第12話 予想外

ティーナがようやく落ち着いて、アリアを下ろしてくれた後。アリアは皇子様を見送るために、邸の外に出ていた。


「よろしくお願いします」


そう言って、頭を下げる。


「はい、任せてください。近いうちに、隣国の龍と会えるように、手配しておきます」


皇子様はそう言って、頭を下げた。彼が乗った馬車が見えなくなるまで見送ってから、アリアは邸へ入ろうとした。その、一瞬の隙に。アリアより少し年上の、襤褸切れのような服を着た少女が、飛びこんできた。


「まあ……! なんて失礼な子なのかしら」


ティーナが眉根を寄せて、少女を外に放り出そうとする。けれど、少女はその手を器用に避けて、アリアの方を見た。


「ほら、やっぱり泣いてる。だから、残して逝くのは嫌だったんだ」


その言い方と、その眼差しには、覚えがある。アリアは、目を見開いた。


「ごめん。約束、守れなくて。許されなくても、どうしても、誤りたくて。こんな真似を、してしまったけれど。僕は本当に、死んでも約束を守る気で居たんだ。こうなってしまった以上、何を言っても信じては貰えないだろうけど。でも、君には笑っていてほしい。幸せになってほしいんだ。……僕と、出会ってくれてありがとう。愛してるよ、恵子。それだけ、伝えたかった」


少女は早口で、言いたいことを言いきると、開いたままの扉から去っていった。


「何なんです、全く。躾のなっていない子でしたね。お嬢様は、大丈夫ですか?」


ティーナに問いかけられて、けれどアリアは身動き1つ、出来なかった。


『僕と、出会ってくれてありがとう。愛してるよ、恵子』


それは、プロポーズの時の言葉だ。覚えている。忘れられる、わけがない。


「待って……!」


アリアは慌てて、自分も外に飛び出した。けれど、あの少女の姿は、もうどこにもなかった。


「英一郎さん……」


アリアの体が、フラリとかしぐ。ティーナが出てきて支えてくれたから、かろうじて倒れずに済んだけれど。そのことを気にする心の余裕は、今のアリアには無かった。


(どうして、そんな……やっと会えたのに、居なくなってしまうなんて。それに、英一郎さんが、女の子になっているなんて。それだから、居なくなってしまったの? ねえ、どうして……)


思考が纏まらない。少女はもう、行ってしまった。アリアの疑問に答えてくれる人は、ここには居ない。


(英一郎さん。どうして、私を置いて逝って……それなのに、あんなことを言うの)


ティーナに抱き止められたままで、アリアは答えが返ってこない問いかけを、頭の中でずっと繰り返していた。

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