第59話
三日後。アルカナでは一つの
名目はトラムプル・ライノ討伐を祝して。
アルカナ存続の危機を回避したことを祝い、アルカナ軍、ギルド、警察、諸々の関係者が参加するパーティーが開かれたのだ。
この会場の様子は中継でアルカナ全域に放送されている。
だからだろうか。普段はきちっとした格好とは縁遠いはずのトライブの面々もそれぞれスーツやタキシード、ドレスなど華美な衣装に身を包んでいた。
最初に行われたのはアルカナ軍長官の挨拶。次にギルドの代表の挨拶。アルカナ警察副所長の挨拶がそれに続く。
アルカナ軍の長官は軍服を纏った五十代半ばほどの身綺麗な男性。
ギルドの代表は華美なドレスを纏った三十代の綺麗な女性。
アルカナ警察副所長は警察の制服を着た六十代には見えないほど若々しい女性。
三名による代表挨拶が終わるとパーティは賑やかな立食会へと移行した。その間も絶えず聞こえているのはアルカナにある有数の交響楽団による生演奏。
どこかのホールを借りているのではなく、アルカナが運営管理している広大な公園で行われているパーティーは真昼の太陽の暖かい日差しを受けながら終始和やかに進められていた。
次々と催される歌やダンスなどの余興。それもこのアルカナで有名な歌手やパフォーマーによって行われているものだった。
パーティー会場の隅で音楽や人々の会話の声に紛れるように小声で話している人達がいる。ラナとリューズ、そして天野の三名だ。彼等は片手に飲み物が入ったグラスを持ち、この場に相応しい格好をしているが他の参加者達に比べると些か表情に疲労が滲んでいた。
「これが今回の襲撃事件の報告書の写しになります」
掌に収まるほどの小さな記録メモリをリタが天野に手渡した。
「確かに」
「詳細は後に確かめてもらうとして、簡単にどうなったかお教えしましょうか?」
メモリを受け取った天野にリューズが問い掛けた。
「お願いします」
「では。まず今回の首謀者であるステファン・トルートは現在逮捕され拘束されています。これから裁判が行われ刑が確定することでしょう。実行犯であるフェイカーやホープのライダー達についてはステファン・トルートに誘われる形で罪を犯したということははっきりしているのですが、それでも実際に襲撃した事実は変わりません。無罪というわけにはいきませんが、当初ルーク・アービング一人に掛けられた罪に比べれば軽減されるはずです」
事実この段階で一度ルーク・アービングは釈放された。翌日再び実行犯として逮捕されたのだが、それでもこの一日の間にラナによって全て説明されたことで素直に罪を認め、取り調べについても協力的な態度を取っている。
他の三名のライダーについては協力的な態度を取る者と罪を認めない者にはっきりと分かれてしまっているらしい。しかしステファン・トルートが提出した連絡の記録を見せられると肩を落としてすぐに罪を認めることになっていた。
「フェイカーやホープについてですが。とりあえず光学迷彩技術に関しては東条さん達が目論んでいた通りに進みそうです。副長官の指示で再現しようとしていた機関も密かに流出させた設計図の通りに完成させたと聞きます。結果は言うまでもないでしょう。
ジーンそのものに関しては、完全に分解され、そのデータも抹消することになりました。奇しくも二十年前、ジュラ・ベリーが行ったことを今回はアルカナ軍の手によって正式に行われる形になったということのようです」
「そうですか」
特別な驚きはないと答えた天野。
「元技術開発部隊の方々に関しては、口外しないと機密保持契約を結んだ上で元の生活に戻って頂きました。ギルドやトライブの方々にも後に同様の連絡が行くと思いますので、宜しくお願いします」
「解りました」
ある意味で全てがなかったことにされた。
秘匿された襲撃事件の情報が世に出回ることはない。天野が受け取った報告書も当然部外秘。加えてリューズが語ったようなことは記されていないのだろう。形だけの報告書。だとしてもそれが作成されたこと自体に意味がある。とりあえず全てが終わった。そういう証になるのだから。
三人が会話を終えるとパーティーも中盤に差し掛かっていた。
そんな中、パフォーマンスの間という絶妙なタイミングを狙って一人の男が壇上に上がった。その人物はアルカナ軍の副長官。対外的には何も失態を起こしてなどいない彼だったが、当人の中では指揮をとった先の戦闘で大敗したことが自身の汚点になったと思っているという噂がある。
アルカナ軍副長官という立場があるために、誰も壇上から彼を下ろそうとはしない。いや、できない。
この時既に別の用事があるからと会場を離れてしまっていたアルカナ軍長官の代わりに何かすることがあるのだろうと、パーティーに参加している大半の人は何気なく彼に注目しているのだった。
ガーッとマイクの電源が入り、短いノイズが響き渡る。
参加者の何人かはノイズに顔を顰めていた。
「あー、これより今回の功労者にアルカナ軍から勲章を授与することとなった」
副長官が胸を張り告げる。
アルカナ軍の面々はそんなこと聞いていたかと互いに顔を見合わせるも、首を横に振っているだけ。上官の一部がすぐに確認するとどうやら急遽決まったことであるらしいと返答がもたらされた。
「名前を呼ばれた者は壇上に上がってくれたまえ」
脇に控える部下に顎で指示をする副長官。
部下は渡された紙を読み上げる。そこに記されている名前はトラムプル・ライノとの戦闘で第一艦隊に配備されたアルカナ軍とトライブの責任者だった。
名前が呼ばれていく度、第二艦隊に参加していたトライブの中には多少の不満を抱く者が出てくる。立食会で振る舞われた酒も多少影響していたのかもしれない。
そうなることを予想していたようで、部下は最後に、
「第二艦隊、第三艦隊に参加した者にも勲章は授与されますが、数が多いために今回は第一艦隊だけの表彰とさせて頂きます」と告げていた。
これにより不満は収まった。
アルカナ軍の各戦艦の艦長が代表として呼ばれた。彼等は皆、首を傾げながらも渋々壇上に上がっていた。ギルドからはトライブ
そして、もう一つ。トライブ、ニケーの代表、御影神住の名前が呼ばれた。しかし何時まで経っても御影神住は現われない。部下は再び彼の名を呼んだ。けれど返ってくるのはひそひそと話す会場のざわめきだけだった。
部下が小さく「パーティーに参加していないようです」と副長官に告げた。副長官は一瞬不満そうな顔をするが、自分が壇上にいることを思い出してかすぐに取り繕ったような笑顔に変わっていた。
パーティーの参加は個人の自由。ここに
相も変わらずアルカナ軍の面々は少し困った顔をしているが、
副長官が浮かべる満足そうな笑み。部下がこの場にいない
実の所この時の勲章の授与は副長官の独断というわけではない。元々そういう話も出ていたが、最初の戦闘では死傷者も多く出してしまったことから自粛しようということで纏まった案の一つだった。しかし、勲章の授与となれば授与する側の人物は目立つことができる。誰であろうと功績を称える懐の深い人物であると知らしめることができると、副長官はアルカナ軍を統括している世界本部に掛け合いそれを行うように手配した。
アルカナ軍長官もそれには気付いていたが、ここまで話を纏められたら反対するのも憚られる。黙認という形で認めることにしたのだ。
勲章の授与も終わり、パーティーは和やかに進む。
終始パーティーに現われなかった御影神住は何処で何をしているのかといえば、それは。
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