。力でも魔法でも、貴女には到底及びませんが、このくらいのことは出来ますよ」
「……ねえ、カーシャ皇子様。確かに私は、龍としての力を持っているのかもしれません。ですが、使い方の分からない力など、無いも同然。今、私たちが心地よく移動できているのは、貴方のおかげです。ですからどうか、ご自分のことを、そんな風に仰らないでください」
龍だとか、魔法だとか、恵子には何のことだか分からない。それでも、1つだけ、分かることがある。カーシャという少年は、人並み以上に努力している。その努力は、認められるべきだ。母であり祖母であった恵子にとって、それは気遣いの範疇ですらない、当たり前の考え方だ。
「……ありがとうございます」
カーシャの声が、少し震えている。泣いているのだろうか。アリアは何も言わず、ただ、決意した。カーシャの努力を、正しく評価するためにも。自分はもっと、この世界のことを知らなければならないと。
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