第3話 父母

「ねえ、ティーナ。お父様とお母様は、どちらにいらっしゃるの?」


あれから、数日が経った。新しい生で恵子が得た名――アリア・ティルテュという名前にも、もう慣れた。けれども未だ、父母の顔を見たことは、ない。


「旦那様でしたら、使者として他国を訪問していらっしゃいますよ。赤の月の半ばくらいには、戻られると思いますよ」


アリアの髪を溶かしながら、給仕の少女ティーナが言う。


「奥様は……ずっと昔に、始祖の龍の御許みもとへ向かわれました」


始祖の龍とは、この世界の神様のことだ。神の御許に行くということが、どういうことなのか。恵子は勿論、分かっている。けれども、ティーナが気を使ってくれたのだということも分かったから。何も追求しなかった。


「そうなのね。……あのね、ティーナちゃん。この間の子に、改めてお詫びをしたいんだけれど……」


この国の皇子様だと名乗った少年を思い返しながら、アリアは肩ごしに振り返ってティーナを見た。ティーナは穏やかに微笑んで、髪をく手を止めた。


「第5王子様のことですか? あの方でしたら丁度、先日のお詫びをしたいとのことで……。姫様宛てに、お手紙をくださいましたから、お渡ししますね」


ティーナは櫛を鏡台に置いて、部屋の外に出ていった。少しして、蝋で閉じられた羊皮紙の筒を持って、戻ってくる。


「こちらです」


アリアは渡された紙を開いた。その目が手紙の文字を追っている間に、ティーナはアリアの髪を結い終わって、櫛を片付けた。アリアはそのことには気付かないまま、手紙を読み進めた。




『アリア公爵令嬢様


  先日は急なことで驚かせてしまい、

  申し訳ありませんでした。


  もし、貴女が許してくださるのなら、

  これからは良き友人としてお付き合い

  させていただければと思います。


      良いご返事をお待ちしております。

                  カーシャ』



読み終わって、思わず笑みがこぼれた。アリアとしては同い年かもしれないが、恵子からすれば、孫とほぼ変わらない子供。そんな子供と友達になるなんて、考えたこともなかったけれど。


(でも、そのくらいなら英一郎さんも、許してくださるわよね)


そう思って、アリアはティーナに頼んで、羊皮紙と羽ペンを用意してもらった。


(ありがとうございます、これからはお友達として、よろしくお願いします……)


紙の上でペンを走らせて、返事を書く。そして、蝋で閉じて、ティーナに手渡す。


「この手紙を、あの子に届けてもらえるかしら」


「はい。必ず、お届けします」


ティーナは手紙を受け取ると、任せてくださいと胸を張った。

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