第11話 難しいこと

「お嬢様ー? どこに行かれたのですかー?」


膠着状態を破ったのは、ティーナの声だった。アリアはドレスの裾で涙を拭った。


「……怖がらせてしまって、申し訳ありません」


カーシャはそう言って、伸ばしていた手を引っ込めた。庭の隅、茂みの影になる場所で。ディーナが駆けつけてくるまでには、まだ時間があった。


「貴女がそうしたいと仰るのなら、他の龍に会うことも出来ますよ」


カーシャはアリアの耳元で、そう囁いた。


「龍と会うための手はずを整えることは、王族であれば、誰であっても出来ることです。貴女を困らせてしまった、こんな僕では、信頼されないのも当たり前です。きっと、父や兄たちなら、もっと上手く出来るのでしょう。ですから……」


「――いいえ」


アリアは、カーシャの言葉を遮って、口を開いた。


「いいえ、カーシャ皇子様。そうでは、なくて。私は……」


アリアは視線を彷徨わせて、言葉を探す。ティーナの足音が、段々と近付いてくる。カーシャと2人きりで居られる時間は、あと少し。


「私は、カーシャ皇子様がなさったことを、気にしているわけではありません」


アリアが言えたことは、結局、それだけだった。


「お嬢様!」


ティーナの姿が、茂みの向こうから現れた。


「お嬢様と第5皇子様が、お部屋から走って出ていかれたと聞いて……私に出来ることがあればと、思いまして……」


表情を曇らせたティーナは、アリアとカーシャの方を見て、震える声で言った。


「心配させてしまって、ごめんなさい。私は大丈夫よ」


アリアは、ティーナに駆け寄って、手を伸ばした。ティーナは屈み込んで、アリアを抱き寄せた。


「カーシャ皇子様が、他の国で龍としてのお役目を果たされている方に、会わせてくださるのですって。だから、大丈夫よ。見ててね、ティーナ。私、ちゃんと龍としてのお役目を果たせるように、頑張るから」


ティーナはアリアの言葉を聞いて、複雑そうな笑みを見せた。


「そんな……お嬢様がそこまで、お気になさる必要はないのですよ」


「違うわ。私が、私のために、ちゃんとした“龍“になりたいの」


その言葉は決して、その場しのぎのものではない。ティーナの腕の中で、アリアは少しだけ、目線を横に向けた。カーシャが少し離れた場所から、真剣な眼差しをアリアに向けている。


(英一郎さん以外で、もしも。もし、私が、選ぶとしたら。それは、きっと……)


荒唐無稽な話を真剣に聞いて、向き合ってくれた優しい人。英一郎さんが、この世界に居ないとしても。彼がいるなら、安心できる。そんなことを考えながら、アリアはしばらく、ティーナの腕に抱かれたままでいた。

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