第58話

 シールド翼に接地する面に内蔵されている小型のブースターとスラスターによって挙動が自動制御されたソード・ビットは神住の意思に従ってシリウスを離れ追ってくるトラムプル・ライノの刃を斬り付けていた。

 自らの手で一度斬り付けただけでは意味が無い。ならば同時に何カ所も斬り付ければいいのではないか。

 先行するソード・ビットを追いかけるように進行方向を変えたシリウスは真っ直ぐトラムプル・ライノを目掛けて急降下していく。

 数メートル間隔で切り刻まれて落下していくトラムプル・ライノの刃の欠片。

 降り注ぐ刃の欠片のなかを飛ぶシリウス。

 いつからかこの光景を戦場から距離を取った人達は固唾を飲んで見守っていた。それはイプシロンを失いジャック艦に戻ったラナ達も例外ではない。文字通り一騎当千の活躍を見せるシリウスに自分達の命運を預けてしまっていることすらも忘れ、ただその戦いに目を奪われていた。


「行け、坊主」


 ニケーの格納庫でオレグが言った。


「頑張って、御影君」


 ニケーの艦長の席で美玲が祈る。


「行っけえッ。神住!」


 ニケーの操縦桿を握り締めて陸が叫ぶ。


「…神住さん」


 モニターを見つめながら真鈴が強く手を握る。


「あれが、シリウス」

「凄まじいな」

「勝ってくれよー」


 ラナ、シャッド、ケビンの三名はデルガルのコクピットの中から戦いの行く末を見つめていた。


「勝て……」


 誰かがそう言った。


「負けないで」


 誰かがそう祈った。


「倒して!」


 誰かがそう叫んだ。

 神住にとっては名も顔も知らない人達だ。

 けれど共に戦った人達だ。

 彼等の声は神住には聞こえない。

 だけど、彼等の声は確かに戦場に希望を生み出した。


「頑張れ!」


 誰かの声が、誰かの声を呼ぶ。

 一人では小さな声も多くが集まれば大きな声になる。

 いつしか自身を脅かすほどの大きな声になったそれはトラムプル・ライノに恐怖を抱かせた。

 獣のような叫びを上げてその声を打ち消してしまうことを強いられるほどに。

 叫声の後、一瞬にして戦場は静まりかえる。

 蛇腹状に伸ばした刃ではいとも容易く斬られてしまうことを学習したのか、あるいは元の刃でも届く距離にまでシリウスが近付いたことに気付いたのか、降り注ぐ刃の欠片を顔に受けながらもトラムプル・ライノが鼻先の刃を元の状態に戻した。

 しかし、完全に元の状態というわけにはいかないらしい。幾度となく切り刻まれたことでそれを構成している物質の総量が足りなくなったのか、最初に見た刃に比べて今のトラムプル・ライノの鼻先にある刃は使い古したナイフのように無数の刃毀れを起こしてしまっている。

 急停止してトラムプル・ライノの頭上で佇むシリウスは自身を見上げてくるその五つの瞳と向かい合う。


「これで一気に決める! 来いっ! ソード・ビット!!」


 シリウスの周りに浮かび停止していた四本の剣――ソード・ビットが光が弱くなっている左手の剣に組み合わさっていく。

 一振りの剣と長短四本の剣が一振りの大剣に。

 【バスター・ソード】。五つの剣が一つになったこの状態の剣を神住はそう呼んでいた。

 弱まっていた剣の光が大剣になったことでより強く輝いた。片手で扱うにはどう見ての大きすぎるバスター・ソードをシリウスは軽々と左手だけで構えてみせた。


「ハアッ!!」


 気合いを込めて叫ぶ。

 ソード・ビットを射出して一回り小さくなったシールド翼から巨大な青い光輪が放たれた。

 シリウスはその光を受けてこれまで以上の速度でトラムプル・ライノに攻撃を仕掛ける。

 現われる度に掻き消える青い光輪。

 空に広がる光の残滓。

 巨大なトラムプル・ライノを斬り裂くのは一筋の青い斬撃。

 サイのようなトラムプル・ライノの頭部が大きく砕ける。

 折れた鼻先の刃が砕けて欠片の豪雨へと姿を変える。

 降り注ぐ欠片の豪雨が周囲にいる無数のオートマタと参戦しているアルカナ軍とトライブの残存戦力を削り取っていく。


「まだだっ!」


 バスター・ソードの一撃だけではトラムプル・ライノを仕留めるには至らない。けれどシリウスが振るう剣はそれ一つだけではない。

 咄嗟にトラムプル・ライノの顔の下に潜り混み右手のライフルを上空へと構える。


「貫けぇっ!!!」


 引き金を引き、シリウスが持つライフルが銃口のすぐ上に出現した青い光輪を貫く光弾を放つ。

 一連の攻撃の間ずっと溜め続けた光粒子を一度に放つ砲撃だ。

 実弾では不可能なチャージ攻撃を可能にするのもビーム武器ならでは。

 ルクスリアクターがもたらす光粒子エネルギーの特性か、一定の出力を超えるとそこには青い光輪という特殊な現象が現われる。こればかりは制作者である神住にとっても未だに解析仕切れていない現象で、オレグからはそのまま【光輪現象リングシンプトム】と呼ばれていた。

 この砲撃、ライフルの銃口から放たれるにしてはあまりにも太く高出力な光弾だった。

 放てば銃口が歪み修理するまでは射撃することができなくなることは分かっている。けれどトラムプル・ライノの頭部を貫こうとするのならば、これだけの威力は必要になるのだ。

 下顎から眉間を抜けて天高く伸びる青い光。

 並みの相手ならばこれで仕留められる。しかし、トラムプル・ライノは並みではないらしい。

 砲撃の光が消え大きな穴が頭部に空いているというのにトラムプル・ライノは最後の抵抗とでもいうように全身の力を抜いて真下にいるシリウスを押し潰すべく倒れ込んできたのだ。

 シリウスの周囲に他の人はいない。

 どうやら退避が間に合ったようだ。

 ならば後は自分が生き残るだけ。

 バスター・ソードとなった剣に備わるソード・ビットが前方にスライドして展開する。一振りの大剣という形から音叉のような形になったその先から青く輝く光の刀身が現われた。

 ソード・ビットとその基軸となっている剣に蓄積された光粒子を一度に開放することで出現する光の剣。これを使うと再び粒子をチャージしなければ切断力など微塵もないただの棒と化してしまう、謂わば最後の切り札とも言える剣。


「全てを斬り裂く!」


 頭上の闇を青い光が斬り開いていく。

 一瞬の静寂。

 バスター・ソードが分解して光を失ったソード・ビットがシールド翼に戻っていく。左手の剣も同様に光を失い刀身が暗く曇った剣になっている。

 シリウスを覆う影に一筋の亀裂が入った。

 自重と重力に従い二つに分かれる影。それはトラムプル・ライノの首と胴体が両断されたことによってできたものだ。

 シリウスの向こう側にトラムプル・ライノの頭部が落ちて、シリウスの前方にトラムプル・ライノ胴体が倒れ込む。

 誰もがその光景に目を奪われている。

 刹那、大気を震わせるほどの喝采が沸き起こる。

 アルカナ軍も、トライブも関係ない。誰もが勝利を叫び、生存を喜び、互いの健闘を称え合う。生き延びた。勝った。倒した。と思い思いに感情を爆発させた言葉を発していた。


『オートマタはまだ残っている! 喜ぶのは全てを殲滅してからにしろ!』


 程なくして戦場全域に行き渡るリューズの声が轟く。

 慌ててアルカナ軍のデルガルが生き残っているオートマタを掃討し始めた。

 勝利は何物にも勝る活力剤。普段以上の動きを発揮して残っているオートマタが殲滅されるのに十分と掛からなかった。

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