第2話 転生先は人外でした

目を開けると、今日も石造りの天井が見えた。あれからずっと、恵子がいる場所は自宅ではなく、この豪奢な室内だった。


(輪廻転生って、こういうことだったのかしら)


室内に備えつけられた鏡を見ながら、恵子は首を傾げた。自分が、生後数ヶ月くらいの赤ん坊になっている。そんな状況が正しいとすれば、その理由は1つしか思い当たらない。恵子は死んで、生まれ変わったのだ。自分が死んだこと自体は構わない。元々、迎えを待つ身だったのだから。けれど、納得出来ないことがある。


(あの人は、約束を破るような人ではなかった……)


そう。迎えに来るはずの人が、来なかった。先に逝ってしまったのだろうか。死ぬ前に、一目だけでも。会いたかった、けれど。


「失礼します」


部屋の扉が、外から叩かれる。そして、ゆっくりと開いていく。扉の外には、孫と同じくらいの年に見える少年が立っていた。


「お初にお目にかかります。僕は、グランツ帝国の5番目の皇子で、カーシャと言います。アリア公爵令嬢が"龍"であるとお聞きしたので、皇子の中で1番年が近い僕が、馳せ参じました」


恵子は、目を瞬かせた。聞き慣れない、国の名前。ここが日本で無いことは、何となく察していたけれど。どうやら、それ以上に不可思議なことが、起こっているようだ。


(それはそうよね。だって私も、空を飛んだのだもの)


事ここに至って、惠子はようやく、ここが異世界であることに思い至った。


「……ねえ、変なことかもしれないけれど、質問してもいいかしら」


「もちろん、構いません。僕が教えられることでしたら、何でもお教えしますよ」


少年はそう言って、爽やかな笑みを見せた。恵子は安堵して、気になっていたことを口にした。


「龍って、何?」


少年は目を見開いて、次いで穏やかな笑みを見せた。


「龍とは、貴女のような力を持つ方のことです。龍は人の姿をしてはいますが、人とは違う生き物です。龍は花嫁あるいは花婿を選んで、生涯その人を愛し、守ると言われています。僕たち皇族には、こんな言葉が伝わっています。『国に龍が生まれたのならば、必ず民の誰かが龍に選ばれて、その龍と共に国を護れ』と。僕は、貴女が龍だと分かってすぐに、ここを訪れました。貴女に、選ばれるために」


少年は、そう言って頭を下げた。そうして、言葉を続ける。


「僕は、貴女の……龍の唯一になるために、生まれたんです。僕たち皇族は、皆そうです。どうか僕を、選んでいただけませんか」


惠子は、目を丸くした。驚くことばかりで、正直、理解が追いついていない。それでも1つだけ、伝えられることがあった。


「……ごめんなさいね。私はもう、英一郎さんと添い遂げると決めたの」


約束が守られなかったとしても、関係ない。恵子が選ぶのは、既にこの世には居ない夫だけだと。そう伝えると、少年は真剣な表情になった。そして頭を下げて、部屋から出ていった。

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