第9話 皇子様

最初にアリアに"龍"のことを教えてくれたのは、皇子様だった。だからアリアは、皇子様に手紙を出した。


「2人きりで話がしたいだなんて、どうなされたのですか?」


皇子様――カーシャは、穏やかな表情を浮かべて、公爵の邸アリアの家に訪れた。


「その……少し、人には言いにくい相談があって」


そこで言葉を切って、アリアはティーナの方に視線を向けた。


「ティーナにも、話せないの。ごめんなさい」


ティーナは気にした様子もなく、頷いた。


「分かりました。お話が終わったら、お呼びください」


そう言って、ティーナが部屋を出ていく。アリアは部屋の中央にある机に、椅子を横に並べて置いた。


「どうぞ」


そう言って、椅子に座るように促す。


「ありがとうございます」


カーシャは笑って、椅子に座った。それを見て、アリアも隣の椅子に座る。整った彼の横顔に、久しく忘れかけていたトキメキのようなものを感じそうになって、今はそんな場合ではないと思いなおした。


「……私、龍としてのお役目が何なのか、分からないの」


勇気を出して、言葉にする。カーシャは真剣な表情になって、アリアを見つめた。


「龍だなんて言われても、その自覚もないし……それにね、こんなことを言われても困ると思うけれど、私には違う世界で生きた記憶があるの」


「違う世界、ですか?」


カーシャの声は、どこまでも穏やかだった。そのことに後押しされて、アリアは誰にも言えなかったことを打ち明けた。


「ええ。その世界では間違いなく、私は人間で、子供にも孫にも恵まれて……それにね、大好きな人に出会えたの。先に逝ってしまったけれど、英一郎さんとの思い出は今も、私にとって忘れられない大切なものなの。だから、龍だなんて急に言われて、どうしていいか分からなくて……」


アリアの話を笑顔で聞いていたカーシャは、言葉が切れたのを見計らって、アリアの頬に手を当てた。


【――――】


何か。とても、強い言葉。意味は分からない。聞き取ることすら、出来なかった。でも。世界が、回ったような気がして。


「アリア嬢。鏡をどうぞ」


カーシャに言われるがままに、鏡を見る。絵画でしか見たことがないモノが、そこに居た。


「貴女は龍です。間違いなく。そして、龍には確かにお役目がある。龍は、存在するだけで国を守る。人よりも遥かに強く、人よりも自然に愛される。それが龍です。すべての国に龍がいるから、国家間での争いは、戦争にはならない。攻め入れば、龍が出てくると分かっているから。人は、龍には勝てないんです。自国に龍が居ればこそ、その強大さも優しさも、身を持って知っている。龍のお役目とは、国家間の争いを収めることです」


カーシャの言葉と、変わってしまった自分の姿。その両方に驚いて、アリアは何も言えなかった。

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