第14話 旅の準備

皇子様は、例の少女を探して連れてくれば褒美を渡すという内容の布令ふれを出してくれた。その上で、他の龍と会談するための場所も、用意してくれた。


「龍と会うのであれば、国境沿いの町まで行かなければなりません。過去に、龍が会談のために他国の王都に行っている隙を狙われて、戦争を仕掛けられた国があったからです。その時は、異変に気付いた龍が戻ってきたことで事なきを得たのですが……。それ以来、どの国も、龍を国境から離れた場所に行かせることはなくなったのです」


カーシャは、そう言いながら地図を広げた。


「この大地は、始祖の龍の遺体、そのものです。我が国が位置するのは、龍の手から首元にかけての、この場所です」


地図に描かれた線を示しながら、カーシャが説明を続ける。


「この度、僕と貴女が向かうのは、海沿いの港町です」


龍の手にあたる場所に、カーシャが指を置く。


「王都を出発して、この町まで行くのには、半月以上はかかります。準備は念入りにすべきかと。それと、先日の探し人の件ですが」


探し人。その言葉に、アリアは一瞬、動揺した。その動揺が、表に出ていたかどうか。気になって、カーシャの方を見る。カーシャの目線は幸いにも、地図の方に向いていたから、アリアは胸をなでおろした。


「道中で、日が暮れた際に、立ち寄る町がいくつかあります。その町でも布令を出せば、お探しの方も見つかりやすくなるかと思いますが……」


「…………お願いしても、いいのでしょうか」


後ろめたさから、声が小さくなる。カーシャは、穏やかな笑みをアリアに向けた。


「貴女は、頼み事が下手な方なのですね。大丈夫ですよ、アリア嬢。貴女がどうしても会いたいと望まれるような方に、僕も1度会ってみたいと思っていますから」


アリアは何も言えず、俯いた。カーシャは、何も知らない。そんな彼を欺いてまで、英一郎を探す意味は、はたしてあるのだろうか。彼――今は彼女になっているようだが――は、アリアが恵子の生まれ変わりだということに気付いて、その上で去っていった。彼には彼の人生があり、一緒に居られない事情も、あるのかもしれない。そうだとしたら、アリアがやろうとしていることは、カーシャにも英一郎にも望まれていないことになる。英一郎とのことは、過去の思い出として片付けなければならないのかもしれないと。そこまで、思考が及んだとき。


「アリア嬢。僕のことなら、お気になさらずとも大丈夫ですよ。僕は、何があろうと、貴女の味方になりますから」


カーシャの穏やかな声が、アリアの耳に届いた。


「……ごめんなさい。それと、ありがとう、ございます」


彼は、アリアがやろうとしていることが何なのか、知らないはずだ。それなのに、アリアが1番欲しい言葉をくれる。やっぱり彼は、とても優しい人なのだと。アリアは改めて、実感した。

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